14話 カクテルとカオス
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山肌の一画。雪原の向こうから六道が歩いてくる。その手にはワイングラスが2つ握られていた。
焚き火の周囲では顔を真っ赤にしたヴァティーと、下卑た笑みを浮かべるセルケトが出迎える。なんてアット・ホームなのか。
「ん? なんかあった?」
「その答えは過去よ」
「意味深だな。占い師始めた?」
「よく分かったわね。私、占星術得意なの。今は出来ないけどね」
太陽を指差しほくそ笑む。茶化したつもりだったが煙に巻かれた。
「手に持ってるの何?」
こういう時、いつも真っ先に飛びついてくるのはヴァティーだが、その指摘はセルケトによるものだ。
「これはカクテルだよ。この世界にもあるかな」
「カクテル……ポーションの一種かしら」
意外にも瞳を煌めかせ、グラスを覗き込むセルケト。
「シードル・モヒートだよ。レモングラスとりんごの香りを楽しんでくれ」
(実際には沢山のレモングラスを磨り潰して濾して、ライムもレモンも入っていない、なんちゃってモヒートだが……)
猫は柑橘類に含まれるリモネンを消化できない。本人に確認しても良かったが、猫扱いすることで怒られる予感がした。
(まあ、それぞれ素材の質は厳選したから味は悪くないはずだ。ここにはバースプーンも無いし、こう考えるとビルドは素晴らしい技法だな)
ビルドはカクテルの4大技法の一つ。
特別な道具を必要とせず、直接グラスで混ぜ合わせる。炭酸を用いたカクテルに向いており、材料については予め冷やして置く必要がある。
「これ何!? 透明なこれ」
雪ぐらいは降るかもしれないが、この辺りに冬は来ないようだ。
「氷だよ。さっき作ってみた」
「さっきの爆発は、これだったのね……」
氷の生成中、魔力の調節に失敗。危うく大陸に氷河期を齎らしかけた。
(それにしても魔法で、純氷を生み出せるとはな……)
六道は純氷を生み出せることによるコスパに戦慄していた。
六道の勤める会社は酒類卸売り業であり、副業として併設されたバーは会社の意向で利益度外視で運営されており、良い純氷を使用している。
それが今の六道ならばタダ。
「ぶあっはっはっ!」
笑いが止まらない。お客も会社もみんな笑顔である。帰れればの話だが。
「何よ。急に笑い出して」
嗜めるセルケトもまた頬が緩んでいる。
「まあ、まあ、飲んでみ?」
促されグラスに口を付けるセルケト。すでに期待で口角がつり上がっている。
——っ!
爽やかな風が鼻腔を吹き抜け、舌に残る滑らかな感触。
途端パチパチと軽やかに弾けると、喉を優しく妬き、胸を焦がした。
リンゴの甘い風味が舌に名残惜しく、思わず下唇をひと舐めする。
「なにこれ、なにこれ! 魔法!? ねぇ、こういう魔法?」
「嬉しいこと言ってくれるね。バーテンダー冥利に尽きるよ」
期待以上の反応に笑みが溢れる。反応は上々。
一方のヴァティーはちょこんと座り、グラスを両手持ちし顔を近づけ、弾ける炭酸を輝く瞳に映している。
そっと側に歩み寄る六道。
「気に入った?」
問いかけにコクコクと頷き、再び蕩けたように眺め始める。
彼女を笑顔にしたい気持ちは逸るが急くことはしない。
眺めることもカクテルの楽しみ方の一つであり、グラスを覗き込むヴァティーの姿も余りに可愛らしかった。
「さあ、ゆっくりモヒートを楽しんでくれ。これから始まるのは光のショーだ!」
軽やかに身を翻すと、二人から麓に向け距離をとり背を向ける。
(さあ、打ち合わせ通り頼むぞ)
『プログラム開始の承認を確認。回線1、3、5オープン。
火器管制システムFCS、起動。
統合化眼球・表示照準システムIAADSSにインサート。
機能正常』
六道の体内でAH-64アパッチの離陸準備でも始めたのか。
視界には照準が表示される。
『照準合わせ完了。
ナノテルミット・フレア射出準備完了。
味方識別及び、タグ付け完了』
ナノテルミットは、酸化剤とアルミニウムをナノ粒子で混合しており、劇的に早い反応速度で3000℃近い超高温を生み出す。
対してフレアは、マグネシウムをベースにテフロンやアンモニウムを加え、航空機のエンジン排気口から生じる赤外線と、同じ周波数帯の赤外線を放出し、ミサイルの赤外線探知器を撹乱する兵器である。
もしくは一番弱い火属性魔法だが。
どちらにしても無駄に熱いフレアである。
「対象目視で確認。ロックオン。撃てます』
報告を聞き終えると、右手で作ったキツネのハンドサインを正面に構える。
デスマスクが髑髏を模した装甲の先端から魔弾を放っていた事を思い出し、六道なりに再現を試みたようだ。
試し打ちとはいえ安全性を考慮し、既に爆発の後であるクレーター中心を対象に定めた。指先を向けると左目を細め、右目で狙いを定める。
既にサポートシステムがロックオンしているので、この動作に意味はない。
「カース・タイド」
右腕に多重の魔法陣がドリル状に展開され、紫電の輝きを放つ。
脈打つ泥闇が腕の表皮を這いずり回り、骨が引き延ばされる感触に背筋が凍る。
超流動の如く、キツネの鼻先からエネルギーが絞り出され、ドス黒い球体へと変化した。
渦巻く球体は止まる事なく膨張を続け、内側から星空の輝きを放つ。
魔弾の直径が1mを超え、六道が恐怖に駆られ始めた途端。
それぞれの魔法陣がギアのように駆動し、球体を射出した。
ビビりながら撃った所為で軌道が逸れ、目標のやや斜め上へと飛んでいく。
(ハズした⁉)
と思うのも束の間、爆心地へ吸い寄せられるように鋭くカーブ。
未だ立ち上る黒煙へ、突き刺さるように侵入。
黒煙の一部を巻き上げると、内部から銀河色の膜が顔を出す。
止まる事なく膨張を続ける球体。
呆気に取られていると突如、指向性のある翠の閃光を放ち、爆心地ごと地面を抉り取り、急速収束した。
平地と山肌の距離にも関わらず、消えた質量分、身が引寄せらる。
風が吹いた訳ではない、一種の重力変動だろう。
跡地に残ったのは光の点と、放物曲面状に剥き出した岩盤。
消えた質量は極点から放出され、光の柱となる。ブラックホールと同じだ。
三人で地球に刺さった細い光の柱をただ眺める。
途端、フレアが射出。
六道の背広から左右、計6発。放射状に飛び立ち軌道に煙を残す。航空ショーや運動会など、昼間の花火も乙なものだが、あの魔法の後では安い花火である。
『目標の消滅を確認。イベントプログラム、第一工程の完遂を報告します』
(なんか想像と違うし、正直その威力にドン引きだが、続けて行くぞ!)
眼前に左拳を掲げ、力を込める。
既に爆発後の跡地ならば試し撃ちに丁度良いと考えていたが、まさか爆心地ごと消滅するとは。予想外。
左腕を振りかざし叫ぶ、
「花鳥風流、月華掌、謳歌せよ……ボタニック・ガルデン!」
掛け声に呼応し、VRが呪文を代読。自動詠唱トリガーと言うらしい。
振り上げた左腕に紫電の魔法陣が展開される。
加えて左肩には鮮緑の魔方陣。
これまでの魔方陣と異なり、刻まれる文字にはエグい悪口が含まれていない。
紫電を引き伸ばしながら掌が地へ触れると、弾けるように鮮緑の魔方陣が砕け、飛び散る破片はエメラルドの蝶へと変わり、捲き起こる涼風と共に四方へ飛立つ。
言葉にすると爽やかな魔法だが、現実は異なる。
蝶の数が尋常ではない。
視界を埋め尽くす結晶蝶。想起させるのは蝗害。
魔法で生じた蝶の春疾風は、光の柱をも薙ぎ倒し、その様は周囲の大地を飲み込む新緑の津波。
地面が揺れる。
周囲を見回すと、蝶の流れを裂くように木々が立ち生える。
青々とした葉を湛えた立派な樫の木が多く見え、不毛だった石灰質の大地が生まれ変わっていく。
蝶の濁流が収まりを見せると、期待の面持ちで六道は振り返る。
「どうかな! 私の魔法は」
蝶の群れが過ぎ去り、徐々に露わになる大地。
様々な花が咲き誇る花畑の上でヴァティーは拍手喝采し、セルケトは仰向けで気絶していた。
空に浮く太陽と雲を除く、視界に入る全てが草木と花々と化した。
まるでハーバリウムの海へと飛び込んだ気分がする。
「すごい、すごーい! ねぇ、どうやったの? ねぇ、どうやったの?」
「いやあ、どうやったんだろう。勢いと情熱?」
照れ笑いで頭を掻く六道は、ふと違和感に見舞われる。
「……っ、これニホンタンポポだ!」
セルケトに駆け寄ると、うつ伏せにひっくり返し、鬱蒼と生える花々に紛れるタンポポを見つけ出す。総包片が反り返っていない。確かにニホンタンポポだ。
「凄い。久しぶりに見たなぁ」
くるりと身を翻し花畑に身体を預け、大の字で横たわる。
(う〜む。是非とも元の世界で使いたい。これこそ魔法だな!)
うんうんと頷くと、続けて右肘に走る焼きつくような痛みと向きあう。
(……やっぱり腕の神経、焼き切れとるやないかい!)
右腕をバシっと叩くが感触が無い。
魔法陣が展開された部位が赤黒く壊死している。
『ステータス上昇魔法の再使用を具申します』
(トリガー・オーバードーズ……)
魔法名の羅列がマジックのアイコンにインサートされる。
21の魔法陣が即時展開。紫電が花畑に走る。
壊死した右腕がピクピク震えだすと正座後のような痺れが腕を満たし、赤黒い跡が溶け消える。治りの早さにメンタルが追いつかない。
『カース・タイドは不完全な発動でした。解析でき次第、報告致します』
(よろしく、頼むよ)
ふーっと大きく息を吐き、手を後頭部に組み枕にする。
涼やかな風は、潤いと草木の香りを含んでいる。
そこへ飛びかかるヴァティー。
「にゃんにゃんにゃん」
「こらこら、元気だなぁ」
「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん……」
「ストップ! ストーーーーップ!!」
そこはかとない生命の危機を感じた六道。
ヴァティーの顔を引き剥がすが、触れた肌がほんのり暖かい。頬を朱に染めるヴァティーの持つグラスを見遣ると、まだドリンクが半分ほど残っている。
(そんなにアルコールが弱かったのか? これ程の体格があるのに)
押し倒されながらも、グラスを掠め取り一口傾ける。
「バカな! う、うまい! 第五の味覚、うま味を強く感じる!」
単純な構成で作ったはずのカクテルが、破格の味わいを醸し出していた。
(何故だ。マドラーの代わりに取り出した銀河色の棒で混ぜたから!?)
多分それだ。
「次回からは食材だけじゃなく使う道具も吟味しないとな。何にどんな魔法が込められているか、わからん」
反省しつつも、六道の胸で寝息をたて始めるヴァティーの緩み切った表情に充足感を覚える。寝姿勢を整え、六道も一休み決め込む。
「あははは、こっち、こっちぃ!」
「待てよ、お主〜」
「わぁー、こんなお花、見たことありませんわっ」
やたら騒ぎ立てる団体客でも来たのか。にしても唐突な上、あまりに不自然。
一応人間の可能性が無いわけでもない為、急ぎ頭を起こすが予想は大きく外れる。
見間違いでなければ、花畑には十人の白い幽霊騎士。
足をバタつかせ飛び跳ねる者もいれば半透明の剣を振り合ったり、かけっこしたり仲良く野花を摘んだり……
幽霊のくせにと言ってはなんだが、太陽の光が降り注ぐ正午。
かなりアクティブにレクリエーションを楽しんでいた。
「ついにイカれたな」
六道は確信した。




