肉食系サバイバルホラー世界からの脱出
来た。
その感覚はまるで、アイス棒のアタリを引き当てた時と似たような、的の中心に何かが物がぶち当たったような、不思議なものであった。
直後、もはや親の顔より見た歪みが俺の足元に顔を見せ、徐々に広がり始めた。
「よし……よし!」
柄にもなく声を上げてしまう。今まさに俺の願いは叶えられたと考えて相違ないだろう。それは近くにいた山田と響子の足元にまで及んだが、奴らは困惑しながらも俺を救い出そうと近づいてきてしまった。
「来るな、俺は平気だ」
「そんなこと言って!」と山田は俺の手を掴み、そんな山田の襟首を響子が握ったところで、全員仲良く歪みの中へ、ずるりと例の如く落下してしまうのであった。
────いつも通り、不完全な体勢で落下した俺達は、いずこかの地面に頭をぶつけていた。
視界が白黒する中、まず声を上げたのは響子であった。
「ど、どういうことなのよこれ。ここは……」
暫しあっけにとられていた山田は、やがて俺へと視線を向け、「これがあなたの力、なんですね」と呟いた。視界がはっきりしてくるとやがてその全容が明らかになった。
落下した床は半透明の翡翠色。時折、緑色の光が脈打つようにして流れていく。周囲を見渡すと同様の道が数えきれないほど上下に交差し、その上をカプセルのようなものが浮いて移動していた。この道は道路のようだ。遥か下方には地面が確認でき、そこには様々な高層の建物が立ち並んでいた。
俺の願いは明確であった。この式谷を治療すること。そのために移動してきた世界である。これを治療する技術がこの世界にはあるはずだ。まずはそれを探さねばなるまい。
「病院か何かないものか……」
「ちょっと! この状況の説明はしてくれないわけ?」
「いちいち説明なんぞしていられるか。とりあえずここから退散するぞ」
そんなことを言っている間に、俺達の立つ道路の遠方からカプセルが高速でこちらに向かってきているのが見えた。ワーだのウーだのと叫びつつ全員でその場に伏せると、頭上をカプセルが通り過ぎていく。無音ではあったが、目測で時速百キロは出ていたであろう。あれに撥ねられたらひとたまりもない。
冷や汗を拭いながら、起き上がった次の瞬間、翡翠色であった道が突如赤く明滅し始めた。しかも俺達の立つ道だけがこんな有様だ。どこからともなく、ごうんごうんという喧しい警告音が鳴り始める。次から次へと問題だらけだ。
「何か、まずいことになった気がするわね」
響子の言う通り、これは恐らく異物を検知したということなのだろう。見たところ、ここは俺達のいる世界より遥かに文明が進んだ世界のようである。郡山のいた少し未来の日本ですら、異物である俺を感知するのに時間は要していなかった。ではこの世界なら……大して考えずともわかる。恐らくは、秒で見つかってしまうだろう。
「貴様ら、止まれ」
ひどく冷めきった声は俺達の背後から聞こえてきた。振り返ると、まるで鉄仮面のような無表情を携えた長髪の女がそこにいた。全身を鈍色のマントで覆い、こちらをビー玉のような紅い瞳で見つめる。いつの間に同じ道路に立っていたのだろうか。身長こそ俺と同じくらいではあれど、身体を突き刺すほどの威圧感を放っている。
女は暫し俺達を見つめると、首を傾げた。
「誰だ。どこから湧いて出た」
「それはこちらのセリフなんだが……」
「こちらはコーキアン共和国、第三兵団ディスコラクト、隊長のマリガン・ドールだ」
今度は共和国か。今までの経験から察するに、またろくでもない世界なのだろう。
マリガンと名乗った女は長い自己紹介を終えても眉一つ動かすことなく、人形のようにこちらを見つめ続ける。何も行動しないところを見ると、こちらの自己紹介を待っているのだろうか。律儀な奴だ。
「俺は御影創一、こっちの二人と一体はその愉快な仲間達といったところだ」
「間違っちゃいないけど、その紹介定着させないでほしいわね」と響子はむくれた。
「貴様らは何者だ。生体識別番号に登録がされていない。識別番号に未登録の人間は、新生児しかいないはずだ」
やはりこの世界でも完全に異物扱いということだ。マリガン側からすれば、逆さに置いていたコップの中からゴキブリが出てきたようなものだ。それも三匹も。首を傾げるのも、納得の反応である。さて、異物は排除されるのがお決まりだが、このマリガンという奴は律儀なフシがある。何とかしてそれを利用したいところだ。
「マリガンとやら、生体識別番号が登録されていなかった場合どうなる」
「イレギュラーだ。そんな事例はない。上層からの指示があるまで待機する」
「さて、このうずくまっている女は、お前が現れるまでこんな状態じゃなかった。きっと驚いて腰でも抜かしてしまったんだろう。医療施設で診てもらえないだろうか。まさか、兵団の団長様が人民に危害を加えてそのままってことがまかり通る国なのか」
俺の言い分に山田は苦笑いを浮かべた。まるで肩が当たって骨折を訴えるチンピラのようないちゃもんだが、やらないよりはマシだ。
マリガンは暫し黙りこくると「了解。指示を遂行する」と告げ、そのマントを翻した。
「ついて来い。治療を優先する。その後の処分は、判断待ちだ」




