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アラフォー・クエスト  作者: レト
第一章 カルガノ山
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3話 竜と紳士のラプソディー

 ほぼ遭難状態の六道。

 山中において、正攻法ではないが食事と水分を確保した。

 更には埃だらけの身体を水で濯ぎ、汚れたスーツを水洗いする為。

 「手頃な容器」『適度な長さの棒』「水瓶」「麻紐」をアイテムから射出し、スーツを日干しするまで至る。


 二本の『棒』を地面に突き刺し、結んだ麻紐にスーツが干される。


 片方の棒の先端は、ミスリルの輝きを放つ刃紋が入った両刃の穂。

 翡翠色に輝く柄の先、口金には禍々しく光る拳の大きさの黒い宝石。


 リストの説明書きにはこう記されていた。

『人の牙その槍にありと謳われた十二剣聖が一人、牙の席、八代目、バルデ・フォン・パロデミスが当時のドワーフの王、ダルタミッシュより賜った崩壊石を元に月明かりの下、大工廠、地下3階層、祝福されしダルタエンの工房において……』


 その伝説の槍が、今では物干しである。

 物干しとなった今でも、崩壊石は禍々しく輝いている。


 もう一方の棒。

 四枚の翼と十字を象った宝石が装飾され、翼は剥製ではない。

 2mもある杖は、丸々ひとつの結晶から切りだされたのだろう。

 桃色の宝石で出来たロッド部分には継ぎ目がない。

 加えて先端の宝石は宙に浮いており、金剛色に輝いている。


 リストの説明書きにはこう記されていた。

「聖王歴154年、七天使が一人、バラキエルが南部エルフ討伐隊に参加していた少女兵に与えた杖である。少女の背の丈に見合わない大杖であったが、ギフトにも等しい魔力を帯びたその杖は、討伐遠征が失敗に終わり敗走を終えるまで少女を守ったという。その少女が後の十二剣聖が一人、五代目、義の席に座する事に……」


 その杖が今では物干しである。

 物干しとなった今は、強大な魔力で洗濯物を守っている。


 洗濯物を干す間。

 昼とはいえ流石にパンツ一枚では肌寒いので、手頃な『羽織』を出して暖を得る。

 行くあてのない六道は、斜面のなるべく平らな場所に『ベッド』を射出すると、一休みすることにした。


 羽織の説明書きにはこう記されていた。

『聖王の助言役の一人、武帝グロス・デオ・ドラントの出陣用のローブである。北大陸遠征の際、魔王アマンダ直轄の将。ガトリング銃火器と真紅のアダマント装甲で武装したサイクロプス、その名をダルタエン率いる巨兵大隊との会敵を避けるべく、武帝が進軍した先。魔晶の森において、三匹目の出産のため魔王城から巣に帰省していた魔獣パンターニャンを偶然発見。これを討伐し、剥ぎ取った毛皮で作成したローブ……』


 ベッドについても、

『リンドル家の三女、ナターシャ・リンドルのベット。木材は樫』

 なかなかに生々しい内容である。

 説明文を読んでしまったら、女性と特殊な紳士を除いて使おうとは思わないだろう。

 つまり、六道は説明文を読んでいなかった。


 全身の汚れを水で落としベッドで横になると、良い香りが彼を包み安らぎを与えた。

 どちらの香りだったのかはさて置き、これからの方針を決める上で、冷静を取り戻したのは大きな収穫である。

 なぜなら彼は、いまの今まで36時間の拘束が解けた後、どのように大使館に行くかを打算していたからである。


 そして頭から血の気が引いた頃、ある事実に気が付く。


「もしかすると、この世界には大使館が……無い?」


 天蓋越しに見える空をぼんやりとを眺めていた表情が、

 みるみる蒼白し、瞳孔が開く。


「日本に戻れないのか? いや嘘だろ?」


 絶望の表情で空を仰いだまま、身動きが取れない。

 ついに本当の意味で行き場を失ってしまった。


「弟にも、もう会えないのか? 親も? 会社の皆も?」


 突如、地球で独りぼっちになった気がして目頭が熱を持ち、抗うように口が空回りする。


「嘘だろ? 日本に帰れないってことは、もうアレだろ。

 これからの人生、夏祭りも無しだろ?

 花火も見れんし、寿司も食えん。

 春には桜も見れんのかい!

 ラーメンだって……」


 言い掛けると突如、枕を鷲掴み、跳ね起きる。


「クソおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 麓へ向け、罵声と枕を全力投擲する。

 決まり手はラーメンだった。


 遭難時、最も避けるべき心理状態はネガティヴになる事である。

 しかし、どうしても気分は晴れず、状況が彼を締めつける。


「……くそぉ」


 ベットの上でへたり込み、手をつく六道。

 行き場の無い憤りは、内側から音もなく心をヒビ割ろうとしていた。


「グルルルルルルルル……」


 猫が喉を鳴らすような音に対して、緩慢な動きで顔を上げる。

 すると枕が顔を覆った。


「んぶっ……ブハッ!」


 枕を除けると鼻先30cmの距離に、大きな爬虫類の頭部。

 大木を想わせる肌、脈打つ首筋、命の大きさを感じさせる鼻息。


「ふーん、なるほど、なるほど」


 ちょっとだけ時間を取り、思考を纏める。

 そして理解した。


「どわっ!」


 対してワイバーンは鼻先をフンと鳴らすだけ。

 どこを見てるか分からない、猛禽類の瞳をグルグル回す。


「おお、枕取ってきたんかい。偉い、偉いなあ……」


 冷静さを装いながらゆっくりと手を伸ばす。

 全長10m近くもあるドラゴンに対して凄まじい度胸である。

 腕を喰い千切られるのが恐くないのだろうか。


 ゆっくり、しかし躊躇なく距離を縮めて行く。

 指を動かせば遂に触れるかという距離まで近づいたその時、ワイバーンはフンッと鼻を鳴らし走り出してしまう。

 手を伸ばしたまま置いてかれる六道。

 その瞳は、先程までの絶望を忘れキラキラと輝いていた。


「す、すげぇぇぇぇ」


 感嘆の声を漏らす。

 生命の鼓動に当てられ、六道の心は息を吹き返した。


「中津くんがいたら、絶対喜んだろうな」


 中津英男(なかつひでお)は職場の後輩であり、眉目秀麗なイマドキのオタクである。

 六道のファンタジー知識は、彼との会話だけが唯一の情報源。

 山道の悪路を物ともせず飛び跳ねるワイバーンを眺め、追憶に耽ていると過去の記憶から有益な情報を引き出す。


「思い出した……ドラゴンは財宝が好きかもしれないということを!」


 あわよくば。

 リストに目を通し、宝石や金銀類がないか探し出す。

 しかし予測は違う形で裏切られる。


「多過ぎる……財宝関連のアイテムが多過ぎる! アラブの石油王か!」

『面白いです』


 VRからは、感情の無い登録した返答。

 リストの物品は多過ぎて、選別不能である。


「え〜、財宝で、一見豪華に見えるが……一番価値のないモノをリストアップしてくれ」


 表示されたのは、大司祭の祭事用の杖である。


「価値のあるもんだったら、無くしたとき困るからな。え〜っと、なになに?」


 無くす気満々で、説明に目を通す。


『なんの魔力も持たない杖。

 三代目、大司祭モンロイ・ハットはかねてより、初代大司祭ベネの遺産であるビヨンド・ロッドが見窄らしいと考えていた。モンロイ・ハットはビヨンドロット先端の花を毟り取ると、鍛治職人に注文し、先端に宝石を取り付けさせた。

 この際に杖の魔力が失われた。

 宝石は信者からの不正献金と、儀式と称して教会に集めた子供達に強要した売春行為による金銭で購入されている……』


「腐ってんなぁ! モンロイこの野郎!」


 六道、鼻息を荒げて大激怒。


「こんなもん、このワタクシが有益に使ってやらぁ!」


 アイテムを選択すると、一瞬で杖が手に握られる。

 高級そうな光沢を放ち1m以上もある杖。

 それを間髪入れずに投げた。


「オラぁっ!」


 投げられた杖は、風を切る。

 回転しながらワイバーンに向かって飛んでゆく。

 風切音に反応したのか、振り向きざまに首を伸ばして杖を咥える。

 蛇が獲物に飛びかかる動きだ。


「へ〜い、宝石は如何かな? へ〜い、へ〜い!」


 玩具の猿の如く手を叩き、投げたのは自分だとアピールする。

 ワイバーンが理解したかは定かでは無いが、杖に対して興味を示す。

 前脚に杖を落とすと鼻先で、宝石をスンスンと嗅ぎ始めた。


「やっぱり宝石好きなんだな。中津くんと一緒に見たかったが……」


 ドラゴンの習性を観察しながらも、思わず感傷に浸ってしまう。

 一方ワイバーンは、一通り匂いを嗅ぎ終わると、おもむろに宝石を噛み砕いた。


「ああ、食べるんだね」


 思い掛け無い生態を、後輩の中津に教えてあげたい。

 バリバリと噛み砕かれ、無残にもワイバーンの腹へ直行する宝石。

 宝石に罪は無いが、汚い金で買った物など所詮こんなもん。


 こうして竜と中年の友情が始まり、現在に至った。


 ****


「結局のところね、火加減なんですよ」


 天蓋付きベッドの骨組みに布を張り、タープに改造した。

 軒から2m程乗り出した場所で六道は、火を炊き肉を焼く。


 アイテムを選択。

 鉄フライパンに向け、袖口から岩塩を射出する。

 1kgパックを丸々ブチ撒けたような量がフライパンへ射出された。


「テントが近すぎると、火の粉がテントを焼いてしまうんですねぇ」


 そっちの火加減。

 ベッドの天蓋には、四方に向けて布が張られテント代わりになっている。


「あと周囲の落ち葉を片付け、焚き火の周りに水を撒くことも忘れないこと。キャンプ場によっては、焚き火が禁止のところもあるからね」


 彼は一人、大声でキャンプのルールについて語る。

 そんな彼から100mは離れた坂の下では、ワイバーンがとぐろを巻いている。

 昼間散々、六道と遊び倒し疲労したのだろう。

 ワイバーンは、彼のことを気に入ったのか離れる様子はない。

 傍目からは眠っているかわからないが、六道の独り言を歯牙にもかけていないのは確かだ。


「塩がこれだけあれば石窯焼きができますねぇ。この下敷きになってる肉を……」


 独り言の途中。

 突如、電源が切れたように止まる六道。

 ガクンと首を落とし俯いたまま、微動だにしない。


「……会話が……話し相手が欲しい……」


 一言呟かれた、そよ風のような細い声。

 その声は、ワイバーンの元へ届いたのだろう。

 バッと振り向き、猛禽類の瞳で六道を見つめる。


 一つの涼風が吹き抜けるほどの合間、竜は六道を瞳に写す。


 すると思い立ったように、とぐろを解き翼をバタつかせ砂埃を巻き上げた。

 竜の起こす風を体に受け、六道は首を上げる。


「……嘘だろ」


 その風は、彼が望まないことが起こると予感させる。

 一層強く巻き起こる砂煙。

 予感が確信に変わる前に、六道は坂を駆け出した。


「行くな! 俺を一人にっ! 肉も宝石もいくらでもあるから!」


 未練がましいセリフを口走りながら坂道を駆ける六道。

 対する竜の翼は揚力を得て、斜面を滑空する速度は増す。

 人間の走る速度では、ひたすら遠退く竜を止めることは叶わなかった。


「ハッ、ハッ……すーっ、ワイッバ……ッ‼」


 肺に残る最後の一絞りで竜の名を呼ぶが、叫び切れずに盛大にコケる。

 身体の前面が山肌を削るように滑った。

 ヒョウ柄ローブがめくれるとパンツ姿にネイキッド、全力で地面に五体投地する。

 お尻には、くまのキャラクターが微笑んでいた。


「え〜〜〜〜ん」


 泣いた!


 地面に伏してすすり泣く、ローブを羽織った下着姿の四十代男性。

 砂地に押し付けられた瞼の裏では、淡い思い出が蘇る。


 杖を咥え、こちらに向かう竜。

 投げた肉を、空中で捉える竜。

 とぐろを巻き、こちらを見つめる竜。


 一日も経っておらず、深めた絆が本物だと断言は出来ない。

 しかし六道は一人になりたくなかった。

 その気持ちに反して、無情にも夜がやってくる。


 ……大型獣の足跡と共に。


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