なんて、世界は
リースロットは街に出たことを後悔していた。
「恋なんて」
リースロットの口から、溜め息とともに一言言葉がもれでた。リースロットはそれに気付き、さらに溜め息を吐いた。
これはリースロットの心中の想いが、無意識についてでたにすぎない。
これは、リースロットが忘れたい忘れたいと願う想い。これは、リースロットが逃げたい逃げたいと、目を背ける想い。
目を背け、蓋をしているというのに。今のように、油断をすればついてでる。
「戻ろう」
予定よりは早いが、戻ろう。リースロットは目をぎゅっとつむり、さらに手で顔を覆うことで、視界から見たくないものを遠ざけた。
『神に、誓おう』
見たくないものを見たから、逃げていた想いが再び浮上する。
『君を、伴侶に。神に、君への永久の愛を誓おう』
リースロットが見たのは、街の小さな祠に参る恋人たち。祠の前で―――神の前で愛を誓いあう恋人たち。これは今の時期によく見られる光景だ。
春を迎えるこの時期、春と種蒔きの女神が冬の眠りから目覚めを迎える。女神は、草花や作物の種を蒔きながら、若者たちの間にも種を蒔く。それは赤子という名の種。女神は子宝の女神でもある―――だからこそ、夫婦の誓いをする恋人たちに永久の祝福を授けるのだという。いずれは女神が蒔く種の親とするために。
「恋なんて」
リースロットは、風を呼んで街から離れた。
リースロットにはかつて、祠の前で愛を誓いあった相手がいた。
けれども、世界は残酷で。
リースロットは誓いを果たすことができなくなった。
「あたしは」
リースロットは変色した髪を手にすくった。
かつてはきらきらと輝く琥珀のような髪色だった。しかし今は、木々の葉のように輝く緑色で―――春を表す、人にはあり得ない色彩で。
力は髪に宿る、とは昔の誰がいった言葉か。色を力を示す、とは昔の誰がいった言葉か。
運命のいたずらで、リースロットは人ではなくなって。人ではなくなったリースロットは、周囲から忘れ去られた。リースロットという存在は、最初から存在しなくなって。
リースロットは愛する人の記憶からも消えて。リースロットはそれにたえられず、溢れる感情と想いに蓋をして。
だから、リースロットは逃げる。もう向ける相手がいない、行き場のない想いに蓋をして、目を背けて、逃げる。
誰がいった言葉か。
女神の前で愛を誓えば、とこしえの愛を得られるなんて。
世界は残酷だ。
とこしえの愛を失った女に、女神の役割を与えるなんて。
世界は残酷だ。
女神を代替わりさせるなんて。次の代替わりまで、人に戻れないなんて。
愛を失い、愛を祝福させられる女神となってしまったひとりの女は、今日も己を嫌悪しながら、愛を祝福するために各地の神殿や祠へ出向く。
そして、女神は今日も呟く。
世界はなんて残酷なんだろう。
実はこのあと続きはあります、ネタとして。
読みたい方がいれば、ご一報ください。
※9/16続編投稿しました。
タイトルはまんま、2がついただけです。