花火
教室に戻るとクラスのムードメーカーのガラン・ドズがいた。
大柄な体格なので威圧感がありそうだが、持ち前の明るさが雰囲気にも出ているので全く恐くない。黒髪を後ろで縛っているのが特徴的な好漢だった。
1ヶ月前に左足を骨折したため、すぐ側に松葉杖が置いてあった。
「お、ガラン。1人でいるなんて珍しいじゃんか」
ユルダが不思議がっているのにはレイズも同感だった。
いつもはガランの周りは常に人が絶えないのだが、今は誰かを待っている様子もない。
ガランはそんな俺たちの反応を見て、「俺だって1人の時ぐらいあるよ」と苦笑してみせた。
「そりゃ驚くよ。初めてパンダ見た時以来の衝撃だよ」
「嘘つけ」
「はーい、そこのパツキン。チャチャ入れない」
「ははは。俺は珍獣かよ?」
「ナイス突っ込み」
「あー、それよりさ、悪いんだけど、誰か飲み物買ってきてくれないかな?」
ガランが左足と松葉杖を交互に指差し、顔の前で手を合わせた。
「じゃあ、買ってきてやる代わりに1本奢ってもら「私が買ってくるよ」
ユルダの言葉を遮ってハイナが教室の出入り口に駆けていく。
教室を出て、ユルダに向かって「意地悪言ってると友達いなくなるよ〜」と言って逃げていった。
「意地悪な忠告ありがとう」拗ねたような顔でユルダがそう言ったが、怒っているわけじゃない事はレイズには分かっていた。
「イチャつくのは俺らの前だけにしろよバカップル」
「誰がバカップルだコラ」
「え?見てりゃわかりますけど?」
わざとらしく鼻を鳴らして笑い、ユルダの反応を楽しむ。
必死に隠しているものの、満面のにやけ面だった。
「わかりやす過ぎんだろ」
ガランが堪えきれずに豪快に笑い、ユルダの顔がみるみる赤く染まっていく。
「誰にも言うなよ⁈ハイナにも気付かれてないんだからよ!」
実際はとっくにバレてるし。
「あ、じゃあ俺もなんか買ってくるわ!」
教室からそそくさと逃げていったユルダの足音が聞こえなくなると、レイズは振り返ってガランに「あの2人、どっちも奥手なんよ」と言った。
「ハイナは奥手だってのも頷けるけど、ユルダもか?よく告ってんの見るけど」
「照れ隠しだよ。真剣に告白しないのはそのせい。冗談として流されればそれまで。OKもらえりゃ万々歳ってわけ」
「中々の策士だな」
ガランは笑みを浮かべ、窓の外の景色を見た。その景色に地平線は無く、この都市を囲む壁が遠くに見える。
第8連合都市【スルファス】。それがこの「国」の名前だった。
静かになった教室でレイズはガランの様子を見ていた。いつもは常に喋っているのに今は何も言おうとしない。
レイズはガランの様子がおかしい事に気付いていた。
沈黙を先に破ったのはレイズだった。
「ガランは卒業したらどうするんだ?就職先とかもう決まってんのか?」
「ん?あぁ、俺さ、親が花火職人だったんだよ。だから、家業を継ぐつもりだった」
「だった?」
「今考えてたんだよ。これから先どうするかを。で、決めた」
ガランが薄く笑みを浮かべ、直後に表情を引き締めた。
「俺はDIESの機器調整士になる」
途端、レイズは音が消えた気がした。
衝撃が走るような、全身を得体の知れない何かに蝕まれる感覚。
「お前...。機器調整士だって命の危険はあるんだぞ?隊員の装備に不調が出たらすぐに駆けつけなきゃいけないのはわかってるよな?」
「わかってるよ。DIESの戦闘部隊に入った時点でどんなポジションにも命の保証はねぇさ」
「......わかってるなら、俺はもう何も言わない」
無意識に肩に入っていた力が抜け、両腕をだらりと垂らした。
「心配すんな。そう簡単に死んでやるつもりはねぇよ。ありがとな」
「あぁ...。無茶すんなよ」
ガランが返事の代わりに笑顔を見せ、レイズもぎこちないながら笑みを返した。
「武器系統に詳しいのはなんでなんだ?」
「あぁ、それはただの趣味だよ。昔っからそういうのが好きなだけ」
教室の外から足音が聞こえて振り向くと、ユルダが開いた扉にぶつかるようにして教室に入ってきた。
「っしゃぁぁぁぁ!俺の勝ちだ!」
やかましい声と共にガッツポーズをしているユルダの後ろから、ぱたぱたともう一つの足音がしてハイナが戻ってきた。
「もう!ちょっとくらい手加減してよ!」
ユルダの肩を軽く平手打ちすると、早足で自分の席に座った。
「なんだ?競走してたのか?」
状況を把握できていないレイズがユルダに訊くと、爽やか(のつもり)なドヤ顔で答えた。
「競走で俺が勝ったら今日の放課後にデートするってコ・ト・で☆」
「.........その鼻へし折っていいか?」
「それだけはマジ勘弁」
見れば、ハイナの顔は火がつきそうな程に赤かった。
「ったく...。普通に言やぁいいのによ」
小声で言ったのが近くにいたガランには聞こえたのか、苦笑気味に何度も頷いていた。
「ん?今なんて言った?」
「なんでもねー。てか、急にデートなんて言っても行く場所あるのか?」
「ノープランだ!」
「行き当たりばったりかよ」
半ば呆れてユルダに冷たい視線を送ってから、何をしたらデートで盛り上がるのかを考えてみた。
ふと、ガランが花火職人の息子だと言っていたことを思い出した。
13年前の事件以来、それまでありふれていた娯楽は人口と共に減少し、今はかなり限られたものしか残っていない。
花火も例外ではなく、全世界で行われている花火大会は真っ先に廃止された。
仕事を続けられなくなった花火職人は次々と稼業を乗り換え、今はほぼ0と言っていいだろう。
レイズ自身、小さい頃に一度見たきりだった。
「花火かぁ...懐かしいな」
自然と口から出た言葉にハイナが反応した。
「レイ君見たことあるの?」
「あー、まぁ、ちっちゃい頃に一回だけね」
「花が咲くみたいで綺麗だって聞いたけど、どんな風に咲くの?」
「どんな風に咲くのかって言われてもなぁ...」
教室の正面に取り付けられた横に長い巨大なパネルにタッチペンで絵を描いていく。
赤、紫、青、緑。色とりどりの花火の絵がパネルに広がり、昔の記憶が少しずつ思い出される。
まだ両親が生きていた頃、夏祭りの花火大会に連れて行ってもらったことがあった。父親がリルを抱え、レイズは母親に手を引かれて夜空を見上げながら歩いた。
視界いっぱいに広がる花火は綺麗でいて儚く、煙だけを残して消えてしまう。
その時、幼いレイズは恐怖を覚えた。
それは、母親がそんな風に急に消えてしまう気がしたから。
だから、レイズは母親にどこにもいかないでと涙ながらに訴えた。
母親は微笑み、温かい手のひらでそっと頭を撫でてくれた。
「なー、レイズー。そんなに描かなくても大丈夫だぞ」
いつの間にかパネル全体に花火の絵を描いていた。
「私も見たかったなぁ...」
頬杖をついてパネルを見ているハイナがため息混じりにそう呟き、ユルダに上目遣いで「デートしたら花火見せてくれる?」
「うっ...。見せてやりたいけど...」
そう言われてもユルダに見せられる訳もなく、何か手はないかと必死に考えているようだった。
レイズはガランとアイコンタクトすると、大きく息を吸った。
「あ、そういえばガランは花火職人の息子だったなー(棒読み)」
「あれー?そんなこと言ったっけー?確かにそうだけど、打ち上げ花火なんかないぞー?(棒読み)」
「ロケット花火とかないのかー?(棒読み)」
「あー、それなら多分あるよー(棒読み)」
「じゃあ皆で花火パーティーでもしないかー?(棒読み)」
「いいねー。しようしようー(棒読み)」
「演技下手かお前ら!」
「失敬な。ガランはともかく俺は完璧な芝居だったぞ」
「いや待て。それは聞き捨てならん。レイズは大根役者だったが俺は名俳優だったぞ」
「どっちもお遊戯会レベルだわ!」
「「⁈」」
教室に、堪えきれなくなったハイナの笑い声が響いた。