二話
高坂真宵という少年は今まで交際した女性はいない。女友達もいない。男友達もあまりいない。比較的多いのはゲームを貸し借りしたり協力プレイをしたりするゲーム仲間。
つまり異世界から来た美少女を連れて街を案内するにはいささか不向きな交友関係の持ち主だった。
通学途中にアリアと名付けた少女とばったり出くわし、学校をボイコットすることを選んだのはいいが制服で平日に歩いていては補導されかねない。かといって人気のない路地裏に連れて行くのはうしろめたい。
「真宵さん、真宵さん」
名前を呼び合う文化というのが珍しいのかアリアが二度繰り返して真宵の名前を呼んだ。名前を呼んでいるだけなのに嬉しそうなのはいいが、喜ぶポイントが真宵とずれすぎていてどこに連れて行ったら少女がもっと喜んでくれるかがわからないのが困ったところだ。
三歩後ろをてくてくついてくる黒いドレスの絶世の美少女に真宵は視線を向ける。あぁ、笑顔が眩しい。可愛い、綺麗。今日アリアと出逢った幸運の代わりに明日死んでも……いや、悔いは残るな。アリアを一人残していくのは非常に不安だ。精神的に幼いし人慣れしていないし変な奴にさらわれそうだし。
「……真宵さん?」
三回目の呼びかけ。俺の名前以外言葉を知らないみたいだ、なんて思いながら照れ臭くなった真宵は頬をかいた。
「どうした、アリア?」
「どこに向かっているのですか?」
「あー……」
できればそれは聞かないでほしかった。何処に行こうか考えながら歩いている最中だったので。スマートフォンを操作しながら近場の観光名所を調べてみる。
しかし異世界の少女に地元の観光名所は受けるのだろうか。人込みと排気ガスが嫌いなようだし、不評かもしれない。郊外にでて自然公園化何かの路線で考えたほうがいいだろうか。
「街の中歩いてみてアリアが気になったもの、なにかあるか?」
「うぅん?」
九十度近くまで首がかしいだ。何をするときも一生懸命。そんな姿は小動物っぽくて癒されるしかわいらしい。ちょっと首が痛くならないのか心配にはなったが。
「気になる、というか。不思議な音がしますね?お祭り、です?」
「音……いや、今日は祭りは特には……」
文化圏どころか世界が違うと彼女が何を不思議に思っているのかを察するのが難しいのが異世界コミュニケーションの最難関だろう。真宵にとっては当たり前の世界。アリアにとっては文字通り生きる世界が違う世界なのだから。
「楽器を弾いてる人も、歌ってる人もいないのに音がします」
「ああ!ほら、スピーカー……わかんねぇよなぁ、天井のほうにぶら下がってる、黒っぽいの。あれから流れてるんだよ」
「小人さんが入ってるのですか?」
「いや小人は入ってねぇよ!?」
アリアのいた世界ってどんな世界だったんだろう。音楽プレイヤーなんかにも小人が入っている認識なのだろうか。ゲーム画面やテレビだと「この薄い箱の中にどうやって人が入っているのです?」とか大真面目に聞いてきそうである。
「家電量販店にでも行ってみるかぁ」
すくなくともびっくりさせることはできそうだ。電化製品、なじみがなさそうだったので。
「アリア、おかげで行先決まった。サンキュ。アリアにとっては見たことない景色に連れていくけど覚悟はOK?」
「死後の世界、です?」
「いやしなねぇよ!?何その猟奇的な発想この子怖い!」
「真宵さんは賑やかな人ですねぇ」
喉がつかれてしまいそうです、とほけほけと笑う銀髪の美少女に真宵は脱力する。確かにアリアと会ってから割と叫びっぱなしである。
未知との遭遇でテンションが上がっているのもあるがその「未知」が自分の予想と斜め上に天然に天然を足して斜めに傾斜をつけてコロコロ転がっていくボケぶりだから突っ込みの血がうずくのだ。
「ボケボケのアリアとノリ突込みが得意な俺……は、これってもしかして運命の出会いでは。モテ期が来なかったのは異世界に俺の需要があったせいかー!くそー、いきてぇ異世界!でもアリアと出逢ったからもういいやさよならモテ期!!!」
「にぎやかさん、です」
ハッと思いついた顔をした後頭を抱えて叫びだし、ついでドヤ顔で何かを見送り一つ大人の男になったぜ、とご満悦の真宵を、よくわからなそうだけど真宵さんは楽しそうに絶好調ですね、とにこにこ見守るアリア。
ちょっと危ない光景に通行人が静かに、しずかーに距離を取っていったため二人の周りには小さくないエアポケットができていた。
自分の世界に入ると周りが見えない真宵とマイペースの塊の上にこちらの常識を知らないアリアを止める人間がいないと常時こんな感じかもしれないということを、本人たちは気づいていなかったし通行人は教える気がなかった。
だって深くかかわりたくないし。
目的地は近場で一番の家電量販店。楽しんでもらえるだろうか、ワクワクそわそわしながら目印こと真宵はアリアがはぐれないように気を付けながら歩くのを再開したのだった。