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怠惰の主  作者: 足立韋護
第三世界
72/76

虚なる空

 響子が答えようとした瞬間、建物が一度だけ大きく揺らいだ。それを機に、その場のトウテツらが何か喚き始める。ただ事ではない状況なのはわかったが、周囲を見回しても何事かは一切理解できなかった。


「ちょっと、長話が過ぎたみたいね……。恭介、それにそのお仲間さん。みんな急いでついて来てちょうだい」


 響子は一度手招きすると、俺達に合わせているのだろうか、なんとかついて行ける程度の速度で外へ向かって走り出した。俺達もそれに続いて駆け出すが、周囲のトウテツらは明らかに俺達を追って来ていた。


「いったい何が起こっている! ここのトウテツはお前が牛耳っているんじゃないのか」


「トウテツ……ああ、怪物のことね。アタシはあくまで代理よ」


 式谷は「代理……興味深いですね」と、側面から襲い掛かってくるトウテツの首を跳ねながら口角を上げた。


「ご想像の通り。ここには本当の親玉がいるのよ。アタシでも敵わない奴がね」


 デパートから出ると、フォルクスの吹き飛ばしたことがまるでなかったように、いくつものトウテツがこちらへ向かって来ていた。例の親玉が何か仕向けているのだろうか、明らかに俺達を狙っている。

 こちらに近付くトウテツは、式谷の斬撃、山田の銃撃、そして響子の打撃によって次々に退けられている。


「響子、協力してくれるんだね。君にとっては同族なんだろ」


「そこの何もしてない男の言葉に、気づかされたのよ。こんなとこまで助けに来るアンタも、そんな奴らと一緒になって逃げるアタシも、馬鹿ってことね」と響子は自嘲気味に笑った。


 何もしていないと言われると傷ついてしまうのだが事実である。俺には剣も銃も心得がない。考えてみてほしい。生来ぼけーっと学校に通っていた学生が、ある日突然剣や銃を握らされて、それきたと言わんばかりに使いこなせるわけがないのだ。どこぞのライトノベルじゃあるまいし、非現実的である。まあ、式谷と山田がなぜここまで使えているのかは、考えないでおこう。

 逃げ始めてから、何十分走っただろうか。息が上がり、今にも干からびてしまいそうであった。真っ昼間のビル街を走り回っているが、トウテツの数が多すぎる。都心部なのだから当然と言えば当然だが、さすがの式谷や山田に疲労の色が見え始めた。

 俺の呪いが使えようものなら、こんなトウテツらは一掃してしまうのだが────よし、フォルクスの魔導術とやらをイメージして……。


「吹き飛べ!」と手を突き出してみた。




 空虚。

 激しい戦闘の真っ只中だというのに、刹那、空虚さを場が制圧した。むしろ俺の心のほうが吹き飛んでしまいそうだった。

 つまり、何も起こらなかったのだ。


「御影さん……」


 山田、俺を哀れんだ目で見るな。響子に至っては見向きすらしていない。だが相も変わらず発動条件が不明だ。それさえわかってしまえば、こんな苦労はせずに済むものを。何か、パターンはないのだろうか。だが、この緊急事態の中でそんなことを考えられるほど、俺の脳みそはよくできてもいなければ、度胸も持ち合わせていなかった。


 いや、気を取り直そう。俺の知っている日本であればもうすぐ郊外へ続く道へ出る。そこまで逃げてしまえば、郡山やフォルクスと合流できる。もうすぐだ。


「し、式谷さん!」


 突然の山田の声に、俺はふと我に返り、真横を走っている────走っていた式谷の姿を探した。二メートルほど後ろを追走してきていた式谷は「ぐっ」と小さな呻き声を放った。そのカロンを持つ腕に、一匹のトウテツが噛みつき、肉の一部を食いちぎった。

 よくよく見れば、式谷のさばいていたトウテツの数は数体どころではなく、数十体の域に達しており対処しきれないのも当然であった。

 更に式谷は首筋を別のトウテツに噛みつかれ、顔を歪ませる。それをなんとか振り払った式谷は、何体かを斬り伏せて、血を滴らせながら走り続ける。


「式谷……ッ!」


 あの式谷が、トウテツになるのか?

 俺はそんな無駄な思考を捨て去り、急いで式谷へ肩を貸した。カロンを奪い取ったが、思わず落としかけてしまった。想像の五倍は重かった。これを軽々しく振るうなど並みの人間の所業ではない。


「御影さん、どういう風の吹き回しです?」


 やかましい。黙っていろ。


「まさかそれを振るうつもりですか。」


 柄にもなく、俺は頭に血が上っていた。理由は不明瞭だが口から吐き出される息が妙に熱いほどであった。だが、心は冷血と言えるほど冷め切っていた。この感覚、いつかの感じと似ている。

 肩を貸しているせいで走る速度は落ち、式谷に触れようとしたトウテツが目に入った。


【吹き飛べ】


 突如、トウテツの頭が木っ端みじんに吹き飛んだ。力なく倒れるトウテツに構うことなく、他のトウテツらが雪崩れ込むようにして覆いかぶさろうとしてきた。


 俺に剣は振るえない。銃だって撃つことができない。知識も技術もないからだ。なぜだ。手間だから、時間がかかるから、くたびれるから。結局、この事態を引き起こした一因は俺の怠惰。何も刻み込んでこなかった。

 それなら、今、俺は、どうする。


【全てを思い出せ】


 景色が一変した。今まで生きてきた中で見たもの全てが、まるでシアターのように眼前で再生され始めた感覚であった。走馬灯なのだろうか。早回しにもほどがある。だが、目で追えなくとも、この頭の中には明瞭に刻み直された。

 思い出すだけでは駄目だ。叩き込め。


【全てを吸収しろ】


 人生で得た全てが体に染み込み始めた。

 あらゆる知識、経験、点と点が線となり、複雑に絡み合う。応用と応用から更に新たな応用が生まれ、それらが爆発的に拡大する。

 既にあったのだ。ドラマで見たあざやかなアクション、アニメで見た人間離れした動き、本で見た知り得なかった知識の数々。忘れていただけだ。留めていただけだ。普通でいられるよう、空虚でいられるよう、レールから外れないように。遠慮はしなくてよい。もうとっくにレールからは外れてしまっているだろう。教室を鮮血に染めてしまったあの日から。




 ああ、全て理解した。



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