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ケイローン奇譚【外伝(4)】  作者: イプシロン
第1章 扇動する時空振
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第1話 異変――極彩たる超次元

ヒュードラーを愛してくれた人々に捧ぐ

T・S・M――Thank you So Much

 暗黒崇拝教(ツァオベラー)にあって、大司教に叙されていたヒドラ座乗の戦艦<ケイローン>は、法皇イブラヒーム暗殺の情報をうけ、木星宙域から母星である海王星へ向けて、限界を遥かにこえる超光速航行に突入したばかりだった。

 法皇の死は内紛勃発の危機であり、権力の座を奪いあう結果になると予想したのだ。

 <ケイローン>を追うように、暗黒崇拝教の聖戦団艦艇は、つぎつぎに超光速航行にうつり、木星宙域から姿を消していった。ヘルメス座乗の<ベヘモット>も、アル・アルナブ座乗の<ウェルキエル>も、アル・ニハル座乗の<サリティエル>も。

 <ケイローン>にある艦橋の窓には、異様な色彩がのたうち(うごめ)いていた。それは、発狂した老人が毛羽立った筆でありとあらゆる色を塗りたくった画布(カンバス)を、四六時中、眼鏡をかけかえながら眺めているような光景だった。のたうちまわる色彩は歪みながら、伸縮し爆発したかとおもえば収斂する。あらゆる色が飛びかい混じりあうさまは数秒と眺めなくとも、肺腑がひっくりかえるような吐き気をもよおさせた。時間や空間の概念が成立しない、感覚表現などできようがないままに、世界と呼べない超次元を<ケイローン>は光速の何倍もの速さで跳躍していた。

 超空間にはいる前に、搭載されたひと組の連動型人格コンピューターのペール(雄型)とメール(雌型)により、舷窓にはシャッターが下ろされていたから、乗員に異常は認められなかった。だがもしもシャッターが閉じられたいなかったなら、好奇心を押さえきれない者たちは、世界と呼べない超次元を見て、数秒のうちにつぎつぎに狂い死んでいっただろう。

 わずかな照明しかともされていない閉め切られた暗い艦橋にあっても、精神と肉体は、超次元のせいで起こる眩暈や吐き気から逃れることはできなかった。だがそれは、たえず自己進化をつづける人格コンピューターの環境制御によって、冷静な思考を妨げられない程度におさえこまれていた。

「ヒドラ卿、海王星への到着予定は只今のところ――」

 航法席に座った男は、全身を覆う濃茶色のローブをまとい、フードを跳ね上げて死人のように蒼白な顔に爛々とした眼を光らせながら、報告をつづけている。

 指揮官席に座った男は、全身黒づくめの体に張りつくような戦闘服に身をかため、鎮座したまま航法士の声をきいていた。服のところどころには、白銀色の装身具とも装置ともいえない金具がとりつけられ、淡い照明を跳ねかえしていた。とくに目立ったのは、マントを肩に留めつけている口をあけた(ワニ)だった。

 この鰐こそ、暗黒崇拝教の悪魔神アメミットの象徴であり、そのアメミット――人格コンピューター三組六台が連動されたスーパーコンピューター――さえ掌中にできるのが法皇であり、その座に最も近いのは大司教ヒドラなのである。

 赤みがかった金髪は、怒りをたたえているようにそそけて纏まりをかいていた。だがそれは、彼の気質そのもののようだった。均整のとれた身体は肉付きもよく、敵に襲いかかる敏捷さと獰猛さを感じさせる力強さに溢れていた。スマートな鼻と輪郭は、小鼻と顎に剛毅さを見せている。額は秀でてはいたが、直線的なラインを描き、太めの眉とあわさって意志の堅固さを思わせた。翳った茶色の右目には憤怒が湧きたち、醒めた緑色の左目には怨念が滾っている。虹彩異色症(ヘテロクロミア)の双眸はヒドラの性質をもっともよくあらわしているといえた。

 彼は色違いの瞳で未来を予見しようとしていた。だが、なんど思い描いてみても、そこに光脈を見いだせないでいた。

 そのとき機関士の男が、ヒドラの計略に一抹の不安をそそぐ報告をもたらしたのだった。

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