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怠惰の主  作者: 足立韋護
第一世界②
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洗脳と再開

────この世には、性善説と性悪説という至極無意味な概念がある。かつての偉人が提唱したボヤキのようなものが、なぜ後世にまで語り継がれるのだろうか。それは、皆が考え、賛同し、否定したがっているからである。何千という年月の間、いまだ人は決定できていない。

 人の行いとその結果は、観測した個人によって()い悪いが決定する。それが、それこそが答えなのだと、俺は考えている。


「も、もう、やべでぐれぇ!」


「もっとやれ」


「仰せのままに」


 黒いフードを被ったそいつは俺のブクブクに膨れ上がった右脚に、赤黒く光り輝く鉄の棒を押し当ててきた。いくつもできた膿が破裂し、生臭くも焦げ臭いにおいが鼻を貫いてきた。壁に張り付けにされ拘束されているせいで、暴れ回ることも満足にできない。


「がぁああッ!」


 既に痛みなど通り越していた。ただただ体が壊されていく恐怖と、いつまで続くかという不安だけが脳内を反芻(はんすう)していた。俺ご自慢の怠惰精神ですら、この激情を前にして脱兎の如く逃げ出していった。


「そろそろか」


 奥に立っていた黒フードの人物が俺に近付いてきた。そいつは手に持った水晶のような石を俺の眼前に据えた。


『魔の気、この者を操れ』


────それからというもの、俺の体は勝手に動くようになった。数日このデルサデルで生きながらえていくつかわかったことがある。


 精神を衰弱させてから、洗脳のようなものはされる。だがその実、俺の体が意思とは無関係に動くだけで脳内に何一つ変化はなかった。目や耳から情報を得ることももちろん可能であった。


 そこでわかったことは、このデルサデルは秘密裏に人を誘拐し、洗脳しては自軍の兵士として練成させ、戦地へと赴かせていた。練成と言えど時間をかけて強化するわけでなく、奴らの用いる魔法を使って、強制的に肉体を成長させるのだった。急激な変化に耐えられない肉体は、まず骨折を引き起こした。恐らく回復効果のある魔法を体が爆発してしまった人もいた。俺の体も好き勝手にいじられたが、運良く爆発することもなく済んだ。


 しかし、そんな非人道的集団なのだが、デルサデルの街並みも人も存外に普通であった。頭がおかしくなっているのは、軍関係者だけなのだということもわかった。


 そして、俺のイクリプスはちゃっかり鹵獲(ろかく)されていたが、馬鹿な原始人どもは高度文明の利器を扱えるわけもなく、試しに乗り手だった俺を乗っけてみるが、もちろん念じなければ動くはずもない。誰が念じるものか。

 そう高を括っていた矢先、俺の代わりに郡山がコックピットへ乗り込み、自由自在に動かしてみせた。


「創ちゃん、念じて止めるなんてことしないでよね」


 ヤツのその発言から、イクリプスの操縦と引き換えに拷問と洗脳を免除されたのだと悟った。俺もそれをすればよかった。口もきけない今となっては時すでに遅し。


 俺は、自身の意思とは無関係に、数々の戦場をまるで悪鬼羅刹の如く駆け回り、強化された肉体から繰り出される剣戟により人々を殺害した。人を殺すたびに、心まで死んでいく感覚に陥った。信じちゃいなかったが、きっと死んだら地獄に堕ちるのだろうと、軽く絶望した。

 人を殺してから、デルサデルに戻って飯を食い、寝て、また人を殺す。血まみれの生活を送って更にひと月も経った頃、俺は耳を疑った。


「今夜、商国シュッツガルド領、アトラヴスフィアを叩く」


 軍司令官候補生らがそう話していた。襲撃した町を更に叩くとは、あのあと思わぬ反撃でもされたのだろうか。


 それから数時間後、アトラヴスフィアに到着したデルサデルの軍隊は、驚くほどに音を立てずに接近した。アトラヴスフィア付近の森に夜が更けるまで潜伏し、それから合図とともに、いつも通りに突入した。固く閉じられた門を破壊してから、間もなくして警鐘が鳴り始めた。


「敵だ! 敵襲ー!」とどこからともなく警告する声が聞こえてくる。


 驚いたのは、俺が逃げたあのとき、あれだけの戦火が上がっていた町がまるで俺がこの町に来た時のように復元されていたのだ。確かに、俺がこの世界から離脱してもう何か月にもなるが、それはあまりにも元通りすぎた。


 俺は二、三人の兵士を斬り伏せてから、素早く中央の広場へと向かった。そこに一度集結し、計画的に散開、殲滅を行うという作戦だろう。


「あんた、どうしてここに? 逃げたはずじゃあ……」


 俺の目の前には、あの女将が爆弾のような黒い球抱えながら立っていた。暫し視線を交わらせた俺達だったが、こちらの状況など悟ることなどなく、女将の目はやがて敵意に代わり、怒りに身を震わせた。



「騙したねぇ?」


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