[♣8]ファンタジーとの出会い-3
その頃西室 乾は、人がいる場所を求め歩いている中、途中の雑木林から一匹の狼と出くわしてしまい、追いかけられている最中であった。
「はぁはぁ……。なんでこんな目に合うんだ!」
数十分、狼たちと走り回っており、西室の体力が尽き始めてくる。なんとか状況を好転しないかと、ポケットに入れた端末を取り出し、能力を使用状態にする。しかし、操作する際の走りを緩めた隙を狙われ、狼たちが脚を目掛け噛みついてきた。
「いってぇ!」
左脚の脹脛を噛まれた痛みで体勢は崩れ、地面へ倒れこんでしまう。そして慌てて狼たちがいる方向へ向くと、狼の一匹がこちらへ飛びかかって来た。
やばい死ぬ。嫌だ死にたくない!
まるで死ぬ間際の空間にいるのかゆっくりと周りの世界が進んでいくかのような感覚に陥った。そして自分の心から死にたくないという思いがコップの水が溢れてくるかのように出てくる。
渚より先に死にたくない。
まだ救えてないのに。
こんな所でくたばりたくない!
そんな思いから咄嗟の判断で近くの石を拾い、能力≪物質変化≫を使用する。そして飛びかかる一匹に思いっきり投げつけた。
「キャゥン!」
自分が石に変化させたのは、自分が最初に試したのと同じ重い物質を思い浮かべたものだ。うまくその一匹に当たり、少し吹っ飛ばされ怯むが、すぐさまもう2匹がこちらへ目掛けて飛びかかろうとする。
あ、もう駄目だ。
死を覚悟した瞬間。背後から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。倒れている西室の上を飛び越え、自分を守ってくるように前へ一人の少女が現れた。
「とぅ! か弱き人々を守るため私はいるのです! そう勇者リナ=キイノ参上です!」
そう大きな声で勇者と名乗る少女。自分の妹ぐらいの年齢ぐらいだろうか、そのぐらいの背丈の少女の背中が可憐に見えるピンチな所を助けるために駆けつけてくるような状況に正しく勇者。そう思う迫力に、例えそれが自分より小さい少女でもかっこよく思えてしまった。
「大丈夫ですか旅の方!安心してください! 私が来たからにはこれ以上あなたを傷を付けさせませんよ!」
「あぁ……」
驚きのあまり、あぁの一言しか発せれなかったが、勇者と名乗る少女は自分を安心させるかように笑顔を向けてから、自分をこの状況に追いやった狼たちへ牽制し始めた。
「さぁわんちゃん達! これ以上暴れると私が容赦しませんよ! 今なら見逃してあげますよ!」
西室の能力によって怯んでいた1匹はすで回復しており、3匹とも少女に対して敵意を向けていた。興奮状態の狼たちには少女の忠告なんて聞き入ることは無く、臨戦対戦を解除することは無かった。
「そうですか、それがあなたたちの選択なのですね。分かりました。でしたら喰らいなさい!私の聖剣≪イトグーン≫!」
少女が腰から剣を取り出すが、聖剣とかっこよく言っているわりにただの木刀にしか見えなかった。しかし少女が構え始めると、持っていた剣が白く光り輝いた。そして薙ぎ払うかのように狼たちへ向けて と一瞬にして狼たちは真っ二つに斬られていった。先ほどまで狼3匹たちがいた所には、動物であった残骸だけが残されていた。
「ふん! 今日もまたお仕事達成です!」
「あの、ありがとうございます。このままだったら狼たちに食い殺されていたよ」
「いえいえ、これも勇者である私の役目ですから。といっても勇者の孫なんですけどね!」
「はは……って痛たた」
体勢をただそうと思い立ち上がろうとすると、先ほど狼に噛まれた左脚から急激な痛みを感じる。その部分を見るとズボンの上からでも血が噴き出ていることが分かるくらい滲みあふれ出ていた。
「おや、怪我をしていますね。左脚見せて下さい、私が治しますよ!」
流石に酷い怪我なので、ズボンを捲り上げると、狼の歯型がくっきり分かるぐらいの傷口となっており、そこから溢れんばかりの血液が流れていた。そして怪我の様子を確かめるため、勇者と名乗る少女が近づいてきて、傷口を当てるかように両手を添えて、何かを唱え始めた。
「内なる流るる生命たちよ。主の防壁の為に活き踊りなさい! ≪生命の波動≫!」
少女が傷口を当てた両手から暖かな光のようなものが照らしだされ、自分の左脹脛中から何か湧いてくるかのように先ほど感じていた痛みが次第に弱まってくる。治療が終わったのか、少女が布で血を拭うと、出血は治まっており、狼に噛みつかれていたところは、まるで何もなかったのか様に跡すら残っていなかった。
「……す、すごいな。あんだけ痛かったのに、何もなかったのように平気だ」
「えへへ。すごいでしょう! ママ直伝の魔法なんだ!」
魔法……。確かに先ほどの治療は魔法って言われた方が納得できる代物だった。あんな傷、普通に治しても数日は掛かるし当然跡が残るのに、一瞬で跡形もなく回復してしまった。体験されても未だに信じられない。
「にしても、まったく丸腰で外に出るなんて駄目ですよー。 魔物に喰われて大変な目に遭うとこだったのですから」
「い、いや……。俺にもよく分からないんだ。いつの間にかここにいたからな……」
「うーん。つまり迷子ってことね!」
言われれば俺は迷子なのか? 道も分からず、彷徨っているし、確かに迷子なのかもな。
「だったら、私の村に案内するよ!村のみんなは優しいし、私のおじいちゃんは勇者だから頼りになるよ!」
そういえばこの少女は勇者の孫とか言っていたな。本当に自分がいるところは異世界だと感じる出来事ばかりだ。狼に追いかけられたり、怪我したところが一瞬にして治ったりと勇者というファンタジーな単語を聞くと本当に異世界なのだな。しかしまさかゲームだったら英雄扱いされているだろう勇者の村へ案内してくれるとは
「じゃあ……。お願いしてもいいか?」
「ええ! では私の後ろについてください。村まで案内しますよ!」
少女が案内すると言って歩きだそうとしたのがついていこうとするが、少女がふと何か思い出したのかこちらへ振り向く。
「あ、そういえば忘れていましたね。名前言うの!」
「確かに自己紹介してなかったな。俺の名前は西室 乾だ。君は確かリ……」
「あー! あー! 待って、言っちゃわないで! かっこよく名乗るのも勇者の役目なのですから!」
流石にそれは勇者の役目ではないんじゃないか?
「すべての人々を救うため。助けを求める人がいる限りいつだって駆けつけます! 勇者リナです! よろしくお願いしますね。ニシムロさん!」
かっこつけるため大げさにポーズし決め台詞のようなものを発した少女リナは、妹の渚が元気だった頃を思い出すかような笑顔を放ち、思わずドキッとした。すぐさま平静を保ち、差し伸びてきた手をしっかりと握る。こちらも答えてあげれるように苦手な笑顔を必死に作り、返してあげたのだった。