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アラフォー・クエスト  作者: レト
第一章 カルガノ山
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2話 アラフォー紳士の勘違い

 大地に穿たれた穴から立ち昇る黒煙。

 眼前で起きた爆発について狼狽えることもなく、男は暗雲に背を向けると晴れやかな方の空を仰く。

 異郷の景色を眺めれば、いくらか気分も晴れた。


 実際、六道がいくら思考を巡らせて事態は好転しない範疇の出来事なので、次の問題に着手しようとしていた。

 それは視界に映る見慣れないモノについて。

 いつからか気付いた時にソレはあった。


 手に取れる程度の距離に、パソコンのキーボードのようなモノが浮いている。

 半透明の液晶素材は、六角形のタッチパネルが組み合わさった蜂の巣のデザイン。

 六道は不意に思い当たり、ハッとした。


「これが……VRなのか……⁉︎」


 目の前の物体がどういったものなのか断定出来ない。

 VRを体験したことがない六道にとって、比較判別はできなかった。


(せっかく東京に住んでたのだ。家電量販店か最新技術のエキスポにでも行って体験しておくべきだった! 時代に追いつけなくなるとはこういう事か!)


 とも猛省したが物事は逆の観点で捉えられる。


「いや……VRをタダで貰えたのは嬉しいことだ」


 うんうんと頷き瞳を閉じると、爆発は関係のない事故であり、これがギフトだったんだ。

 そう思い込もうと呪詛のように自己暗示を始めた。すると、


「嘘だろ⁉︎」


「目を閉じても視界に残りやがる! 更年期障害で、ちょっとでも明るいと寝つきが悪い、この私に? ……これはキツいぞ」


 瞳を閉じた六道に戦慄が走る。

 好転的に捉えることは不可能だった。

 嫌気から半透明の液晶を手で押し退けると、その手は空を切りパネルに触れられない。


「え?」


 じゃあ、どうやって操作するのという疑問だけが残る。

 未知なる体験。


「え? 何だこれは、どうやって使うんだ……というよりも起動しているのか?」


 ——テレレレン。

『起動シーケンスに入ります』


 何やら聞き覚えのある起動音と、女性のインフォメーションが脳に直接響く。

 すると、半透明の小さい液晶が視界の端に現れ、文字を羅列し始めた。

 文字配列がblack、var、run、dmesg、bootと続く。

 当然、六道は読もうとも思わない。


 カチャカチャと音を立て処理が進む。

 コンピューターの起動シーケンスそのものである。


 しかし六道の意識は、その後に何が降ってくるかに囚われて、他を考えられない。

 怯えるように空を警戒していると、


『ようこそ』

「……ようこそ?」


 宙に浮く小さいアイコンと、言葉の示す意味についてピンとこない。


『ユーザー様のお名前を登録してください』

「……六道、厳です」


 聞かれておいて名乗らずにはいられない、日本人の血がそうさせる。

 また親しみ易い女性の声音が警戒心を和らげた。


『お名前の登録が完了しました。リクドウ・ゲン様の詳しい情報は後ほど登録します』


 六道は音声入力すげぇと思った。

 テクノロジーとの邂逅に感銘を受けていると、次の表示が続く。


『26,026件のアップデートがあります。今すぐにダウンロードを開始しますか?』

「ああ、はい」


 特に考えず二つ返事をすると承認の効果音がなり、次が表示される。


『ダウンロード終了まで残り36時間』

「さ、さんじゅ!?」


 目を丸くするおっさんに対して、続く注意事項。


『ダウンロード中はあまり遠方に行かず、楽な姿勢で安静にしてください』

「……36時間もどうしたら良いんじゃ」


 山の斜面にただ一人、36時間の滞在が決まった。

 対する六道は、己に起きた出来事を整理する。

 そして拙い推理が始まる。


(まず! ケータイの時刻は深夜1時だった。

 しかしどうだろう……朝日はとうに登っている。

 北極や南極じゃない限り、体感として午前の9時か10時くらいだろう。

 9時間の時差というと……ヨーロッパだ!

 何故かは分からないが、突如ヨーロッパに来てしてしまった……

 イタリア、ドイツ、フランスの山間部だとすれば、山を下って街へ出れば大使館があるはず……!)


 異世界転移して、まず始めに大使館を目指す者がいるとは。


『現在の時刻はハーフライトです』

「なんて?」


 思考に応えるような返答と、時刻を教えて貰ったのに意味が理解出来なかった二つの驚き。


「って何だい? 次からは数字で教えてくれないか」

『データローミング中』


 怪我の後遺症か、こめかみにチクリと痛みが走る。


『現在の時刻は午前10時03分です』

「そうか、ありがとう」


 こめかみを揉みつつ、思いの外、推理が当たっていた事に満更でもない。

 己の推理力に自信をつける六道。


「いや! これは聞いた方が早いな。大使館へ行きたいんだが」

『大使館。未登録の単語です。マップに表示できません』


「では、現在位置を教えてくれ」

『現在の位置は、聖都アヴァロンの郊外、ガルガノ山、八合目です』


「聞いたことないな。ドイツ? オーストリア? ああ、あれか、バチカン市国か!」

『現在の位置は、聖都アヴァロンの郊外、ガルガノ山、八合目です』


「これは……ダメなやつだ」


 望む返答が永久に来ないパターンに耐えかねず、顔を顰める。


「よーし、んじゃ、歩きながら推理の続きでもすっかな!」


 事態の好転を期待し、気を取り直して山を下る六道。

 すると早速、


「お〜、私の財布と鞄っ! いや良かった~! 持ってたモン、全部どっかいっちまうんだからなあ」


 雲の切れ間で、気付いた時には消えていた鞄と財布。

 剣先の土手から数百メートル下、小さな岩に纏めて置いてあった。

 転げ回って汚れたスーツに比べれば、とても綺麗である。


「これは幸先が良い! 幸先が良いな!」


 うんうんと己に言い聞かせ、暗示をかけるように頷く。

 加えて何処でもない虚空に、人差し指をズキューン。


 無駄に明るく振舞う姿は滑稽だが、他に見る者もいない。

 事態は好転の兆しを見せ始め、六道は浮き足立つ。

 幸い、歩みを進める足腰は、健康にして堅牢。

 いつしか気分も晴れて、意気揚々と斜面を下っていた。

 するとその時、


『!』


『アップデート中です。遠方に行かないで下さい』


 アラームと共に警告を示す表示。

 ——遠方ってどこさ、すぐそこだったのさ。


 脳内に直接響くアラームは、爆音ではないが不快感を与えるには十分である。

 これは大人しく従う他ないと溜飲を下げるが、行き場の無い反抗心は膨れ始め、フツフツと熱を持ち始める。


「じゃあ、今日は野宿だなぁ。いやぁ、キャンプなんて久しぶりだよ。最近は忙しい忙しい言って行けていなかった。これは良い機会だ。いやぁ、こんな機会を与えられるなんて、幸運だなぁ。ラッキーだなぁ」


 山肌で、誰に聞かせるでも無く、嫌に前向きな言葉を連ねる六道。


「ラッキー、ラッキー、こんな機会を与えてくれた天に感謝しないとなぁ……」


 六道は大げさに、ふぅと息を吐きながら肩をすくめる。

 すると途端、大きく息を吸い。


「ありがとオオオオオオオオ!!!!」


 山の斜面から遙か遠くの山々へ向かい勢い良く叫んだ。

 感謝の言葉と裏腹に、獣のような咆哮とその瞳は笑っていない。

 燃えよアラフォー、怒りのありがとう。


((ありがと~~~~))


 申し訳程度の山彦が返る。


「ギャオオオオオオン!」

「ん?」


 山彦に続き、聞き覚えのない鳴き声。

 周囲の斜面を見渡すが、小動物一匹見えない。

 すると下りの斜面から黒い影が、地を舐めるよう真っ直ぐこちらに向かってくる。

 反射的に空を見上げると遙か上空、一匹のワイバーンが飛行していた。


 ワイバーンである。

 飛竜に属するドラゴン。

 巨大なトカゲに、前足がコウモリのような翼のアレだ。


「……」


 身に覚えのない請求書を見るような怪訝な表情でワイバーンを見遣る。

 一方のワイバーンは、六道に襲い掛かる様子もなく上昇気流に身を任せ旋回している。


「あれはドラゴンか? はなたれ小僧みたいな目をしてるな」


 竜の瞳は、爬虫類や猛禽類のようなギョロッとしている。

 体表は鱗というより樹木のようで、所々剥がれ落ちた箇所からは灰白の地肌を覗かせる。

 空想上の生き物をまじまじ眺めた者としては0点の感想を漏らしながらも、六道の脳内では情報がみるみると繋がり出す。


 見知らぬ土地に瞬間移動し、驚天動地の大災害、未知のテクノロージー。

 極めつけはドラゴンである。

 空想上の生き物がそこにいる事実。

 それらの情報が関連性を持ち出し、一つの結論を六道にもたらした。


「もしや! これが世に言う……神隠し!?」


 そうとも言うが、違う言い方が主流である。


≫continue

 no continue


 六道が、神隠しと勘違いしてから1時間30分後の山の斜面。

 少しばかり平坦な地面には、山に不釣り合いな天蓋付きベットがドンと置かれている。


 まるで、お姫様仕様のベッド。

 ピンクのシルクレースの向こうにはヒョウ柄の毛皮を羽織り、ボクサーパンツのみを着用した半裸の中年男性が横たわる。

 ワインカップを片手に肩肘をついて寝転がる、その身体は引き締まっていた。


 それが六道厳である。


 辺りには様々な料理を盛り付けた木皿。

 おもむろにカップを枕元に置くと、ベッドの足置きまで這い寄り、そこに置かれた杖を手に取る。

 1m以上の長さで、高級そうな光沢を放つ杖。

 持ち手には拳ほどの大きさの輪っかが一つ、という無意味な装飾がある。


「ほーら、取ってこい!」


 投げられた杖は梺に向かい飛んでいく。

 まるでドッグランのように杖をキャッチしたのは犬ではない。

 先程のワイバーンだ。


 杖の回転を見定め、器用に口でキャッチすると翼と尻尾をバタつかせながら、六道のいるベッドへと駆け寄る。

 そのワイバーンの様子を眺め、ワイン片手に寝ころがる六道は、


「おーっし、グッボーイ、グッボーイ!」


 腐った金持ちの道楽のような真似をしていた。

 ワイバーンは、ベットの足置きに杖を乗せると再び斜面へと駆け出す。

 何故このような姿になったのか。少しばかり遡る。


 ——涼やかな風が駆け抜け、燦々と照りつける太陽の下。

 汚れたスーツ姿の男は体育座りをしていた。

 やる事もなく一人、起伏もない、無為な時間を過ごす。


「ああ~、喉が渇いたな」

『お飲み物はいかがいたしますか? アイテム選択画面から選んでください』


「……これはアレだな。発展途上国に旅行に行って、どうせ水の一つも出ねぇんだろうなって、民宿に泊まってみたら、ちゃんとした朝食が出てきたって感じの嬉しいサプライズだなっ!」

『すみません。よくわかりません。もう一度お願いします』


 六道の長い冗談に、全く取り合わないガイド音声。


「ぐっ、そうか……え~っと、どうやって操作すれば良いのかな?」

『上の段、右から二番目のカーソルに意識を集中して下さい』

「上の右から二番目……」


 瞼の裏側を照らす機能しか持ち合わせていなかった半透明の液晶キーボード。

 それがここに来て飲み物をサーブしてくれるのだからありがたい。

 予想した機能とは大きく異なるが、六道は素直に喉が乾いていた。


 液晶キーボードは、12個のパネルが三段の構造である。

 言われた通りに意識を集中させようとした時には、既に画面が切り替わる。

 表示されたのは、リストである。


「とても沢山あるな。それに何だこのレンガ120億個って……業者か!」


 旧東京駅舎が1,500棟ほど建てられる数である。


『すみません。よくわかりません』

「ぐっ」


 苦悶の表情の六道。

 何を思ったか、突如こんなことを言い出す。


「よし! ルールを決めようか!」

『どういう意味でしょうか?』


「私が冗談を言ったとしよう。その時に、すみません。よくわかりませんとは言わないでくれ」

『どのようなセリフに変更なさいますか?』

「台詞って言われると何とも嫌な感じだが、そうだなぁ……」


 顎に指を添えて思案すると、閃きと共に人差し指をバキューン。


「面白いです。これだな」

『設定を変更しました』

「オーケー! ありがとう」


 感謝の言葉を述べると、前屈みになりリストを吟味する。

 前屈みになっても、瞳に映る映像が遠ざかる事実に気付いていない。


「このリストを飲み物だけに絞って貰える? この剣聖の魂10個とか竜の心臓とか普通に気持ち悪いし、なんだろねコレ!」


 すると返答もなく画面が切り替わり、飲み物のリストが映しだされた。


「水、赤ワイン、白ワインとかって大雑把すぎるだろ、ファミレスみたいだな。数量も多そうだし、度数、辛さ、酸味とかで分類しないのか? リゼルヴァも分けたほうがいいぞ……」


 独り言を綴りながら、やれ分類の仕方が変だの産地は分けた方が良いだの。

 文句を言い続け、時間は過ぎていく——


「今度は、うまく掴めるだろうか」


 手に持つカップが一瞬にして消え、次の瞬間には再び握られている。

 現れたカップには、なみなみと赤ワインが満たされていた。

 この短時間でサラリーマンから、手品師にジョブチェンジした訳ではない。

 すっかりアイテム機能の使い方を覚え、所持品を端から試していたのだ。

 初めは掴み損ねてワインをブチ撒ける六道だったが、遂にコツを掴む。


 この機能について理解した事は二つ。


 まずアイテムを選択すると袖下から射出される。

 どこから現れるのか、営業と接客に心血を注いできた六道にその原理は分からない。

 次に触れた物をアイテムとして収納できる。

 これはまだ飲み終わったカップの片付けにしか使用していない。


 しかし、これはきっとVRではなく。

 何を思ったのか彼は、あらぬ使用方法に思い至った。


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