運命の出会い
板村広樹。
中学1年生。つまり、栄治や蒔菜より3つほど年上。妹と同じように日本人離れした白い肌を持つ。蒔菜の兄だけあって、広樹は美少年だ。だが、方向性は異なるだろう。蒔菜が花なら、広樹は雪山だ。美しいだけではなく、恐怖と威圧感が強い。底が見えず、不気味だ。
この街に住む小学生・中学生でこの名前を知らない人間などいないだろう。あるいは、大人でも知っている人間の方が少ないはずだ。
おそらく、クラスメイトの大半は板村蒔菜のことを『板村広樹の妹』だと認識しているはずだ。蒔菜を知らない人間に彼女を紹介する時、『板村広樹の妹』だと言えば驚かれるだろう。
彼には『トラックを素手で止めた』だの『高層ビルから墜落して無事だった』だの『秘密結社や国会議員にコネがある』だの『実は人間ではない』だの、根も葉もないどころか現実味のない噂が絶えない。しかし、それだけ噂されるということは、その噂が出るだけの人物ではあるということだ。火のない所から煙は出ない。
栄治はこれが初対面だ。だが、その初対面で理解した。正確には、強制的に理解させられた。自分と彼は違う人間だと眼を合わせただけで思い知らされた。蒔菜は垢抜けた美少女だが、広樹の前では凡庸に成り下がる。成る程、これが『異質』という存在だと栄治は学習した。
そんな存在とゲームとはいえ戦えることに、栄治は興奮していた。このような機会は滅多にない。折角なのだから、思う存分楽しもう。そんな風に考えていた。
客観的に見れば、栄治は異常性はこの時点で発揮されていたと言えるだろう。極々一般的な小学生が、板村広樹を初対面にして相対することができるという状況はかなり異常だ。実は広樹が栄治を値踏みするために、軽い殺意を送っていたにも関わらず、栄治はそれを緊張程度にしか感じていなかった。
そんな不遜とも言える反応に、広樹は内心で痛快な笑みを浮かべていた。そして、誰にも聴こえないようにそっと呟いた。
「お前が、そうなのかもしれないな……」
■
「先攻は譲ろう」
「はい」
確か、先攻の第1ターンは、エナジーが増える『チャージステップ』と攻撃を行う『バトルステップ』がないのだったか。
「俺のターンです」
栄治 手札 5→6
「手札から【スターレッド】を召喚」
【スターレッド】
「コスト」3「種族」《戦士》「PW」1000+
「効果」自分のバトルステップ時、このモンスターのPWは+1000される。
「トリガーをセットして、ターンエンド」
栄治 エナジー3 手札4 ライフ5 トリガー1 フィールド【スターレッド】
「俺のターンだな」
広樹 エナジー3→4 手札5→6
「俺は手札から【ポーン・デビル】を召喚」
【ポーン・デビル】
「コスト」2「種族」《悪魔》「PW」1000
「効果」①このモンスターの破壊時、手札を1枚捨てることで、1枚ドローする。
召喚されたのは、悪魔の兵士。いかにも貧弱だ。剣の一振りで倒せてしまうだろう。だが、それで問題ない。この兵士は死してこそ真価を発揮するのだから。
「バトルステップ、【ポーン・デビル】でライフを攻撃」
「受けます」
栄治 ライフ5→4 エナジー3→4
「ターンエンドだ」
広樹 エナジー 手札5 ライフ5 トリガー0 フィールド【ポーン・デビル】
「俺のターンです」
栄治 エナジー4→5 手札4→5
「手札から【スターブルー】を召喚します」
【スターブルー】
「コスト」3「種族」《戦士》「PW」1000+
「効果」①相手のアタックステップ時、このモンスターのPWは+1000される。
そのままバトルステップに移行する。
「【スターレッド】で【ポーン・デビル】を攻撃します!」
星の剣士の一撃で、悪魔の兵士は撃破された。
「ライフは削られなかったけど、モンスターが倒せたから良しかな」
「そうでもないよ?」
蒔菜の言う通り、この非力な悪魔はただ死ぬだけではない。
「【ポーン・デビル】の破壊時効果を発動。1枚手札を捨てて、1枚ドローだ」
広樹 手札5→4(【ルーク・デーモン】破棄)→5
「ターンエンドです」
栄治 エナジー5 ライフ4 手札4 トリガー1 フィールド【スターレッド】、【スターブルー】
「そこで深追いをしないのは、さっきの蒔菜との戦いで学んだか?」
「お兄ちゃん!」
「すまん。悪気はあった」
「いや、なくても……って、あるのかよ!」
「HAHAHAHA!」
「アメリカンな感じで誤魔化すな!」
強いツッコミを入れる蒔菜と、そんな蒔菜を笑って受け流す広樹を見て、栄治は仲の良い兄妹だと思った。一人っ子である彼にとって、こういう何気ない兄妹喧嘩という奴は憧れでさえある。
「再度、俺のターンだな」
栄治 エナジー4→5 手札5→6
「【ナイト・オーガ】を召喚!」
【ナイト・オーガ】
「コスト」4「種族」《悪魔》「PW」1000
「効果」①このモンスターの破壊時、墓地からコスト2以下の悪魔1体を特殊召喚する。
それは騎士の悪鬼。兵士の悪魔よりも屈強そうな鎧を纏っている。
「トリガーをセットする」
何故か、広樹はそこで小さく笑った。そして、その不思議な瞳が栄治を捉える。
「【スターブルー】を温存しておいたのは良い手だったな。防御時、【スターブルー】のPWは2000になる。これにより、【ナイト・オーガ】の攻撃は封じられた。【スターブルー】がスリープ状態なら、相打ちを狙えたんだがな。上手くやったもんだ」
「は、はあ。ど、どうもッス」
急に褒めちぎられてむず痒くなる栄治を見て、広樹と蒔菜は笑った。
「まあ、ターンエンドだ」
栄治は軽く咳払いをして仕切りなおした。
「俺のターンです」
栄治 エナジー5→6 手札4→5
「俺は手札から、【スターグリーン】を召喚!」
【スターグリーン】
「コスト」5「種族」《戦士》「PW」1000
「効果」①このモンスターの破壊時、デッキからPW1000以下の【スター】と名前にあるモンスター1体を特殊召喚できる。その後、デッキをシャッフルする。
「【スターグリーン】で攻撃します」
「俺はこのタイミングでトリガーを発動する。サポートカード【フルバーナー】!」
【フルバーナー】
「コスト」5「種族」サポート
「効果」①トリガー(相手の攻撃宣言)。②フィールド上のPW1000以下のモンスターを全て破壊する。
「おっと、俺もお前もPW1000のモンスターしかいないから、全滅だな。いや、PW上昇の効果を持つ【スターレッド】だけは例外か」
おどけるように言う広樹だが、それを狙っていたとしか思えない。それにしても自分のモンスターごと破壊するとは何とも豪快だ。
「んな……っ! だけど、俺は【スターグリーン】の効果で、デッキから【スターグリーン】を特殊召喚します」
「なら俺も、【オーガ・ナイト】の効果で【ポーン・デビル】を特殊召喚しよう」
「バトルステップは続行しています。【スターグリーン】で攻撃」
「【ポーン・デビル】で防御する」
PWが同値であるため、双方破壊される。そして、どちらも破壊されることで発動する効果を持っている。
「【スターグリーン】の効果で、【スターイエロー】を特殊召喚」
【スターイエロー】
「コスト」3「種族」《戦士》「PW」1000
「効果」①このモンスターの召喚時・特殊召喚時、墓地の【スター】と名前にあるモンスター1体を手札に戻す。
「【スターイエロー】の効果で、墓地の【スターブルー】を手札に戻します」
栄治 手札4→5(【スターブルー】回収)
対して、広樹も【スターグリーン】との戦闘で破壊された【ポーン・デビル】の効果を使用した。
「【ポーン・デビル】の効果で手札を破棄して、ドローだ」
広樹 手札4→3(【ポーン・デビル】破棄)→4
「【スターイエロー】と【スターレッド】でライフを攻撃します」
「受けよう」
広樹 ライフ5→3 エナジー5→7
「ターンエンドです」
何故だろう。ライフ的に余裕が出来たのも、状況的に有利なのも自分のはずなのに、栄治は嫌な予感がした。
「俺のターンだ」
広樹 エナジー7→8 手札4→5
「俺は2体目の【ナイト・オーガ】と【ビショップ・ガーゴイル】を召喚!」
【ビショップ・ガーゴイル】
「コスト」4「種族」《悪魔》「PW」1500
「効果」①このモンスターが召喚された時、自分のモンスター1体を破壊してもよい。その後、デッキから2枚ドローする。
現れたのは、魔獣の僧侶。先程の悪魔や悪鬼よりも醜悪な顔をしており、漆黒のローブ姿だった。手には禍々しい本――魔導書があった。
「そして、ガーゴイルの効果を発動。オーガを破壊して、2枚ドロー!」
広樹 手札4→6
「そして、【ナイト・オーガ】の効果で、墓地の【ポーン・デビル】を特殊召喚! 更に、墓地の【ルーク・デーモン】の効果を発動させてもらう」
【ルーク・デーモン】
「コスト」6「種族」《悪魔》「PW」2500
「効果」①自分のメインステップ時、自分のモンスター2体を破壊することで、このモンスターを墓地から特殊召喚してもよい。
「【ポーン・デビル】と【ビショップ・ガーゴイル】を破壊。【ルーク・デーモン】を特殊召喚!」
二体の悪魔を生贄に参上したのは、戦車の鬼神。その威圧感はこれまでの悪魔とは比較にならない。兵士や騎士や僧侶とは違う、攻撃に特化した悪魔だからだ。
「そんな……。でも、『墓地から』っていつの間に……」
「最初の【ポーン・デビル】が破壊された時だね」
【ポーン・デビル】の効果は破壊されて起動する、手札交換。その際、手札から1枚が墓地に落とされる。その1枚が【ルーク・デーモン】だったのだろう。
墓地活用が得意な《悪魔》において、【ポーン・デビル】はデッキを回し、手札を変えて、墓地を肥やすのに適したカードの一つなのだ。
「更に、【ルーク・デーモン】の効果で破壊されたので、【ポーン・デビル】の効果を発動するぜ。手札を1枚捨てて、1枚ドローだ」
手札 6→5→6
「トリガーをセット。バトルステップに移行だ。【ルーク・デーモン】で【スターレッド】を攻撃!」
鬼神に一撃に、星の戦士は呆気なく沈んだ。
「やはり攻撃反応のトリガーではないか……。モンスター破壊でもないとなると、ライフ減少か? ま、ターンエンドだ」
広樹 エナジー8 手札5 ライフ3 トリガー1 フィールド【ルーク・デーモン】
探るようなことを言うのはこちらの反応を見ているのだろうか。作戦が顔色に出ないように気を付けながら、栄治は自分のターンに入る。
「俺のターンです」
栄治 エナジー6→7 手札4→5
「俺は【スターレッド】と【スターブルー】を召喚。トリガーをセット」
場には新たに召喚した2体も合わせて、3体の星の戦士がいる。そして、相手のライフは3つ。このまま行けば、蒔菜と同じパターンで勝てる。このゲームはモンスターの勝負ではなく、ライフの削り合いなのだから。
「バトルステップ、俺は【スターレッド】で攻撃!」
「トリガー発動、【フルバーナー】」
広樹が淡々として発動させたのは、前のターンに発動させた無差別爆撃。先程の違いと言えば、広樹の側には破壊対象となるモンスターがいないことか。
「PW1000以下のモンスター全てを破壊だ。【スターイエロー】と【スターブルー】は破壊だな」
「っ! だけど、【スターレッド】は残ります」
「ああ。それはライフで受けよう」
広樹 ライフ3→2 エナジー8→9
「ターンエンドです」
栄治 エナジー7 手札2 ライフ4 トリガー1 フィールド【スターレッド】
「俺のターンだ」
広樹 エナジー9→10 手札5→6
「【カオス・クイーン】を召喚!」
【カオス・クイーン】
「コスト」8「種族」《悪魔》「PW」3000
「効果」①このモンスターの召喚時、自分のライフが相手より少なければ、その差分だけ、相手フィールドのカードを破壊する。②このカードの破壊時、自分の墓地にある《悪魔》の数だけ、相手の手札を見ずに選んで墓地に送る。
「【カオス・クイーン】の召喚時効果により、俺とお前のライフ差だけお前のカードを破壊する。俺が選択するのは【スターレッド】とそっちのトリガーだ」
「んな……!」
破壊されたトリガーは【流星群】。先程の蒔菜とのゲームで、栄治を勝利に導いた一発逆転のカードだった。
「そいじゃあ、本番といこうか?」
広樹が浮かべた笑顔――性格が悪そうな笑顔に、栄治は見覚えがあった。つい先程、蒔菜が切り札の【ジャバウォック】を召喚した時の笑顔だ。
「正道を踏み荒らし、悪道をまかり通せ! 圧倒せよ、【ブラッククラウンキング】!」
【ブラッククラウンキング】
「コスト」8-「種族」《悪魔》「PW」4000
「効果」①このモンスターのコストは、墓地にある悪魔1体につき1つ軽減される。ただし1よりは小さくならない。②このモンスターが破壊された時、デッキから【×××××】1体を手札に加える。その後、デッキをシャッフルする。
現れたのは、黄金の王冠を被った巨大な魔王。だが、その容貌は真っ黒のっぺらぼう。随分とダサい。完全に名前負けだ。
しかし、栄治の目に止まったのは外見ではなく、その容貌からは想像できないPW。
「PW4000!?」
それは圧倒的な数字。これまで見てきた最高PWが先程召喚された【カオス・クイーン】や蒔菜の【ジャバウォック】の3000である栄治にとって、その数字はとても高い壁に見えた。
「あれ、でも、広樹さんのエナジーって8も残っていましたっけ?」
たった今、広樹はコスト7という大型モンスターを召喚したばかりだ。そして、広樹のエナジーは10だ。コスト8など出せないはずではないか。
しかし、広樹は首を横に振った。
「いや、俺の【ブラッククラウンキング】は墓地にある《悪魔》1体につきコストが少なくなる」
「今、お兄ちゃんの墓地には【ポーン・デビル】、【ナイト・オーガ】、【ビショップ・ガーゴイル】が2体ずついるからね。合計で6体の《悪魔》がいるから、-6されるの。元々が8だから、召喚のコストは2って訳」
PW4000の怪物がたった2で出てくる。いや、その気になれば1でも出てくるのだ。こんなに恐ろしいことはない。【ポーン・デビル】の効果をやたら多用して来るとは思っていたが、このような意図があったとは。
「トリガーをセットして、バトルステップに移るぞ」
立体映像が優れているのか、それとも広樹の持つ雰囲気がそうさせるのか、栄治は3体の悪魔に戦慄を覚えた。背中に冷や汗が流れる。
「【ルーク・デーモン】、【カオス・クイーン】でライフを攻撃する!」
栄治 ライフ4→2 エナジー7→9
「うっ……! だけど、2回目の攻撃のタイミングでトリガーを発動します! 【リベンジ・ドロー】!」
【リベンジ・ドロー】
「コスト」4「種族」サポート
「効果」①トリガー(自分のライフが3以下となる)。②このターン中、減少したライフ1つにつき2枚ドローする。③このターン中、破壊された自分のモンスター1体につき1枚ドローする。
このターン、減少したライフは2つ、破壊されたモンスターは【スターレッド】1体。トリガーも1枚破壊されたが、【リベンジ・ドロー】の効果には入っていない。
「合計で5枚ドロー!」
栄治 手札2→7
「ほう……。だが、俺の場にはまだ【ブラッククラウンキング】がいる。こいつが攻撃してから発動した方が良かったんじゃないのか?」
「いえ。あれだけ蒔菜に慎重になれと言っていた人が、そんなに無用心なことをする訳がないと思いまして……」
「いや、するけど? 【ブラッククラウンキング】で攻撃」
栄治 ライフ2→1 エナジー9→10
「え?」
呆然とする栄治に、広樹は嘲るように言う。
「悪いが、ド素人相手に警戒なんてするほど下手くそじゃないんだよ。ターンエンド」
「……っ!」
それは、栄治の頭を沸騰させるには充分な一言だった。
「ターンエンドだ」
広樹 エナジー10 手札3 ライフ2 トリガー1 フィールド【ルーク・デーモン】、【カオス・クイーン】、【ブラッククラウンキング】
「俺のターン!」
栄治 エナジー10→11 手札7→8
「…………」
栄治の手札には、二枚目の【流星群】があった。広樹のフィールドには3体のモンスターがおり、ライフは2つ。よって、この効果でモンスターを召喚して総攻撃をすれば、栄治の勝ちだ。しかし、栄治はそれを実行するのは危険だと判断した。
栄治は2回も【フルバーナー】を使用されたことで、過剰にそのカードを警戒してしまっている。現在セットされているトリガーが三枚目である可能性を危ぶんでいるのだ。いや、先程の挑発のような台詞も、栄治の手札を呼んでの発言ではないだろうか。
もし【流星群】でモンスターを召喚しても、全滅させられてしまう。これまで【フルバーナー】を耐えられた【スターレッド】も、効果を無効化されて召喚すれば、あの爆撃の餌食となってしまうだろう。
栄治は再び自分の手札を見る。手札には、【フルバーナー】の対象外である【スターブラック】と、破壊されてもデッキからモンスターを特殊召喚できる【スターグリーン】がある。2体とも召喚できるだけのエナジーはある。
確実に2回攻撃できれば良いと判断した栄治は、黒き星の戦士を選択した。
「よし……。俺は【スターブラック】を召喚します!」
「俺はその召喚に対して、トリガーを発動する」
召喚に対して? 警戒していた【フルバーナー】は攻撃宣言に対してトリガーが発動するはずだったから、つまり【フルバーナー】ではない?
「サポートカード【魔の聖杯】」
【魔の聖杯】
「コスト」3「種族」サポート
「効果」①トリガー(相手モンスターの召喚・特殊召喚)。②各プレイヤーは自分のモンスター1体を選んで、破壊する。
「俺は【カオス・クイーン】を破壊する。お前も破壊してもらおうか?」
「す、【スターブラック】を破壊します」
折角召喚されたモンスターが破壊されたことで一瞬動揺した栄治だったが、これでトリガーを警戒する必要はなくなった。今こそ【流星群】を使用すれば勝てる。この状況なら2体召喚できるのだから。
だが、栄治は疑問に思うべきだった。何故、墓地からの蘇生効果を持ち、3体の中では一番PWの低い【ルーク・デーモン】ではなく、【カオス・クイーン】を破壊したのかを。
「そして、【カオス・クイーン】の破壊効果が発動する。墓地にある《悪魔》の数だけ、お前の手札を破棄する。さっきも言ったが、俺の墓地には6体の《悪魔》がいる。そして、【カオス・クイーン】も含めると7体になる。よって、7枚破棄だ!」
栄治 手札7→0
「なっ……!」
驚愕する栄治。当然だ。7枚もあった手札が、一気にゼロになったのだから。そして、栄治のフィールドにはモンスターもトリガーもない。墓地から発動できる能力を持つモンスターなど、栄治のデッキには入っていない。エナジーだけはあるが、それだけあっても意味がない。
「……ターンエンドです」
つまり、栄治は手詰まりだった。
「俺のターンだ」
広樹 エナジー10→11 手札3→4
「ん……?」
「どうかしたの、お兄ちゃん」
「いや、何でもない。バトルステップに移行だ」
この状況なら特に何かをする必要はない。どうやら、まな板の上の鯉をいじめるような性格ではないようだ。まあ、栄治が噂や蒔菜から聞いた話では、海中の鮫を嬲るような性格らしいので、当然と言えば当然かもしれない。
「……やっぱり、俺じゃ勝てないか」
「いや、筋は良かったぞ? もうちょっと鍛えれば、かなり強くなるんじゃないか?」
「広樹さんくらい強くなれますか?」
「それは無理だな」
にべもない言葉に、がっくりと肩を落とす栄治。それを見て、板村兄妹は相変わらず笑うのだった。それはバカにするような笑い方ではなく、どこか温かい笑顔だったので、栄治は妙に照れ臭い気分になった。
「まあ、良いゲームだったよ。【ブラッククラウンキング】でトドメ!」
栄治 ライフ1→0
■
ゲーム終了と同時に、栄治は広樹にあることを尋ねた。
「もし俺が【流星群】を使ったらどうするつもりだったんですか?」
広樹は栄治の手札に【流星群】が来ることを予期していたように思われる。栄治は【フルバーナー】を恐れて【スターブラック】を召喚したが、【流星群】を発動すればモンスターを3体召喚できた。【魔の聖杯】で破壊できるモンスターは1体だけだ。残りの2体がいれば、広樹を倒せたはずだ。
「その時はその時だったさ。どうせこいつが手札にあったからな」
「こいつ?」
広樹が栄治に見せたのは、無性に腹が立つ顔をしている夢魔。舌を出して、こちらを見下すような表情をしていた。
【イリーガル・インプ】
「コスト」3「種族」《悪魔》「PW」500
「効果」①相手がライフへの攻撃を宣言した時、このモンスターを手札から墓地に送ることで、相手モンスター1体の攻撃を無効化する。
イラストのデザインはともかく、かなり強力なカードだ。いや、この場合、強力というより便利というべきなのか。
確かに、【流星群】の発動によって発動される【魔の聖杯】を合わせて考えれば、これ1枚だけで栄治は詰みだったのだろう。【カオス・クイーン】の効果で、手札は零にされるのだろうし。
「手札から効果を発動するモンスター……こういう奴もいるんですね」
「ちなみにあの時、手札に3枚あった」
「うわあ……」
最悪だ。最悪だ、この人。警戒に値しないと言っておきながら、色々と保険を打ってやがったんだ。うわあ。ってことは、【流星群】でモンスターを特殊召喚しても、普通に数を並べても、どっちみち攻撃は通らなかったんだ。なんて無意味な独り相撲だったんだ。
栄治は色々と裏切られたような気がした。
「生憎、俺に慢心の二文字はないんだよ。嘘つきの道化師は、いつだって嫌がらせに命懸けなのさ」
「何が何でも広樹さんに勝たないといけない気がしてきました」
「うん? そうか。頑張れ」
あっさり言ってくれる。
「ついでに俺を奉れ」
「…………」
栄治が何とも言えない気分になっていると、広樹は自分のデッキからカードを1枚引き抜いた。そして、それを栄治に差し出す。
「それから、お近づきの印にやろう」
どうやらカードをくれるらしい。何でもないカードなら蒔菜のように箱ごと渡してくるだろうから、特別なカードなのだろう。
「ちょうど貰い手を捜していたんだ。いや、友達の伝手でもらったはいいけど、俺のデッキ……というか、俺自身に合わなくてな。デッキ的な相性はいいはずなんだが、どうにも手札に来てくれないんでな」
「じゃあ、遠慮なく」
元々、栄治が今のゲームで使ったカードも、板村兄妹の物だ。くれるというなら、遠慮など今更だろう。
栄治は渡されたカードを見る。
そこに描かれていたのは、金色と銀色が入り混じった神々しいドラゴン。輝く両翼を広げ、赤い宝玉のような目が正面、つまりはこちらに向けられていた。背景には暗黒の宇宙と煌く大銀河。
栄治は僅かな緊張と確かな喜びをもって、その龍の名を口にする。
「【ギャラクシードラゴン】」
直訳で、『銀河の龍』。栄治が使用した【スターレッド】を含める【スター】シリーズなみに名前にひねりがない。だが、余計な仕様をこのドラゴンに施すのは無粋な気がした。それほどまでに偉大な何かを感じたのだ。分かり易く言うと、シンプルイズベストなカッコ良さがある。
「星を主体にしているデッキにはお似合いじゃないか?」
成る程、確かに【スター】シリーズが主体となっている自分のデッキにはお似合いなのかもしれない。あくまで名前的にだが。
「【スター】シリーズは展開力はあっても攻撃力がイマイチだからな。いや、攻撃力がある奴らもいるんだが、癖があるからな。いきなり使いこなせってのも難しいだろう。まあ、これから慣れていくかもしれないけどさ」
栄治にとってこのドラゴンは、蒔菜にとっての【ジャバウォック】や広樹にとっての【ブラッククラウンキング】のような切り札になるのだろうか。
「どうぞよろしく」
どこかで何かが吠えたような気がした。かなり大きな声だったが、栄治以外の二人は反応しなかったので空耳だろう。
その後、広樹や蒔菜にデッキ構築やプレイのレクチャーを受けた。デッキの内容を微妙に調整しながら戦ったが、一度も勝てなかった。広樹だけでなく蒔菜にもだ。所詮で負けた意趣返しなのか、一切の隙や手加減がなかった。……この二人にはサービス精神が皆無だと痛いほど理解した。
■
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。我がお兄ちゃんよ」
「何だ、我が愛すべき妹よ」
「何で、栄治にギャラクシーを?」
「さっきのゲーム、最後のターンのドローで来たのが、【ギャラクシードラゴン】だったんだ。まるで、『こいつに俺を渡せ』って言いたげにな。いや、実際に言ってきたんだが」
「へえ。てっきり、一番最後まで残ると思ってたのにね。あの子、頑固だったから」
「何よりお前が選んだ奴だからな」
「いや、そういう意図は一切なかったよ? ただ、最近お兄ちゃんに勝てないから、サンドバック役が欲しかっただけ」
「我が妹ながらひどい」
「負けちゃったけどね」
「ああ。あれは大成する。よりにもよって、『あいつ』に気に入られたんだからな」
「これで、世界は救われる……よね?」
「さあな。だが、これで『詩人』や『怪物』の捜索に集中できる。まあ、今はお前の友達の成長を見守ろう。どうせ、まだ五年もあるんだ。気長に探すさ」
「もう五年しかないのかも?」
「……そういうこと言うなよ。やる気失せるから」
こうして、少年の神話が始まった。