放課後
3日後の夕方に、バイトの依頼要請の連絡が入った。
公安警察支部で働く人には連絡用の小型の端末が支給される。
端末では依頼の大まかな内容と、受諾できるか否か、支部の担当責任者との通信などができる。
レイズとユルダはハイナと3人で学校から帰っている途中だった。
支部のバイトをしている事は極秘事項のため、ハイナの前で端末を操作する訳にはいかない。
ハイナと別れるまで待ち、ユルダが端末を確認した。
レイズはカバンの中に入れてあったため、カバンから取り出して端末を起動させた。
『サルティス通り63区画にて事件が発生。容疑者はミルル・マイラスに軽傷を負わせた模様。ミルル・マイラスを殺害しようとしている時にスーファ・アルミテスに犯行を妨害され逃走。逃走中にスーファ・アルミテスを殺害し、現在サカラトス通り38区画を移動中。速やかに捕獲せよ。
なお、受諾の連絡が入り次第支部の担当責任者がJBを届ける。
指定時刻:即刻
指定場所:サカラトス通り38区画
容疑者:詳細不明
容疑者所持品:バタフライナイフ,スタンガン,注射器』
読み終わってからも頭で理解できなかった。
「スーファが...死んだ...?」
レイズがショックを受け入れられないでいる間に、ユルダが端末でテイラーさんと通信していた。
文章を読み返して理解しようとしているのに、頭に入らない。
数秒で通信を終えたユルダがカバンを持ってレイズの横顔を殴った。
「いつまでも現実逃避してんじゃねぇ!悲しむなら後にしろ!」
その一言で目が覚めたレイズはユルダの指示に従い、近くの公園で仕事着の黒服に着替えた。
先程の場所へ戻ると、大型バイクに乗ったテイラーさんがいた。
「お前達!急いでJBつけろ!」
JB。それが、公安警察支部で唯一許可された移動用の装備だった。足の裏から膝下の間にかけていくつも留め具があり、足に固定する。
ふくらはぎの裏にターボファン・エンジンを搭載したジェットが付いており、圧縮した空気を燃焼させて推進力を得る。理論は解明されていないが、圧縮した空気にガソリンと共に微量のウェイルを同時に吹き付けることで数倍の推進力を生み出せる。
装着したゴーグルタイプのコントローラーにコマンドを言い、それに従ってジェットを噴射させ、障害物を乗り越えたり空中を移動することができる。
足に固定し終えたレイズとユルダがゴーグルに表示された犯人の位置座標を確認し、一度前方へ跳躍してからジェットで加速した。
斜め上の空中へ飛ぶようにして噴射し、着地してからまた前方へ跳躍、加速。
景色が高速で流れていき、集中するにつれて無駄な動きが削られていく。
障害物を避け、屋根を飛び越えて犯人との距離を急速に縮めていく。
半分近く距離を詰めた時、テイラーさんから通信が入った。
ゴーグルに付属しているイヤホンマイクをつけ、起動させた。
『小僧ども、聞いてるか?』
いつでも声の大きかったテイラーさんが今回は静かに語った。
『スーファって若僧の遺体が近くの病院へ運ばれたようだ。狙われてた嬢ちゃんが遺体の確認に向かった』
レイズはあえて冷静を装うように普段と変わらない声音で返事をした。
「わかりました。犯人を確保してから向かいます」
『あぁ...。頼んだ』
通信が切れ、ユルダが見ていることに気付いた。
「なんだ?」
「強がんな。辛いもんは辛いんだからよ」
「...そうだな」
会話は途切れ、風の音と断続的なジェット音が聴覚を支配する。
数分後、犯人の後姿を視認できる距離まで近づいていた。
歩くのとほとんど変わらないスピードになるまで走り続けたらしく、足取りは全くおぼつかない様子だった。
レイズはその姿に違和感を感じた。
逃走目的ならわざわざ走る必要はない。むしろ、体力は出来るだけ温存するべきだろう。
「なんでバイクとか使わねぇんだ...?」
ユルダも同じ疑問を持ったようだった。
「ユルダ、何かおかしい。病院に行ってくるから犯人の確保は頼む」
「任せとけ」
ユルダの返事を聞いてから、進行方向へジェットを噴射して急停止し、病院のある方向へ跳んだ。