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怠惰の主  作者: 足立韋護
第一世界②
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居合いの間合い

────式谷天


 その笑みは俺を見つけると、さらに深みを増した。垂れ流される不可視の圧倒的な存在感は、オーラなのか畏怖なのか。

 初めて出会った頃、それは確か穏やかな春の夜であっただろう。あの時一般人に見えていたのは別人だったのであろうか。

 その存在感をわざと隠していたのではと疑いたくなるほどに、今では臆面もなく垂れ流している。それもあってか、衛兵達は惹きつけられるようにして式谷に視線を向けた。


「彼らは私がここに呼んだんですよ、文句がありますか?」


「し、式谷さん……い、いえ失礼しました」


 驚くべきことに衛兵達はおずおずとその場を後にして去った。その後ろから、式谷がこちらに近寄ってくる。


「少し見ないうちに、何か、大きな変化がありましたね。記憶でも戻りましたか?」


 超能力じみた洞察力は相変わらずだ。


「少しだけな。お前は、隊長にでもなったのか」


「積もる話もありますし、お仲間も一緒に宿へいらして下さい」


 式谷が先導する最中、郡山とフォルクスがこそこそと耳打ちしてきた。


「創ちゃん、この人が探してた人?」


「ああ。式谷天、恐ろしい女だ」


「へぇ、恐ろしいようには見えねぇがな。べっぴんさんだし、笑顔も可愛げあるじゃねぇか」


 フォルクス、お前は奴の本性がわかった途端ショック死することだろう。あの笑顔の中にどれだけの狂気が入っていると思っているのだ。


 街の中へ入ってみると、荒れた波への対応に追われる衛兵や漁師と思しき人々が忙しく走り回っている。

 もし、就活が上手くいって社畜になっていたら、ああやって馬車馬が如く走り回らされていたのだろうか。いや……幼少期にあんな大惨事を引き起こしているのだ。もはや普通の生活を送ろうなどと考えること自体傲慢か。


 ぼんやりそんなことを考えていると、立派な二階建ての宿屋に辿り着いた。アトラヴスフィアの時とは異なり、ここは宿屋専門のようだ。式谷は受付に一言伝えてから、俺達を一階にある部屋へと招き入れた。その小さな部屋には例の龍神様、デルの姿はなかった。

 式谷は椅子に腰掛け、名前は忘れたが愛用の剣を腰に携えた。それから俺達をベッドに座るよう促してから、その笑みをこちらへ向けてきた。


「さて、はぐれてから今まで、何をしてたかを説明してもらいましょう」


 俺は今までの経緯をなるべく細部まで説明してやった。少しでも嘘を言えばすぐにバレるし、仕返しが恐ろしいからだ。

 説明していて感じたが我ながら波乱万丈な冒険である。

 話を聞いていた式谷は、何のタイミングかはわからないが、ふとしたときにクククッと笑った。俺やフォルクスだけならまだしも、聡明な郡山でさえその不可解な笑みに疑問符を浮かべた。


 途中、郡山とフォルクスの補足を交えつつ、式谷への説明を終えると、やけに楽しげな笑みで見つめてきた。


「わかりました。何週間にも及ぶ冒険大活劇、面白い話でした。ではこちらからも、三つ、お伝えしておくべき内容があります」


 その三つにバッドニュースがなければ良いがな。


「まず一つ目、御影さんは私とお久しぶりですが、実は私はそうでもないのです」


「うん? 意味がわからん」


「ここは、御影さんとはぐれてから数日も経っていない世界です」


 薄々感づいてはいたが、やはりそうだったか。この世界に最初に来たときに、アトラヴスフィアは襲撃され、俺達は脱出を余儀なくされた。まさかその襲撃者に俺が混じっているとは誰が想像できよう。同じ時間軸に自分が複数存在する矛盾。俺にとっては、まるでなめくじが体を這いずり回るような気持ち悪さであったが、どうやら世界はその矛盾を修正するほどの力は持ち合わせていないようであった。

 郡山とフォルクスは神妙な面持ちで俺と式谷を交互に見ていた。


「二つ目、これは主に御影さんのお仲間お二人、郡山さんとフォルクスさん。あなた方にお伝えすべき内容です」


「俺らに? 面白そうじゃねえか」


「興味深いねえ」


 式谷は「それは何より」とにっこり笑って見せた。


「この男、御影創一の力を知っていますか? 先ほど、これまでの経緯を伺いましたがあなた方がその真実を知る機会はなかったのではと思いました」


 郡山は首を傾げながら、式谷を見つめ返す。


「創ちゃんが不思議な力を持ってることはわかってるよ。きっと何かを創造する能力なのかなと思ってる」


「まあ俺もそんなもんだ。よくわかってねえがな」


「この男の力はあなた方の想像を遥かに上回る、願ったことが何でも叶う力です」


 郡山は更に神妙な面持ちに、逆にフォルクスはきょとんとしてから腹を抱えて笑った。そんなわけあるかと言わんばかりに、式谷を指差しながらベッドで転げ回った。

 そんな姿を呆れて見下ろしていると、何か鈍い音が鳴った。俺の首筋に何か違和感を感じた。なぞってみると、生温かい液体がぬるりと指先に触れた。それを目の前に持ってくると、わずか一瞬で触れただけの指先から腕にかけて、赤黒い血が伝っている。


 目の前の郡山とフォルクスは、まさに唖然とした様子で俺を見つめている。ゆっくりと式谷に顔を向けると、まるで熟達した居合術の使い手のような構えで静止していた。既に手元に戻しているその切っ先からは、血が滴り落ちていた。

 やがて体が急速に寒気を感じ始めたかと思えば、手足がしびれ始め、その場に崩れ落ちた。力が入らない。寒い。息も絶え絶えである。


 この野郎、やりやがった。

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