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怠惰の主  作者: 足立韋護
第二世界
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脱出

 突然のことに女も郡山も動揺している様子だったが、郡山はすぐさま状況を理解したようで、手早く女を縛り上げてくれた。女を近くの便所の個室へ放り込んだところで、郡山が怪訝そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「どんな手品だい?」


「説明はあとだ、ここから逃げ出すにはどうしたら良い」


「え、え? えーと、ここは地下三十五階にある霊安棟(れいあんとう)なんだ。エレベーターが一番手っ取り早いけど……」


 いつの間にどれだけ深くまで埋めてくれたのだろうか。三本くらい映画が取れてしまいそうな規模だ。


「俺の姿だとすぐにバレるか?」


「創ちゃんが殺されたことは広まってるけど、人相は一部の人間しか知らないはず。それにみんな死んだと思い込んでる」


「なら行けるな」


「いや、でもその服だと……」


 自分の服を見てみると、裸に白い布を被せただけの状態だということに気がついた。今にも床屋で首苦しくないですかーと聞かれてしまいそうな格好である。確かに、これでは周囲に溶け込めそうもない。


「こいつの白衣を拝借しよう」


 縛り上げた女を指差すと、女は身体を跳ねさせたが、郡山お手製猿ぐつわのお陰で叫び声も唸り声程度にしか聞こえない。無理やり白衣をひん剥くと、汚れひとつないワイシャツが露わになった。


「何か悪いことをしている気分だ」


「いやしてるんだよ」


 白衣を身につけると、てるてる坊主よりは少しマシな格好になった。

 トイレから出てみると、郡山が俺の手を引きながらエレベーターへと向かって行く。廊下は全体に白色を基調としていて、もはや洗練を通り越して潔癖と言うべきほどに、そこには空間しかなかった。


 郡山は周囲を確認しながらいそいそとエレベーターに乗り込んでいった。おびただしい量の階数ボタンから地上一階を探し出し、さっさと押した。エレベーターは振動もないまま、上へと向かっていく。

 安全地帯に入ったために場の空気が緩んだその時、エレベーターが地下十七階で止まった。

 俺はすぐさま鼻下を掻くフリをして顔を隠した。苦しい誤魔化しである。


「郡山教官ではありませんか! ご無沙汰しております!」


 男は真っ直ぐに郡山へ視線を向けながら、ビシリと敬礼をして郡山へと向き直った。郡山はじっと男を見上げてからハッとしたようにしてやや大袈裟気味に驚いて見せた。


不破(ふわ)じゃないか。入隊訓練以来だね。その後、マキナの操縦は僕の指導の通りに出来ているかい?」


「ハッ! 教官のご指導のお陰であります!」


「うん、それは良かった。それで? これからどこに行くつもりなんだい?」


 不破の鼻が一瞬ヒクついたあと、行き先階ボタンの地上二階を押した。


「本日の演習が終わりましたので、これからトレーニングルームで自己鍛錬に励もうかと」


「自己鍛錬、大事だね」


「郡山教官、お隣のお方はお知り合いでしょうか。随分と顔を痒そうにしておられる」


 あ、やっぱ不自然だったか。頼むぞ、郡山。


「ああ、彼は僕の連れだ。顔を掻いてるのは……なんというか、癖みたいな、そんな感じ!」


 郡山の粗雑すぎるフォローに「癖、ですか」と不破の表情はやや曇ったものの、信頼する郡山の発言だからか、何か納得したように郡山へと向き直った。


「そうでしたか。これから外へ行かれるのですか?」


「うん、学園に戻ろうと思うよ」


 そうこう話しているうちに、エレベーターは地上一階へと辿り着いた。地上一階は地下より多くの人間が行き交っていた。ここまで来れば人に紛れて逃げられそうだ。


「不破、またね」


「ええ。"ご武運を"」


 なんで武運を祈ったんだこいつは。


 エレベーターの扉が閉まった途端、郡山は俺の手を引いて突然走り出した。


「お、おい!」


「急いで! 不破のやつ、創ちゃんに気づいてたんだ!」


「なに? 全くそんな素振りは見せなかったが……」


 郡山は冷静にかつ口早に説明する。


「彼は動揺してる時は相手を真っ直ぐ見つめ、嘘をつく時は鼻をヒクつかせる癖がある。恐らく、エレベーターで出くわしたのは偶然。あらかじめ創ちゃんの情報を知っていたから、その白衣と僕がついていることでピンと来たんだろう。相手にバレていないよう偽装し、安心させたところで通報するのもこの軍の常套手段だよ」


 なんという高度な戦いをしていたのだろう。俺なんかは、どの部位を掻けば顔が隠せるかということしか考えていなかった。

 だが────不自然にも武運を祈ったのは、そういうことだったのか。


「出口だよ」


 郡山と出口をくぐったところで、ちょうど軍の手先であろう者達が入り口を包囲した。総勢三十名はいるだろうか。皆俺を殺した銃を手に持っており、警戒しながらこちらに銃口を向けている。

 さすがの郡山も観念したように両手を挙げた。


「創ちゃん、ゲームオーバーみたいだ」


 郡山は目を潤ませながら、俺を見上げて笑っていた。

 改めて見ると、以前郡山が語っていた、郡山自身の感情の起伏というのは、ないわけではない。少しばかりネジが飛んで、歪んで、おかしくなっているだけなのだ。その目の奥には紛れもない本心が映し出されていた。


"助けて"と。


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