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遠吠えは響かない  作者: 基 創
3/4

第三話

 


 1



「離せぇええ、馬鹿男ォー!! 少しはこっちの話も聞けぇ!! そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞォ!! 今君の背中にゲロを吐いてやる、ボクはこう見えてもゲロを吐くのが得意なんだ! 君の背中の服があっという間に雑巾に成り果てるんだぞ、さあ、それが嫌なら僕の言う通り――って本当に全然聞いてないね君ィ!! もー、どうすりゃいいんだこの野郎ぉーーー!!!」

 背中で何やら騒いでいるが、今はそれどころじゃない。後ろで追ってくる追跡者に見つからぬよう、逃げ切れるよう、精一杯の力で走る。疲れてないかと言われれば嘘になるが、それよりも背中の女を大人しくさせておくためにも俺は止まるわけにもいかなかった。

 足がつりそうになりながらもとにかく前へ進む。身体が重くなり、このまま逃げおおせるかどうか怪しくなってきた。

 だが、何がどうであれ俺は仕事をしに来た。愚痴を言っている場合では無い。

 進む。進み続ける。息が少し上がってくる。無視。とにかく、とにかく前へ。

「ちょっと本当に聴いてるの!? 僕を誰だと思っているのさ! この国の主の王族、第二王女、ルアール・カク・セルヴィータと解っての蛮行かい!? 捕まったら間違いなく処刑だよ、そんな目に遭いたくなければ今すぐボクのいうことを聴いて―」

「黙ってて貰えるか、集中が乱れる。すまん」

「あ、いえあの、ごめんなさい……」

 何だかんだで素直な子だな、と思った。

 こんな状況なのに、ますます仕事から抜け出れなくなっている。難儀だ。

 後ろから近づいてくる走り声を再確認し、俺はトンネルの中で左に折れた。真っ暗である。何処に続いているのかも解らない。でも、勘ではこっちがいいと頭が告げている。信じる。

 俺はそのまま真っ直ぐには走り続けた。明かりが見えてくる。出口か。そのまま走り抜く。目を焼くような太陽の日差しが眩しい。外は暑く蒸している。周りを見ると、そこは工場跡のようだ。城のような外観に、中を覗けば古びた手織物の道具があったりネジやゼンマイが床に転がっている。良い場所だ。そう思ってその中へと入る。辺りは割れた窓ガラスがあちこちに散乱していて、外からの日差しをその欠片一杯に使って反射していた。じゃりじゃり、とガラスをすり潰す自分の靴音だけ響かせ、そのまま進む。 

 薄暗く中はじめっとしているものの、日が差さないせいか随分涼しく感じられる。

 奥まった所にドアがあり、鍵もかかっていないそれを押してみると、埃が溜まっていたが、少し掃除すれば何とか座って話しくらいは出来そうな場所だった。

 従業員専用の部屋だったのか、床にはマットが敷かれ、そこかしこに薬缶(?)やコップ、箪笥に休憩の時に使っていたのか遊び道具が隅に置かれている。

 俺は手を縛った背中の彼女を降ろすと、そのまま掃除を始める。幸い、左手側に窓があり、ヒビが入っているものの閉められており、この淀んだ空気に手を貸している様だ。思いっきり窓を開け、外の新鮮な空気を入れた。ぶわっと溜まっていた埃が舞い上がると、俺と少女は同時にむせて涙目になった。痛い、目が痛い。

 そのまま少し待つとだんだん空気が流れるのが見え、暫く経つと大分埃は外に飛んで行ったのか見違える程――までいかなかったが、少しは綺麗になった。

 掃除をする前に、縛っていた少女の腕の紐をとり、そのまま手首を掴み、近くにあった柱にさっきよりも緩く、優しく痛まない様に再度縛り付けた。申し訳なくなってきて、「すまん」と思わず大きく頭を下げた。

 その仕草に驚いたのか彼女は、―ルアーク・カク・セルヴィータはそのつんつんと立った髪を揺らし、男っぽい、少年のような声と態度と言葉づかいで言う。

「……変な男だね、君……」

 縛った方が謝るという状況に、思わず本音を漏らしたようなルアークに、俺は再度頭を下げた。

「俺の目的は金でもアンタでも復讐でも何でも無い。ただ、アンタに聴いてほしい事があるだけなんだ。事態がよく掴めないが、約束する、君に絶対手出ししない。それだけは信じてくれ」

 彼女は、今まで見た事も無いような生物に会ったと言わんばかりに、その顔を驚きで満たした。俺は本当に申し訳なくなってきて、彼女の口が開くまで待ったどんな罵倒が待っていても、最後まで聴こう、と思っていた。

 すると彼女は「別にいいさ」と言った。

 今度は俺が驚く番だった。一応、これはれっきとした、非の打ちどころの無い完全無欠に俺が起こした『誘拐』という犯罪なのだが、それを「別にいい」と言われた時、逆に困った。どうしたというんだろう。いや、実は俺がおかしくて彼女が正しいのか、そんな事すら思った。

 彼女はその縄を見て、それから俺を見てこう言ったのだった。

「事情があるんだからさ」

 俺はその美しい紅い瞳を見つめていた。

 燃えるような赤毛と、透明でありながら、見る者を焼き尽くすかのような紅い瞳。

 整った顔立ちには気品が宿り、今までの上流階級特有の自信の表れととも取れる表情で、俺を見ていた。陶器の人形のような顔立ちが、一層の迫力を醸し出している。

 ……だが、何を考えているのか、何かで固めたように髪はつんつんと尖っているし、その服装もどこかの掃除屋のように上下の青のつなぎにごついブーツ、何と言っても言葉づかいが男の子でどこかちぐはぐな印象を受ける。

 今の状況に戸惑っているようで、その身体は不安そうに左右に揺れている。

 掃除を開始する前に、最後に言っておくことがあった、とルアークに向き直り、その手首を見た。

「痛かったらすぐに言ってくれ。違う方法で痛くないようにする」

 おかしい、という感情が臨界点を超えたのか、彼女はけらけらと笑って俺を見た。

「大丈夫だよ、誘拐犯さん」

 その顔は悪戯っ子がよくやるような楽しそうな笑顔だったので、少し胸を撫で下ろしながら部屋の掃除を開始した。

 難儀な事だ、と思ったが次第に掃除に没頭していく。綺麗は、正義だ。

 訳が解らない事を思いつつも、手にしたそこら辺にあったタオルで乾拭きし始める。水が欲しいな、と思って開けた窓から外を見ると、小さな川が流れているのが解った。そこまで歩いて行き、即席雑巾に水を染み込ませた。

 水面に映った自分の顔を見て、その顔に疲れが随分と浮かんでいるのが目に入る。

 疲れは耐えられる。あとは、仕事を完遂するだけ。お節介でも何でも、だ。

 水でついでに顔を洗う。跳ねた水滴が汗ばんで張り付いた自分のシャツに付き、冷たい快感が襲う。気持ちよさに、思わず大きく息を吐いた。

 空の水筒に、後で入れて彼女にも飲ませよう。そう思って空を見上げる。

 何かの虫が、けたたましく目の前の木に留まり大声を出している。

 汗が服に流れていく。

 仕事とはいえ難儀な事だ。

 暑い日差しが、俺の全身をくまなく焼く。

 犯罪を犯した哀れな『呼人』を、あざ笑うかのように。



 2



 日付は、二日前に(さかのぼ)る。

 俺は船着場から降りると、人相書きをリュックから取り出し、その顔を良く見ていた。

 今では『カメラ』なる物が新しい記録装置として活躍し始めているが、まだ庶民には手が出せない値段であることや、その装置自体に馴染みが薄いため、俺が使いこなせるわけはなく、依頼人に言って人相書きをしてもらった。画家志望だったらしく随分とまあ綺麗に描いてくれた。ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と俺は思っていたが。

 舗装された道路を行くと、だんだんと町に入っていくのが解る。人と通り過ぎる頻度が多くなり、その性別や種族もバラバラながら意識し合うでもなく普通、そう『普通』に暮らしている家が見えてくる。そして、町の中に入ると、この国がどれだけの歴史を持ち、そして長く続いてきたのかが解る、重厚な歴史を思わせる建築物が目に飛び込んでくる。

 人が多く、自分と他人との距離が殆ど無い。辺りでは商店が軒を連ね、恰幅の中年の男女がどこでも声を張り上げている。

 もみくちゃにされながら、俺はその人混みに窒息しそうになりながら、前にと進んで行く。

 やっとの事でそのおしくら饅頭のような状態から脱すると、俺は大きく息を吐いた。疲れた。人ごみというものはその人の体力を著しく下げる。俺は下を向いて暫く息が整うのを待った。昔から訓練で五感を鍛える練習をしているから、こういう時逆に弱ってしまうのは困りものだ。人との距離が近すぎると、その身体の情報が多すぎてパンクしそうになってしまう。今も耳が痛くなっている。難儀な事だ、本当に。

 抜け出た所は広場だった。この国の中心地であり大きな石像が噴水の前で優美なポーズをとっていた。その噴水の中心にある石像の女性が持った水瓶から、勢いよく水が噴き出、周りの円状の池の所では色鮮やかな魚が悠々と泳いでいる。噴水にも色んな種類があるのだな、と感心する。

 そこでもまだ賑わいが納まらず、その広場から見上げると、大きな城が目に飛び込んできた。その真ん中あたりにはバルコニーが出ていて、聞くとあそこからロイヤルファミリーが顔を出すのだと言う。

 今日はその第二王女の誕生日、という事で辺りでは簡易のカメラを手に持った国民たちが手を振ったり、国家なのだろうかを一斉に歌ったりしている。耳を塞ぎたくなるが、彼らに悪気があるわけでは無い。むしろ自分の過敏な聴覚が悪いのであって、自分が我慢するのが筋と言うものだ。

 何時から始まるのか訊いてみると、もうすぐらしい。どうしたものか、広場にも続々と人が集まって来ている。ここから離れようかと思ったが、まあ国の王室を見る機会など殆ど無い。一興ということで、見物していくのも悪くはないかもしれない。

 辺りをもう一度見回すと、急に人々が上を見始めた。つられて自分もその方向に目を向ける。

 しん、と一瞬静まり返ったかと思うと、どこからか厳かでありつつ、気分を高揚するような音楽が聞こえてくる。それは先程聞いた周りの人達の歌と同じであったので、遂に出てくるのか、と自分らしくなく少し興奮した。

 その音楽と共に、歓声が一気に爆発する。その声とも叫び声ともつかない騒ぎに今度こそ俺は耳を塞いだ。なんだ、この盛り上がりようは。そんなにその人達が好きなのか、よく解らんものだ――と人から遠ざけられて生きてきた『呼人』の俺にとって羨ましいというより大変だな、という同情のほうが先に来る。

 そんな事を考えていると、更に声は高く、もしくは低くなり、辺り一帯を比喩でも何でも無く声で揺らした。

 俺は手で耳を塞ぎながら、そのバルコニーに入ってくる人々を見つめた。

 国王か、恰幅のいい、身体を皺ひとつない漆黒のスーツに身を包み、厳しいながらも顔は笑顔を保ち一番先に出てきた。どこか獣じみた威圧感を感じ、只のお飾りでは無い事が容易に想像できる。

 次に出て来たのが美しいドレスを纏った、少しやせ気味の皇后で、こちらはにこやかに下にいる国民に手を振っている。

 その後ろから何やら派手目なオレンジのドレスを着込んだ化粧の濃い女で、第一王女らしい。国民は少し熱が下がり、おざなりと言っていい感じの空気が流れた。あまり人気は無いらしい。その事に気付いてはいるのだろうが、気にしていない風に手を振る第一王女。中々ああいう仕事も大変だな、と思ってしまう。

 そして最後に出て来た―足取りも軽く、元気いっぱいです、と言わんばかりにバルコニーに出て来た女性は、その赤毛を揺らし、大きな紅い瞳をにんまりと細めながら笑顔を作った。

 歓声が最大になり、彼女が手を振るたびに、何かの燐光が振り落されるような錯覚を抱く。笑顔の裏に悪戯っぽい感性が見え隠れしている気がしたが、それもまた国民にとっては愛らしさの対象なのだろう。ますます声が大きくなり、彼女自身を振動だけで包んでしまったかのようだった。

 彼女は拡声器(だと思った。どういう原理かは解らないが、声を大きくするものらしい。とにかくそれによって声が大きくなっている)で聞き取りやすい高めの声で、

「今日はボクの誕生日祝ってくれてどうもありがとー!! みんな大好きだよー!! いえーいえーいブイ!!!」

 そう言ってバルコニーから飛び出さんばかりに身を乗り出してブイサインを作った。

 それを後ろから見ていた国王と皇后は何やら困ったような、でも愛しげな眼をして第二王女を見ていた。第一王女は、一瞬、ほんの一瞬だが、その顔を無感動に、無表情と言うにはあまりに冷たい眼をしながら見ていた。

 その関係性にどうにも怖いものを感じたが、それよりも、なによりも。

「嘘だと言ってくれ……」

 最近、俺の運はもう底に行きかけてるんじゃないか、と思ってしまう程、それは俺をその場で(うずくま)らせてしまうだけの力を、持っていた。

 その顔は、依頼人から頼まれた受取人の顔と、――一緒だった。

 もう一度バックから例の人相書きを取り出して見た。間違いなく、今また熱心に手を振っている彼女に間違いなかった。

 どうしよう、と考える事すら苦痛だった。どうしろと。一体どうやって彼女に〝声〟を伝えればいいというのだ。

 周りの歓声の中、俺は一人蹲り、深々とため息をついた。

 今、俺が決心しようとしている事が解ったら、誰でもいい、褒めてやる。

 顔を上げた。そこには手元の絵と同じ顔が笑っている。他人の空似も今回はありえない。絶対に、ない。確信を持って言える。それは、無いのだ。

 どんないきさつがあったのか知らないが、あそこ――王室の一員として過ごしている事は間違いない。しかし、伝えねばいけない。『呼人』として、彼女に頼まれた、〝声〟を。

 立ち上がり、踵を返し、そこから離れる。

 作戦を立てねばならない。どうするか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 騒がしい空気の中、俺は肺まで溜まった残りの空気を一気に吐き出した。

 宿に足を向けた。まずは休息だ。

 ゆっくりしてから考えよう。そう思いながら近くの宿屋まで、歩いて行ったのだった。



 3



 正面突破しかなさそうだ。

 あれから二日。至る所から城へ入り込む隙のような所、人のいない場所を探してみたものの、やはり国王のいる城。そんなものは全くと言っていい程無かった。

 宿の部屋の中で腕を組む。暑いので窓を開け放してあるのだが、それでも暑い。下で貰ってきた氷をがりがりと噛みながら、ベットの上で可能な限り良質な、城を調べた資料を広げていた。

 しかし、現国王が住んでいる所を、わざわざ公開するはずがない。資料は全て近くにあった図書館で選んだものだったし、もっと言ってしまうと観光用に作られた物でもあった。

 それでも何も無い、知らないよりはいいだろうと広げてみたものの、どうやっても入る場所は探せない。俺は唸りながら、昨日一昨日と城の周りを疑われないように観光客のふりをして歩き回ったが、歩兵がいたり、そうでなければ時間ごとに変わる警備だったり、隙というものが見当たらない。

 ここまで来たら、直接行って、駄目ならば正面から入り込むしかない。

 むしろ、それの方が第二王女を連れ去るのには効果的かもしれなかった。

 いくら城の外の警備を強めたからといって、中は実際彼らロイヤルファミリーが暮らしているのだから、流石に兵士は数多くいないはずだ。そう考えれば、城の中に入ってしまい、そこから不本意ではあるものの、第二王女をさらう事も出来るかもしれない。

『さらう』などと穏便ではない事を言っているが、手出しが出来ない以上、〝声〟を出している間無防備になる俺の体質上、長居する訳にもいかない。それならば外に連れ出して〝声〟を聴いてもらい、それから帰ってもらう方がどちらにもいい結果になると思った。

 ただ、中は少数精鋭だろうな、ということは確実なので、そこは戦闘も覚悟しなければならないだろう。最悪腕の一本でも犠牲にするくらいの気持ちでいた方がいい。

 俺は立ち上がり、城からの脱出経路をもう一度頭でおさらいした。

 まず、歩兵を気絶させ、中のホールに入る。それから受付の人間も気絶させ、王女がいる六階まで行く。(城にいる事を確認して)そして一気に抵抗するだろう王女を縛り、口にハンカチを巻き、急いで脱出する。その間船を準備させ、直ぐに出れるようにしておく。そうして逃げていく途中で〝声〟を届け、解放した後、一気に逃げる、それで行こう、と思った。

 何て頭の悪い作戦なんだ、とその場で頭を抱えたくなる。

 何処をどうやっても死ぬ可能性がある。むしろ死ぬために行くようなものだ、と普通は考える。俺だって考える。自殺願望はさらさらない。あるのは、そう――


「仕事、だから、な……」


 もうここまで来てしまったら、後はこの頑丈な身体と体力、常人離れした身体能力だけだ。それしか頼るものなどない。『呼人』の誇りにかけて、ただやるしかない。

 部屋にそなえつけてある鏡を見た。

 金髪の髪に蒼い眼。少しこけた頬と自分でも思う目付きの悪さ。薄い唇。隈が出来た目元。どこをとっても不健康極まりない人間がそこにいる。自分の人相の悪さに苦々しさしかない。あんなに快活に笑う王女と話など出来るだろうか。

 ま、考えても仕方がない。難儀な事である。

 今日、夜七時、王女はいつも来ている家庭教師が帰ると一人になる。―と、しけた感じの情報屋(何処にでもこういう人間はいる)が言っていた。その時間帯はちょうど昼と夜の境目であり、火がくべられる瞬間でもある。その時を狙うしかない。

 暑い。氷をもう一つ口へ放り込み、舐める。汗が止まらない。手で額を撫でると水滴がぽたぽたと下に零れた。

 やるしかない。

 そう思い、宿屋から少しだけ見える城を睨んだ。

 あの依頼人のためにも、絶対に失敗は出来ない。

 砕けた氷が、やたらと痛かった。



 4



 腹ごしらえでもしよう、と俺は外に出た。

 暑い日差しが照りつけ、俺の視界を焦がす。ゆらゆらと揺れる街並みが、遠くで呼び水を起こし波を呼ぶ。

「暑いな……」

 額にすぐに汗の粒が浮かぶ。拭っても拭ってもすぐにまた浮かんでくる。大変だ。

 近くに料理屋があるので入ってみた。

 ここは城からもほど近い場所にあり、時々警備の人間が連れ立って入って行った。美味いと宿屋の親父が太鼓判を押していたから少し期待する。腹が減っては戦は出来ぬ、という格言は何処で聞いたものだったか。感心し「その通りだ」と言ったら皆に笑われた。何故だ。

 そんな事を考えながら、横にずらす形のドアに開いて入った。

 中は大きな氷を電気で回す風車の前に置いて、冷を取っている。隅に置かれているので部屋中が涼しい。これならただ立ち寄るだけの者も多いのではないかと思っていたら、案の定その通りだった。明らかに食事目的では無い若い女性が何人かで今度上映される演劇について話している。時折何か黒い飲み物を飲んでいるが、コーヒーだろう。あれで何分も粘っているのが容易に想像できた。

 かといっても若そうな店主は不機嫌そうでもなく、淡々と客の注文に応えている。左手にあるカウンターにいる彼は「はい」、とか「応」とか短く言いながら手早く料理を作っていく。

 主な料理は小麦を原料とした細長い太い糸のようなものを茹でたものである。それが大鍋で茹でられ水蒸気を上げ、もうもうと煙になって店内に充満する。それが少し開けられた窓から風車に押し流されて一気に視界を晴らす。大変な仕事だ、と大汗をかいて水気を切っている店主に尊敬のまなざしを向けた。

 一方では奥方だろうか若い女性が前掛けをして透明なガラスから先程見た女性たちが飲んでいるような液体を淹れていて、半分に客層が別れているのが解る。成るほどこれも知恵だな、とまた感心した。

 とりあえずその細長い物を貰おうとカウンターについた。外国人用にだろうか、メニューにもシェルファ語でも書かれていて、その細長い糸のような物が茶色い液体に浸かっている食べもの(麺、というらしい)を注文した。

 そうして少し店内を眺めていると、がらりとドアが開けられ、客が入ってきた。

 繁盛しているな、と少し混み入ってきた店内を見て思っていると、隣にその客は座ってきた。

 何とはなしにそちらに目を向け――心臓が、止まった。


「オッチャン、チャーメン一つね!! 大盛りだよ!!」

「俺はまだ二十六だ馬鹿ガキ」

「十七のボクからしてみれば充分オッチャンだよー、ね、そう思うでしょオバさ――」

「私はまだ、二、十、八、よぉ? ルーちゃん?」

「ワカッテマスッテオネイサマ」

「はいお客さん、チャーメン一つね」

 その存在を無視するかのように俺にチャーメン(?)を渡してくる店主。中々肝が据わっている。俺は言葉も出せずにただそれを受け取った。何だ、何だこれは。

「チャーメン、チャーメン、ちゃ、ちゃ、メーン❤」

 謎の鼻歌を歌いながら、俺の隣で気分良さそうに身体を揺らしている女性。それは。

「んん? どうしたのさ男前のお兄さん。ボクの顔に何かついてるかい? はっ、まさかあまりにも可愛いボクの姿に一目ぼれしちゃったとか!?」

「お前、まだ自分の立場解ってねえのか。そのお客さん、どう見ても外国人だろうが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()

「そうかなー、普通じゃない?」

「じゃないから言ってんだ」

 俺の隣にいる女性――青のつなぎをきて、髪をツンツンにしていてまるで少年のような出で立ちながら、その整った顔と紅い髪と瞳は間違えようがない。

「オニーサン、ダイジョブ? 凄い顔してるよ? まるで一切の決心から何から何まで徒労に終わった時みたいな絶望感漂ってるよ? 水飲む?」


 俺が決死の覚悟で連れ去ろうとしていた相手、自分の命を賭けた危険を犯さなければならない相手、この〝声〟を届けなければいけない相手。

 この国の第二王女、ルアーク・カク・セルヴィータ、だった。



 5



 物事には好機というものが存在する。

 それは偶然という形を取りながら、俺達の前に現れては消える。

 その好機を生かせるか生かせないかで、大分人生というのは変わってくる。

 俺はどうすればいいか考えた。彼女に〝声〟を伝えるには、今日外に出てからすぐに伝えればいい。しかし邪魔者が入っては困る。慎重に近づき、そして聴かせる。そうでなくてはならない。

 隣で美味しそうにチャーメンとやらを頬張るルアークに近づき、そのまま邪魔の入らない所で〝声〟を聴いてもらう。

 なるべく相手に警戒心を持たず聴いてもらうためには、友好的な態度を取らなければいけない。ふうふうと熱い汁に息を吹きかけ、冷ましている所などは本当に国の王女なのかと疑ってしまうくらいである。

 とりあえず何らかの接点を持たなければならない。しかしどうすればいいのか、女性に免疫が無い俺には高いハードルだ。

 そう思って食べ終わった食器の底を見ていたが、顔を上げルアークを見た。

 やらなければ。急いで。そう急いで。

「食べている所すまない」

 決心して話しかける。ルアークはずずずとチャーメンの汁を(すす)っていたが、俺の方を見て「ん、何だい? 男前のオニーサン」と顔を汁で満たしながらも答えた。いや、反応はそれを飲み込んでからでいい。

「少し話しがしたいんだが、……駄目か?」

 するとルアークは、

「――……驚いたなぁ、……君、ボクが一応この国の王女だって知ってるんだよね? このまえ式典もやったし。それでもボクに近づこうっていう根性は凄いね。凄いよ、うん」

 また汁を飲むのを再開する。だからその後でいいと言っている。

「ま、叶わぬ夢でも夢は夢。大切にしないとね。ボクもこっそり抜け出してきた所だから、結構スリリングだね。演劇みたいだね。この前見た生き別れした弟を探す兄の話を見たけど、中々面白かったなぁ、あんな風な波乱万丈な人生は大変だけど楽しそうだなぁ、……あ、それで話って何だい?」

 俺は真剣な顔を作ってルアークに向き直る。麺から立ち上る煙が、ちょうどよく室内の景色にもやをかけ、朝の湖みたいな感じになっていた。煙いが嫌いではない。

「別に誘っている訳じゃない。ただ、どうしてもアンタに伝えたいことが――」

 その時、後ろから猛烈なプレッシャーを感じて思わず振り返った。

 その視線には確かに俺が慣れた感情が映っている。あれは――

 誰が放ってきたのか、煙で少し見えにくい。反対側には胡坐(あぐら)をかいて足の短いテーブルで食べる形になっていて、皆楽しそうに喋ったり、食ったりしている。私服の男達が四人囲んでいる所もあれば、女性が一人で豪快に大盛りチャーメンを啜っている。子ども連れもいれば年寄りもいる。汗が一筋自分の頬を伝ったのが解った。

 あれは、いや、間違いない。今のは、

「――殺気……」

 一人でそう呟くと、周囲に耳を澄ませ、外に誰かいないか探ってみた。

 麺をゆでる音。人の話し声。皿がテーブルに当たる音。その他の様々な音。それらを排して外の音を拾っていく。「――二、三人か……」誰かこの店に張り付いて見張っている人間がいる。外で話している内容までは解らないが、この店で俺に殺気を向けてきた奴の仲間だろう。どうする……、これはこの第二王女の護衛とみていいのだろうか。それとも何か俺に個別の恨みでも持っている人間……? とそこまで考えてかぶりを振る。ありえない。俺はこの国に来たのすらつい二日前だ。顔見知りすらいない所で何か恨まれる事をする事自体不可能である。

 だったらやはりこの少女の関係者と考えた方が自然だ。護衛か側近か。解らないが、手出しするなという事か。

「一つ訊いていいか……?」 

「何だ~い、お兄さん、ずず……」

 だから飲みながら話すなと言っている。

 気を取り直し、訊く。

「お前に、今日護衛は来ているのか……?」

 少女はきょとんとした顔をし、「いいや?」と一言で切ると、「言ったでしょ、『黙って抜け出て来た』――って。そんな事されるほどボクの脱走術はヤワじゃないからさーふふふ」と自慢げに言った。いや、自慢できることじゃないぞお前。

「じゃあ、今日はお前一人、という事か?」

「そうだよその通り~、それに、ボクなんか狙ってもしょうがないだろ~? 恨み買うような事してれば別だけど、ボクはこれでも品行方正で通っているんでね。国民皆の信頼も厚いしさ、ま、狙うとしたらキキラ姉さまくらいだけど、いくらなんでもまさかそこまではしないと思うしー。どうでもいいけどお兄さん古風な喋り方するねえー、かっこいーモテるでしょー」

 軽口は無視し、少し顎に手を当てて考える。では、どういう事だ? 俺に狙われる理由は無いし、この子にも側近はついていないという。では、一体何だったんだ、今の殺気と外で張り付いてこちらを監視している奴らは。しかしとにかく。

「店を出よう……、すまないが付いてきてくれ。大丈夫、絶対に危害は加えない。約束する」

「……お兄さん、ホントに危ない人なのかい……、何だかジョークにしては重すぎるけどなぁはは……」

 ジョークで済めばどんなにいいか。そう思う。難儀だな。

「……――お客さん、すまないがそれはどんな理由でだい? 返答次第ではちと『警察』を呼ぶ羽目になるが……」

「――……私も、同感です。あなた、一体何でこの子を誘ってるんです? 仮にも一国の王女ですよこんな所に出ていても。普通あり得ないんですから……答えてもらいたいのですが」

 店の店主とその妻が強く俺に疑いの視線を向ける。当たり前だ。が、俺にも何がなんだか解らない。とにかく話を、いや〝声〟を聴いてもらいたいだけなのに。

「俺にも良く解らないんだが……、仕事なんだ。大丈夫。何もしない。ただこの子に少し用が――」


 煙が、溢れる。


「――……な――」

 俺がその湯気では無い煙に目を瞬かせていると、そこから先程と同じ強い殺気と共に何かが来た。気付く。これは、俺を狙っているのではない。王女でも無い。これは――

「――ち、いいいいぃぃいいいぃいいぃぃいいいいッッッ!!!―」

 その棒のような鉄の針は真っ直ぐに店主の喉元を狙っていた。気付くのが遅れたせいで拳で軌道を少し逸らすことしか出来なかったが、それは肩口に当たり、即死は免れた。妻の方にも同じく棒状のものが飛んでおり、そちらは何とか逆の手で弾き飛ばす。

 店内は騒然とし、辺りはパニックに陥った。

 俺はとっさに掛けられていた縄のお守りらしきものを引きちぎり、第二王女の手を縛り、その手を肩に回した。一気におんぶする。背中で何が起きているのか全く解らないで何か騒いでいる彼女を無視し、とにかくここを離れることにする。襲われた理由は解らない。しかし、何かある。何かが。俺と彼女に起こっている。振り返る事も出来ず、煙で見えなくなり混乱したその場から逃げ出した。ドアを踵を叩きつけるように蹴り飛ばし、外に飛び出る。

 空気が流れ、煙が晴れ、青空と光が顔一杯に照りつけた。

 その瞬間、外でとっさに反応した影が三人。

 それを確認した俺は彼女をおんぶし直し、王女を担いでいた俺は通行人から叫び声を浴びせられた。彼女の()()は有名なのだろう。だから、俺とその格好。手首を縄で縛られた彼女を見て辺りはパニックになる。

 俺は大人げなく泣き出しそうになった。何だ、何だっていうんだこの国は。

 追跡者から逃れるため、そして〝声〟を届けるため、走る。

「離せー!! 馬鹿男ォーーー!!!」

 市民様の声が響く。逃げるように走る。難儀だ。難儀すぎる。泣きたい。

 日差し照りつける中、俺は本当に涙ぐみながら駆けるのだった。



 6



 命からがら逃げのびた俺たちは、今廃工場で向かい合って話している。

 第二王女であるこのルアーク・カク・セルヴィータは、その顔を先程よりも警戒心を緩めつつ俺を見ている。俺が本当に手出ししないのか疑い最初は態度も堅かったが、自然とそれも落ち着き、俺の話を聴けるくらいまでになっていた。

 頃合いかと思い、何故か少しおかしそうにしているルアークに尋ねる。

「お前は命を狙われる程の事をしたのか」

 俺がゆっくりと穏かさを心がけて訊くと、

「そんな訳ないじゃない。この国は王が政治を兼務してるけど、そんなにかしこまられる事じゃないしね。血統もあまり関係なくて、全くの平民から結婚で王室に入った人もいるし。うちの母様は正にそれだよ。ま、ボクを本当に殺すとしたらキルル姉さまくらいだろうしね、困ったもんだ」

 その言葉に不穏なものを感じた俺は再度尋ねる。「姉が狙うのか?」するとルアークは「継承問題でね」とその顔に悲しげな笑みを浮かべる。

「僕は元々捨て子だったらしくてさ。そこを父さまに拾われ、子供として育ててもらった。ま、命の恩人って事だね。でもそんな僕でも、一応王位継承権ってのがあるんだから随分と緩い王室だよ」

 ふうとため息を吐く。

「それで、そのキキラ姉さまは父様と母様の実の娘なんだけど、これがまたどう間違えたのか性格がねじ曲がっちゃっててさあ。プライドは高いし傲慢だし選民意識が強いし、ボクには毎日のように『拾われ女、駄血』って嫌味言われる始末なんだよ。そんで、この国では王位につける人間は国民の票で決まるんだけど、そうなるともちろんキキラ姉さまには票が入らないんだよね。情報屋とか使って色々情報操作しているみたいだけど、それも逆効果なんだっていうのにさ…、ま、ボクは特に政治に興味は無いし、キキラ姉さまがやってくれるんだったら大歓迎なんだけど。ま、そんな訳でボクを狙う理由はキキラ姉さまが一番強いって事。解った?」

 俺は多少驚いた顔をしてその話を聴いた。

 何がどうなっているのか、多少解ってきたが、そうなると、考えは一つの結論にたどりつく。要は――

「さっき、店のおじさん達を助けてくれてありがとう」

 俺が考えをまとめようとしていると、唐突に声がかけられる。

 驚いてルアークの方を見ると、涙ぐみながら俺を見ていた。苦手な女の泣き顔に、かなり焦る。「何の事だ?」と訊き返すと、「守ってくれたでしょ、さっき」と声を震わせながら言った。

「二人を狙ったのが、てっきり君だと思ってた。君の方から飛んできたし、煙で良く見えなかったから。……でもその手、あの時飛んできた奴を叩き落とした時出来た傷だろ? 今気づいたよ。……本当にありがとう」

 俺は似合わないその殊勝な態度に思わず顔が熱くなったが、無視して言い返す。

「たまたま近くにいたからだ。もっと遠くにいたら防げなかった、別に礼を言われる事じゃない」

 そうすると、ルアークは笑みを深めて「それでも、ありがとう」と呟いてにこりと笑った。この子が人望を集めている理由がよく解ったが、それを気にしている場合では無い。

「あの追っ手達はもうすぐここに来るだろう。迎え撃たないとな」

 そう言った瞬間、ルアークは顔を強張らせ、俺を見つめた。

「冗談……だよね……?」

 冗談で済めば苦労無い。

「腕がたつ奴が最低一人はいる。あちらの目的は大体解った。こちらはそれに乗らない様にすればいいだけだ」

「解ったのかい? お兄さん」

()()()()()

 立ち上がってそのまま割れた窓から外を見た。

 まだ人影は見えないが、そのうち奴らなら自分から現れるだろう。こちらとしては罠でも仕掛けたいところだが、そんな余裕はなさそうだった。

「ねえちょっと、お兄さん」

「何だ?」 

「あいつらの目的ってなんなのさ? 僕にはちんぷんかんぷんなんだよ。ボクの命を狙ってる、って事までは何となく解ったけど、どうして僕達()()を一緒に追ってるのさ」

 その疑問に「つまりそれは俺を―」と口を開きかけた時、再び。さっきの。忘れる訳が無いあの気配が――

 身体をバネにしルアークに突っ込む。そのまま勢いに任せて柱の梁に縄で繋がっている彼女の上半身を倒し低くなった俺の頭の上を、先程と同じ鉄の棒が飛び柱に突き刺さる。

 俺はそのまま横に反転して、その柱に刺さった獲物を引き抜くと、そのまま回転するに任せて腕を振り抜いた。

 その棒上の凶器は真っ直ぐに相手の顔面に飛んでいく。

 それを微かな首の動きと共に軽くかわすと、息を一気に吐いてその場から跳躍してゆうに三メートルほど宙に浮かび、飛び蹴りを放ってきた。それを身体を横に大きくずらすことによって避けると、俺はその着地した相手の股下に潜りこむように滑りこませ、掌底を一気に上半身を上へ突き出すように顎を狙う。

 その攻撃を肘打ちで叩き落すように掌にぶつけてきたのであまりの痛みに身体に一瞬にして汗が出る。

 だがそこで攻撃の手を休めない。その痛んだ掌で思いきり腹の中央に掌底を叩きこむ。

 自分から後ろに飛んで威力を落としたようだが、それでも手ごたえがあった。が、その場にすぐ立ち上がると走り込んできて、暑いというのに長袖を着ている相手は袖から細いナイフを取り出し、無駄のない動作、最小限の動作で俺の手首、腿の筋を執拗に狙って来た。

 その攻撃が対処をしにくかったので、自分もポケットにいれておいた懐中時計を取り出し、蓋を開ける。

 また攻撃が来た。

 その瞬間、柔らかい関節を活かすようにナイフで右手首を狙って、切り込んでくる。

 俺は開けた蓋を貝のようにその刃に被せて、――一気に閉じた。

 金属が割れる、折れる音が甲高く響き、そのまま折れた刀身がくるくる回って後ろのルアークの前に落ちる。

 驚愕に目を見開いた相手は、その場からすぐ離れるとその際俺の腹に強烈な一発を放ち逃げた。

 呼吸が一瞬出来なくなり、思わず胃の中の物が逆流しそうになったが、なんとか堪えてその場に留まる。

 相手の顔が見えた。女のように整った顔をしているが、背格好から言って男だろう。腰までの長い髪、茶色く艶やかなそれは日に輝き、その美貌に一層の拍車をかけている。全体的に柔らかい物腰そうだが、今までの攻防を見るに、かなり、いや達人の域には達している。

 痛む掌をズボンに擦りつけ、何とかそれを誤魔化す。折れている。指が二、三本。

 外には二人、監視役としてなのか私服を着てはいるものの、明らかに堅気の人間では無い雰囲気の男達がいた。

 俺は身体の力を抜き、虚脱状態に持っていく。上半身は柔らかく。下半身は地面に吸いつく感覚で、母指丘全体に力を乗せた。

「そこの二人は手出ししないのか」

 目の前の男に尋ねると、「おいらは雇われもんだからねぇ、一人で勝手な事しないのか監視されてるってわけさぁ」と随分楽しそうにけらけら笑い俺を見た。

「それに、窓の外から見てるだけで解る通り、アイツらはアンタに敵わない事を知っている。つまり、殺されるくらいならここで俺達が消耗しきった後に殺ろうとでも考えているんじゃないかい? どっちにしても小物には違いないねぇ」

 割れた窓からこちらを覗いていた二人組は、怒りなのか顔を真っ赤にしていたが、事実そうだったのだろう。図星を刺され言い訳すらもしていなかった。

「じゃあひとまず俺の相手はお前だけなんだな」

「その通りさぁ、『呼人』さんよぅ」

 ……ぴくり、と自分の眉が上がった事に気付きながら、俺は相手の次の言葉を待った。

 おかしそうにまた男は笑う。

「野蛮で、卑怯で、血も涙も無い種族――『呼人』。まだ生き残ってたとはオイラも驚きを隠せないよー、ちゃっちゃと絶滅してくれればよかったのにねぇ。けはは。ま、それでこっちとしても仕事がやりやすいからいいんだけどさ」

「……なんの話だ?」

「んー? 『呼人』さんも随分鈍いんだねえ。『消し屋』のオイラが来ている事からも解る通り、オイラの仕事は人を〝消す〟事だぜぇ例外は無い。で、今回頼まれたのが、そこの――」

 くい、と顎で俺の後ろを示した。

「――かわいこちゃんを、『理由』をつけて『消せ』って事なのさぁ」

 俺はじり、ともう一回地面をブーツで擦りながら、前に進む。

「――うぅん、本気だ、いいねぇ、いいねぇ、そうこなくちゃねぇ」

 心底楽しそうに俺を見てくる男。そこで、今思い出したとでも言うように言ってきた。

「あ、そうだ、そういえば自己紹介まだだったねぇ」

 にへらぁ、と笑ったその身体から、顔からは想像も付かない程のプレッシャーが飛んでくる。

「エンキョウ、ってんだ。よろしく頼むぜぃ旦那」

「カケネ、だ。ま、よろしく頼む」

「覚えられないとは思うけどねぇ」

「同感だ」

「死んだら解んねえもんなぁ」

「俺は覚えておいてやる。安心しろ」

「――……言うねぇ」


 俺達はゆっくり構えを取り、十メートル程離れた所で対峙する。

 戦いが、始まる。

 笑いながら。

 殺し合いながら。



 7



 動く。

 エンキョウと名乗る男は今度は背中から細く、そして長い先端に刃を付けた槍のような武器を取り出し、俺に向かって空気を切るように腰だめに構え一気に突きだしてきた。

 俺はその一撃を左半身になって躱し、脇にその柄を挟んで思いきり身体ごと回転、持っていたエンキョウを吹き飛ばす。受け身もろくに取れず壁に激突するエンキョウ。ガラガラと置いてあった道具を飛ばしながら埃っぽい壁がもうもうと煙を立ち上げ、彼がむせた所で走り寄り、その顔面を球でも蹴るかのように顔面めがけ蹴りだす。その行為に恐怖を感じたのか、とっさに顔の前で腕を交差させ何とか直撃は避けたものの、衝撃で再び壁に叩きつけられる。うめき声を上げる隙すら与えず、今度は掬い上げるようにアッパーを壁にもたれかかるエンキョウに繰り出した。

 反応できずにそのまま顎を打ち抜かれ、少し身体が浮くほど拳で吹き飛ばすと、そのままがら空きの腹めがけて蹴りを入れる。

 壁に三度目の衝撃を与えた所でエンキョウはずるずるともたれかかったまま動きを止めた。何だ、口ほどにも無かったな。

 痛めた指は支え木でもして固定すればいいし、コイツが駄目だと解れば外の二人も襲ってはこないだろう。

 やれやれと首を回した瞬間、物凄まじい殺気が後方から飛んで来て、思い切り真横に飛んで何かを躱す。

 自分が先程まで居た所に大小二本の刀が振り下ろされていた。

 かろうじて避けたものの、左腕がかなり深く切られる。思わずうめき声を上げ、そのままの姿勢で回し蹴りを後方に放つ。

 それはブーツと刀が火花を散らす事で防がれた事が解り、もう一度間合いを取ろうと下がった所で再び二刀が舞うように襲ってくる。

 何とか避けてはいるもの、浅い、深い関係なく大小様々な切り傷が身体に生まれていく。

 苦痛に顔をしかめながらも、相手は全く躊躇せず攻撃する手を止めない。少しでも気を抜くとやられる、そう思いながら、俺は一回当て損ねた短刀をブーツで蹴り飛ばすと、その出来た一瞬の隙を狙い大刀も踵で叩き落とす。

「カケネちゃんッてばやるねぇホントに!! オイラ頭ン中興奮しすぎちゃってマジイッチャいそうだよォオ!!」

「一人で行け、変態」

「そう言わずに行こうぜぇ一緒にさぁ、ぁ、ああああぁあああああああッッッ」

 今度は懐から何やら先が筒状になっているものを取り出し、その空洞を俺に向けて来た。

 銃よりも大きい。何の武器か解らなかったが、危ない物という事だけ解る。

 その時、後ろから、ルアークの声が聞こえる。

「それに当たっちゃ駄目だお兄さん!!」

 その言葉に含まれている必死さに思わず身体が反応し、壁に突っ込むつもりで飛び避けた。

 ばあん、がァん、ガァアンンッ!!! と風を切る凄まじい音が聞こえ、その真正面にいた監視の男の一人に命中。血を吹き散らしそのまま後方へ受け身も取れず倒れる。―あれは、即死だ。そう冷静に自分の何処かが告げる。

 エンキョウの方を見れば、その筒の先端から煙が上がっており、何屋か焦げ臭い臭いが部屋中に充満していた。俺はもう一度それを見なおすように奴を見て、訊く。

「それは、何だ」

 エンキョウは楽しそうに、

「武器さ。飛び道具。この前立ち寄った所で手に入れたんだ。銃よりも飛距離を伸ばしてタマを強くしたらしいぜぃ。どうだい? 面白いだろぉ? タマ数に限度があるのが難点だけど、殺傷能力に関しては充分すぎるさぁきゃはッ」

 じり、とそのまま靴を滑らせ、俺はエンキョウの攻撃範囲から逃れようとする。しかしその筒の真ん中は黒く吸い込むように俺の方に向いている。

「楽しかったよぉ、カケネちゃんン?」

 指がかかっている所が少し引かれた。説明されなくても解る。あれは、もうすぐ何かが出てくるのだ。俺の命を刈り取る、何かが。

 その瞬間、俺は奴の眼が動く所だけ見ていた。

 指が引かれ、その眼が少しほんの少し細められて、

 音がなる直前に懐中時計を投げつける。その動作に一瞬躊躇したエンキョウに全速力で駆け寄る。

 再び指がかかる。撃つ、その狭間に、

 思いきり、顔面を殴りつけた。

 その筒を持った腕を関節ごと逆にしてへし折り、絶叫を上げる奴を無視し、そのまま顎、喉、鳩尾、足を蹴り潰す。がくん、と身体が傾いたところで思いきり首筋を握って壁に叩きつける。顔面から壁に叩きつけられ、鼻血と歯が折れる音がした。

 そのまま壁に赤い線を作りながらずるずるもたれつつ倒れていくエンキョウ。

 奴が動かなくなった所で俺はその場にへたり込んで大きく息を吐いた。危なかった。あのまま死んでもおかしくなかった。

 傷だらけの身体を引きずる様にして、ルアークの所まで歩いて行く。もう一人いた監視の男は逃げ出した後だった。構わず彼女の眼の前に落ちていたナイフを服を破り巻きつけて、その先で縄を切った。

 明らかに恐怖でパニックになっている彼女になるべく優しい声で話しかける。

「大丈夫だ。もう大丈夫、安心していい。襲って来ないぞ」

 震えながらルアークは何度も何度も俺を見て頷いた。余程怖かったのだろう。背中を少しさすってやると、一言こう呟いた。


「――お、兄、さんが、無、事で、良かっ、た」


 強張りつつ笑顔を向けてくる彼女に、もし俺に投票権があるなら絶対彼女に入れるだろうな、とどうでもいい事を考えた。

 とにかく今は、『仕事』をする前に休もう、と思った。



 8



「何処か痛くはないか」

 訊いてみると、まだ固い表情の中に少しずつ余裕が戻ってきたのが解り、こちらもそれに応じて柔らかく声を出した。

「うん……大丈夫……ありがとね、お兄さん……」

 ルアークの声も力を取り戻しつつあり、何から話せばいいか少し迷う。

 いきなりこんな事態に巻き込まれたのだし、不安になるのも当然である。しかも不可効力とはいえ、ひとり人を殺してしまっている。怖がられないだけでも有り難かった。

「何がどうなっているのか全然解らないんだけど……、一体何がどうなっているんだいお兄さん……?」

 不安そうにそう呟くルアークに、「想像だがな」と前置きして言う。

「俺が、おそらく元凶だ」

「お兄さんが……?」

「ああ」

 そうは言ったものの、自分でも確証があったわけでは無い。ただ、推理とも呼べない様な考えの結果、そうではないかと思っただけだ。

「どういう事なの?」

「俺は、二日前にこの国の情報屋から、お前が城にいる時間帯を聴き、そして攫う計画を立てた」

 その言葉を聞いて一気に青ざめるルアーク。ああ、違う違う、と俺は痛む手を無理矢理振ると、安心させるように言う。「危害を加えるためじゃない。信じて貰えないかもしれんが、それは本当だ。お前が目的というより、依頼人が用があったんだ」無理矢理似合わない笑みを浮かべて安心させる。そう、俺の目的はそっちだったのだ。今の状況がおかしいのである。

「方法はともかくとして、俺はお前に会いたかった。しかし、俺は『()人(()』だ、そこを付けこまれたらしい」

「ああ、さっき言っていたねあいつが。何なんだい、それ」

 壁を拝むように絶命している『消し屋』を見ながら、ルアークは恐々と言った。

「簡単に言うと、人の声を模写できる人間の事だ。一定時間なら、その〝声〟を留めて置いて誰かに伝える事も出来る。ま、蓄音機と一緒だ」

 ほえー、と感心するように俺を見るルアーク。この国にはもうそんな存在は必要ないのかもしれない。少し寂しかった。

「だが、『呼人』はそれだけでなく、人の心を持っていない野蛮で危険な種族、とも勘違いされていてな。まあ、この能力と共に、かなり高い身体能力も持っていたからなんだろうが」

「じゃあ、その誤解のせいで……?」

「利用されたんだろうな。さっき、お前の姉が情報屋に通じている、と言っていただろう?

 お前を狙う理由もある。だが、こんな国ではお前が不自然に死んだら、あまりにも疑いが自分に向けられる。そこに、()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを利用し『消し屋』を呼び、店を襲撃しお前を殺すことで俺に罪をなすりつけようとしたんだろう。ま、ほぼ俺が悪いな」

 重いため息をついて、「すまん」と俺はルアークに頭を下げた。こんなつもりでは無かったのだが、複数の糸が絡まり合ってこんな事になってしまった。ルアークには正にとばっちり以外の何物でもない。

「顔上げてよ。お兄さん」

 上げると、ルアークは穏やかな笑みを作り、俺に話しかけた。

「話聞いてると、お兄さんが悪いなんて到底言えないよ。これは、もうボク達王室のごたごたの範囲を超えてる。姉さまには悪いけど、しっかりと罪は償ってもらわなくちゃ。人を傷つけて、はいおしまい、って訳にはいかないよ。しかもお兄さんはボクの命の恩人じゃないか。本当ならさっきので死んでたはずなんだからさ」

 ルアークは柔い笑みのまま、俺を見つめて言った。

「さんきゅ、勇敢な『呼人』さん」

 この女は何のてらいも無く真っ直ぐに言葉をぶつけてくるから苦手だ。全く、本当に。

「難儀な事だ」

 顔が熱い。何なんだ。一体。

 そして、そんな俺に気付かずに、「あ」と口をOの字に空け、「じゃあボクにさ」と身を

 乗り出してきて言う。近いんだが。


「ボクに、何か言葉を伝えたい人がいるって事なの? お兄さん」


 その言葉で我に帰る。そうだ。俺は元々そのために来たんだ。

 姿勢をただし、もう一度よく彼女の瞳を見る。紅く、水晶のような目。その吸い込まれそうな引力と、燃えるような色に少し圧倒されながら、俺は言った。


「聴いてくれるか」


 ルアークも姿勢を無意識にだろうか正し、「うん」と言って見返してくる。

「聴かせてくれるかな、お兄さん」

 ようやく本題に入れる。俺は、その言葉を受けて、「ありがとう」と言おうとした。

 しかし、その前に、ルアークが「あ、でもさ」と言って手を出してくる。

「傷の手当しようよ。ボロボロだよ、キミ」

 そっと隠していた、折れた左手を優しく握られる。愛おしそうに撫でられる感触に、思わず鼓動を速めていると、遠くから複数の声がした。

 先程の奴らの仲間か、と身構えたのだが、「大丈夫だよお兄さん」と両手で更に包んでくる。

「僕の五月蠅(うるさ)いおつきたちだよ。お節介なね」

 声が大きくなる。次第に近づいてくる。

「難儀な事だ、本当に」

 少しの安堵と共に呟くと、ルアークが「それ口癖? 面白いねえ」とからかってきた。

 難儀なことだ。ため息とともに、また、そう呟いたのだった。



 9



「大丈夫でしたか、姫!!」

「お怪我は!?」

「一体何処のどいつです、姫を狙ったのは!!」

「人相も目付きも悪いこのキンキラキンの髪をした奴ですか!! 許さん!!」

「あー、はは……ま、ちょっと落ち着いてよ、ボクは大丈夫だからさ」

「「「「落ち着いていられますか!!!」」」」

 一斉に城の中で叫ばれ、俺は思わず面食らってしまった。何だ、この連中は。えらくルアークに心酔しているようだが。

「はは……ごめんねお兄さん」

「いや、別にいい。それにしても凄いな。ここは……」

 城の中に入っている俺は、今ルアークの部屋にいた。

 第一王女のキキラは今王室警護の尋問部に取調べを受けている。

 連れられて行く時の憔悴加減から言って十中八九クロだろう。ルアークと一緒にそれを見ていた国王と皇后も肩を落としていたが、こうなることが解っていたかのようにあまり動揺はしていないようだった。

 実の娘に情が薄いとは思ったが、それだけルアークと別の意味で問題児だったのだろう。

 キキラのルアークを見る目が恐ろしいほど冷たい眼だったのも、彼らが本当の娘を見る様だったのも拍車をかけていたのかもしれない。

 おつきの女四人は先程からルアークにまとわりついていて、俺も中々本業の話が出来ずにいた。そろそろ〝声〟を届けたいのだが。

 ちなみに、ルアークの両親、国王と皇后には俺が誰かは伝えてある。

 国の一大スクープである第一王女逮捕には国民は強いショックを受けている様だったが、どことなく『ああ、やっぱりか』といった空気が流れているようだ。

 王と皇后の冷たい態度もそれを助長していた。狙われたとはいえ、少し不憫に思わなくもない。しかし、それが人徳と呼べる価値の無さならば仕方ないのか。良く解らない。

 彼らも俺が『呼人』であることが解ると、()()()()()()()()()()()()()()()()様だが、詳しくは尋ねなかった。その方がいい。とりあえず今は。

 狙われた店の店主と妻も無事らしく、しきりに俺を疑った事を恥じているらしかった。むしろ、あれだけ怪しい人間、俺に堂々とルアークを守ろうとした事は凄いと思うのだが、それを呟くと「やっぱりお兄さんは変わってるよ」とからかわれた。何故だ。


 おつきの女性たちを下がらせてもらうと、俺はそろそろ仕事を始めようと座らされていた椅子から立ち上がった。

 ルアークはまだ少し動揺しているようだったが、俺の顔を見ると、「聴かせてくれる?」と言って笑う。強い子だな、と思った。 

「行くぞ」

 と俺は〝声〟を届けるために準備をする。

 今いる部屋―部屋の中はあまり豪華では無く、どちらかというと地味な感じだった。

 彼女自身があまり派手なものを好まないらしく、キキラの部屋とは全然違うらしいことは先程のおつきの一人が呟いていた。そこにも二人の性格の違いが表れている様だった――が、もう関係ない。俺は仕事のため、ゆっくりと目を閉じる。


 声の海を泳いで行く。流れてくる風景が物凄まじい速度で周りを流れて行く。俺は集中を止切れさせないように強く目の奥に力を入れる。飛び過ぎて行く景色の中で、次第に欲しい声の記憶が目の前まで飛び込んで来た。

 勢いよく俺の前に来たとき、その切れ端を力強く握りしめるイメージで手繰り寄せる。抵抗するものの、それを喉元ま持っていき、触れさせる。

 よし、来い。来い。来い――


 ――来た。


『……ねぇこれ、始まってるの? 私の声、聞こえてる? おーい、……無反応なんだね本当に……、よし、じゃ始めるよ。

 名前も解らないし、どんな性格かも解らないんだけど、とりあえずキチンと聴いてくれてるのを前提で――初めまして、君の()()()()の、クラーク、だよ。姓は無いんだ。貧乏人だからね。はは、君もそうなのかもしれないけど、父さんたちが上手くやっていれば、君はかなり地位の高い秘密の友達に育てられてるはずだから、良い生活を送っているのかもしれない。そうであるなら、これ以上の幸せないよ……げ、はぐ、ごほ、ごほッ……ごめんごめん、実は、ちょっとボクには時間がもう無いんだよ。ま、それはどうでもいいんだけどね、一応言っておくと、僕は肺をやっていてね。今年生きていられるかどうか、らしいんだ。ま、でも好きな絵で生活できたし、言う事は特に無いかな。こんなぼろぼろの部屋でも、幸せだったよ。うん、幸せだった。

 でも、ボクは君に一つだけ、どうしても伝えたいことがあるんだ。

 キミは、捨てられたんじゃない。

 元々あるところの王族だった僕達の両親が、キミを暗殺から逃がすため、今君がいる国の友人に預けられたんだ。

 そのために、君は悔しい思いや寂しい思いをしたかもしれない。でも、それは君を想っての事だったんだ。決して、君は捨てられたんでも、要らなくなった訳でもない。ボクは両親に育てられたけど、二人引き取らなかったのは暗殺の危険を減らすためで、――僕たちは瓜二つだったらしいからね――そのせいで離ればなれになってしまったのはとても悲しいよ。でも、これも運命だったのかもね。ゴメンね。

 だから、君には辛い思いをさせてしまった。謝ることしか出来ないけど……、でも、一つだけ信じてほしい。疫病で死んだ父さまと母様に、君は本当に愛されていたよ。ずっと、ずうっと、ね。

 もう時間かい。そっか、じゃあ最後に、僕から家族の言葉を一言だけ……

 元気でね。僕達の大好きな、妹ちゃん。ふふ……後は、この馬鹿金髪に預けたよ。じゃあね、愛してる……』



 痛む頭を押さえながら、次第に風景が戻ってきた。

 と、思ったら、ぎゅ、と抱きしめられる。

 ルアークが、俺の胸に頭を埋めていた。

 何も言わない。ルアークも、俺も。

 ただ、すすり泣く小さな声だけが、形は違えど何処か似ている姉の部屋のなかで、聞こえていた。




 ルアークが鼻を真っ赤にして、俺を見上げて来た。

 その顔には、絶望とも、喜びともつかない感情が渦巻き、彩っていた。

 俺は一端戻った宿から持っていたバッグの中から、小さな額縁を取り出す。

 それは、全くの想像で描いた、画家として生計を立てていた姉クラークが描いた、四人の家族の絵だった。

 皆、笑顔でこちらに向かって微笑んでいる。

 まるで、本当にそうであったかのような、活き活きとした形を持って。

 もう一度、それを胸に抱き、ルアークは、泣きながら微笑んだ。どこにいるか、教えて。と呟きながら。


「会いに行く」


 力強く、言う。

「絶対に、会いに行くから」

 その眼には、今までにない光が宿っている。

 俺は、小さく頷いて、姉のいる国を言った。

「待っててくれなかったら、ぶん殴ってやるよ」


 そう言って、ルアークはもう一度その絵を見て、不思議そうに呟いた。

「姉さんって、超能力者なのかな?」

 俺は意味が解り、少し笑う。

「かもしれないな」


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 会った事も無い絵の中の双子の妹。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 会った時に()けばいい、と俺は彼女に言った。

 理由はないかもしれないが、とはあえて言わず、胸に仕舞いながら。


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