数打ちゃ当たるの青春論
「作ちゃん!好きです!!」
「……ごめんなさい」
一日に一度は必ず見る光景と言ってもいいそれに、私はそっと息を吐き出した。
直角に頭を下げた男と真顔でそれを見る女。
女の方は、幼少期より連れ添った幼馴染みだ。
顔を上げた男は、しょんぼりと眉を下げているが、私の幼馴染みの真顔はそう簡単には崩れない。
真っ黒な瞳で男を見て、そんな顔をしても無駄だと言うように首を振っていた。
見慣れた光景に、クラスメイトの大半が、生温い視線を向けている。
かく言う私も、生温い視線を向ける一人だが。
自分の机の上で頬杖を付き、ぼんやりといつも通りの光景を見ていると、やっと終わったのか幼馴染みが体を反転させてこちらへ向かって来る。
変わらず真顔だが、ほんの少し疲れたようにも見えるのは、付き合いが長いからだろうか。
私の席まで来た幼馴染みは、前の席の椅子を引いて、そこに腰を下ろした。
大きく波打つ癖毛を掴み、深い溜息を吐き出す幼馴染みは、やはり疲れている。
正直に言うと、これもいつもの光景なので慣れっこだが、私は手を伸ばして長い前髪に触れた。
前髪の癖は髪全体に比べると緩く、伸ばしているせいか毛先が時折妙な方向に跳ねるくらいだ。
その跳ねを指先で抑え付ければ、長く黒い髪の隙間から、同じく黒い瞳が私を捉える。
「求めていない好意は確かに迷惑かも知れないわね」
真っ直ぐに幼馴染みの目を見つめて言えば、きゅっと真一文字に結ばれる唇。
色の薄い唇が結ばれると、更に色を失う。
この手の質問に対して、幼馴染みが言い淀むことを、私はちゃんと知っていた。
だからこそ、その質問を投げている。
「答えられない好意は困るわよね」
「……文ちゃん」
お願いだから黙って、と聞こえてきそうだったが、その言葉を飲み込んだのか、幼馴染みは私を見つめたまま口を閉じた。
名前を呼ばれただけだが、私は肩を竦めて手を引っ込める。
「それは、優しさじゃないわよ」
ピシャリと言い切れば、前髪の奥で眉が歪められるのが分かった。
筋肉の動きで、自然と目が細くなった幼馴染みは、それでも私から視線を逸らさない。
口を噤んで言葉を吐き出そうとしない割に、その目の奥はしっかりとしていて、意思を見せつける。
「答えたら良いじゃない。ごめんなさい、でも、無理です、でもなくて。ちゃんと、理由を」
幼馴染みは、他人の好意を無下に出来ない人間だ。
しかし、残念なことにその好意に答えることも出来ない人間なのだ。
ほんの少しの矛盾点を感じながらも、私は頬杖を付き直して、幼馴染みの顔を見た。
「無理だよ」
今度は幼馴染みが、ピシャリと言い切る番だった。
自分で掴んでいた髪から手を離し、淡い水色のシュシュを外したその手を見つめる。
細く白くしなやかな指先は、再度髪をまとめて、同じように結い上げた。
「ボクには、無理。誰かの、他人の好意に答えるなんて出来ないよ」
「やってみなきゃ分からないわよ」
食い気味に放った言葉に、幼馴染みは睫毛を伏せて首を横に振った。
揺れる前髪の隙間から見えた黒目は、何となく水気が含まれ、潤んでいるように見える。
しかし、視線を上げて目と目が合えば、先程と変わりない瞳がそこにあるのだ。
「だって、眩しいもん」
子供の駄々のように聞こえた言葉に、私は目を見開いてしまった。
困ったように眉を八の字に下げた幼馴染みは、私の直ぐ目の前にいて、曖昧に、ぎこちなく唇を引き上げている。
「あんな風に伝えられないよ」
幼馴染みがその苦笑のような顔で言うので、私はその姿の更に向こうを見ながら息を吐く。
真摯に人目を気にせずに――それが褒められることなのかは知らないが――毎日欠かすことなく告白をする男が、私の視線の先にいて、先程の遠回しで遠回りな告白のような幼馴染みの言葉を聞いていたことを知らないのは、目の前の幼馴染みだけだ。