6話:追憶《紫水晶》
かつての記憶だ。これは、まだ、俺が漣信也では無かった頃の話。
小学校。それは、俺にとって、ただ単なる遊びの場でしかなかった。仲の良い友達と、騒いで、はしゃいで、遊んで、叱られる。それが、日常で、正常で、常識だった。だから、俺は、本当に、たくさん遊んだ。友達もいっぱい居た。中でも仲が良かったのは、如月周という少女だった。しかし、彼女とは、学校で遊んだことは無い。いつも、秘密の遊び場で遊ぶからだ。
そもそも、俺と周の出会いは、学校ではあるものの、クラスでは、全くとまでは言わないが、あまり話さないクラスメイトであった。それが、何故、仲良くなったかと言うと、秘密の遊び場に関係している。
秘密の遊び場を見つけたのは、小学校低学年から中学年、つまりは、三年生か四年生くらいの頃であったと、記憶している。場所は、家の近くの山地である。木々が折り重なって、行く手を塞ぐ道を、すり抜けて、偶然、ある場所へたどり着いた。そこは、湧き水が流れ、小さな池を形成している、神秘的な場所だった。そして、その神秘的な場所に似合う、まるで、妖精か巫女のような雰囲気を持つ長い黒髪の少女が居た。それが、如月周だ。
再会、と言うよりは、これが出会いと言うべきだったのかもしれない。彼女は、学校とは違う、無愛想で、それでいて、素の顔をしていた。そして、彼女は、俺に言った。
「こんなところまで、来る人がいるなんて……。ここは、私の場所。と言いたいところだけど、しかたがないから、一緒に遊びましょう?」
「うん!」
その問いとも言えない問いに、俺は、大きな声で肯定した。
それからと言うもの、毎日、秘密の遊び場にやってきて、俺と周で、いろいろと遊んだ。どんな遊びをしたかは、細かく覚えていない。それほどまでに、いろいろ遊んだのだ。
そうして、月日は流れて、小学五、六年の春。彼女は、一言呟いた。
「明日は、誕生日」
誕生日。つまりは、彼女の性格からして、誕生日プレゼントをよこせと言うことなのだろう。いつも、簡潔に言うから、分かりにくいが、慣れてくれば、何が言いたいか、大体推測できる様になる。
そして、その日の夜、家族で、ショッピングモールに遊びに行った。ショッピングモール内にある、回転寿司屋で、晩御飯を食べるためだった。そして、ご飯の後、適当に、店を回っていた。そこで、ひとつ、目を惹かれたものがあった。小さな《紫水晶》の付いたネックレス。周に似合う。しかし、俺の小遣いでは、とてもじゃないが買えない。
「どうしたの?こんなのを見て……」
不意に、姉に声をかけられ、吃驚して、振り返った。そして、そこに居た姉が、満面の笑みを浮かべていたのを見て、仕方なく誕生日のことを話す。その話を聞いた姉は、のほほんとしながら、両親を説得してくれた。だから《紫水晶》のネックレスという、彼女に似合うものを買うことができたのだ。姉には、感謝している。
翌日。俺は、いつもの秘密の遊び場を訪れた。そこには、いつもとは違い、綺麗な衣装を纏う周がいた。髪の色とは、真逆の純白のドレス。白い手袋。どこかのお嬢様が、パーティーから抜け出してきたかのような格好だ。
「やっと、来た。遅いわよ」
そういいながらも、彼女の顔は、笑顔だ。しかし、その笑顔は、学校での、貼り付けたような、わざとらしい笑みではなく、正真正銘の心からの笑顔。その笑顔は、俺の心を惹きつけるには十分の引力を放っていた。
「ごめん。でも、これ、プレゼントだよ」
そういって、俺は、ケースをだす。そして、
「目を瞑って」
目を瞑らせてから、そっと首に、ネックレスをかける。
「もういいよ」
「ええ」
そういって、目を開けた周は、少し目を丸くした。そして、問う。
「こんなに高そうなもの、良いの?」
「うん、だって、アマネのためのプレゼントだもん」
俺と周は、笑いあった。
そう、あの礼のときに見えたもの。薄紫に輝くもの。あれは、あのときの《紫水晶》のネックレスだ。
俺は、寮に戻ると、ベッドになだれ込むように、倒れた。記憶と過去と思い出が交錯して、混乱が強い。周とは、もう、何の関係も無い。俺は、あの頃の俺でなく、漣信也なのだから。
だから、俺は、あえて、紫色の腕輪をつける。俺が、漣信也である証として。過去を断ち切るために……。