インタールード -4月末週-
死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、………。
およそモノが砕け尽くし、当たり散らせなくなった。それにまたイラついたので最後に踏み蹴ってやった。
パリン
渇いた音、聞き慣れてきた音、残響は遠くの部活の声に消えた。
全て、憎い。目にとまるもの、耳に入ってくるものがウザい。
頭が、脳がヒリつく。
全部真っ赤、いや、半端に視界が赤い。
「……………………どうして…」
だったら、しっかり、赤くなってろ!
手頃に砕いたガラス片を握り締め、それを私は
ガラガラ…
と、誰か入ってきた。
なんで?
どうして?
ここがどこかわかってるの?
ここは私だけの場所のはずだ。
「誰?!」
誰かが来ていい場所じゃない。
邪魔をするのは誰?!
そこには少し学ランが大きい印象の男子生徒が一人。1年か。
殺してやる。ちょうどいい得物もある。
口を開いた瞬間その中に…!
一旦熱を下げ、ふつうに街中を歩くようにそいつに近づく。手にしたガラス片はポケットに握り締めながらしまう。
そいつは教室を見渡し、近づくこっちを見つめ続けた。
「何のよう?」
もういっかいだけ問い詰めてやる。
そして、案の定、答えるべく口を大きく開けて
「ふぁああぁぁぁぁあああああ…」
大きく、……あくびをした。
「………っ…」
なめてる…っ。
想うと同時に自分の燃え盛った血が体を動かしていた。
口の中にガラス片を突っ込む。
「ふが…っ…」
長さがなく、喉奥に到達する前に手が口に当り止まってしまったがどうでもいい。あとは横になり引き抜くだけ。
間抜けな声を出すけどいつまでそうやってられる…?
いや、このままでは面白くない。少しこいつの恐怖におののく様を見てやろう。
「少しでも動くと切る」
動かなくても切るけどね。
相手は目をぱちくりしながら状況が飲み込めないというような顔をしている。無理矢理でも飲み込ませてやる。
「ねぇ…遊びにつき合ってよ」
クスクス。
何して遊ぼう?
例えばこいつにイエス・ノーで頭を振らせて喉を少しずつ切り刻む…他には少しでも嘘をついたら切ると脅し無理難題や恥辱な質問責め…それともやはり何もせず切ってこいつの吐き出す血の量でも眺めるか…。
「…………」
少し考える間にも相手の目が恐怖の色を浮かべないか眺めていたが、やがてこいつの目はあろうことか冷静でおとなしいものになった。
「……………」
最悪だ。
その目は、……よく知ってる。見下すようで、冷たい…。
嫌いな、いや大嫌いな目だ。
やめだ…。
そんな目で…
「…………そんな目で…」
手に力を込める。さっきからある手のひらの鋭い傷みと脳のヒリつきがいよいよマヒする。
私を……!
「見…!」
けれど彼の方が早かった。
彼は素早く私の手首を両手でつかんだ。
「!??」
そして、そして、………私は動けなくなる。
強い力…。引くことも押すことも微動もできない。
圧倒的で…敵わない。
…………。
一瞬で変わる立場の逆転。
いや、私はガラス片を持ってるんだ。
けれど、指先でいじっても何が変わるということもない。
「……………」
何?なんで?どうして?
頭からヒリつきだけ残して熱が去っていく。
待て…。
「いや……」
去るんじゃない、どうしてここで去る…!?
嫌だ………嫌だ………嫌だ……。
嫌、嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌…。
カラーーーーン…
いつしか手は痺れてガラス片を落とす。落としてしまった。
残ったのは、捕まれた私だけ…。
「………………」
「……………………」
静寂…。
いや、遠くで部活が練習してる…。私の知らない、どこか遠くで。
そして…
「おぇぇぇぇぇぇぇ…」
吐いた。
目の前の相手が、…吐いた。
吐く直前に手を放したので同時に一歩退いた。
何を食べたのかびちゃびちゃと教室の床を汚し、汚臭がする前に私は目を背けた。それでも見えた中に少し赤い色が確かに混じっているのを見た。
さっき思い望んだものとは違う嫌な赤い色だった。
地面でそれはしかし、汚物の中に取り込まれてもう赤でもないただただ汚い色になっているだろう。
確認もしたくない。
「なに…?」
なんなの、こいつ…。
助かった…。
いや、いきなり吐くとか、私の手を汚すとか…最悪っ。
「あー、すいませんw…えほっ」
吐き終えたのか、ふせったままポケットからティッシュを出して口を拭うと彼は快活そうな声を出した。
「さんざん走ってたもんで、気分悪くて。そんで口んなか突っ込まれたらこれはもう吐くしかないなと。…驚かせてごめんね?」
彼はとても楽しそうに言った。言ってのけた。
「けど、ガラス片はなかなか斬新だね。それはやったことなかった。うん、ケイ素の味がした」
何を…こいつは何を言っている…?
「あ、引き止めてごめん、早く出てきな、これかたすから。いや、さっさと出てかないと先生や怖いのきちゃうから!早く出な!」
「?!」
言われながら半ば強制に教室から追い出そうとする。
「あ、待って」
そう言って彼は持ってたティッシュをいくつかまた取り、私の手に握らせた。
「保健室いくといいよ、じゃ、また今度ね!」
そう言って有無を言わさず今度こそ追い出されてしまった。
しばらくその場で放心する。
途中、さっきのと同じように大きめの学ランを来た(これも一年だろう)生徒が何か探しながら走り去ったのを見ながらようやく何か落ち着く。
そういえばなんであんなことをと思い、手の中を見るとティッシュは私の手の血で汚れていた。血はにじむ感じでティッシュに移り、出血は止まっている。
「……………」
完全に毒気を抜かれた。
とりあえず、汚物のあるあんなとこにもう戻る気にもならないし、そもそもガラス片を片付ける気は私にはなかったのでティッシュをゴミ箱に捨て、そのままその日は帰った。
家に帰るとツユが心配し、手当てしたのがうっとうしかった。
後日、始業式にいたずらし回った新入生が、また事を起こしたという噂が流れた。
同級生と校内を延々走り回り、最後に教室の窓ガラスを破り、吐瀉物で空き教室を荒らしたとか。
くだらない…。
私の人生と…いや、そんなのもめんどくさい。
今日もサボろう。