69話:武神―一代目
俺は、ベレッタを抜いた。そして、発砲する。まっすぐ飛ぶそれは、相手を直撃する。なのに、苑也は、無傷だ。
「消えろ!」
苑也が攻撃を仕掛けてくる。その瞬間、俺は、苑也を取り巻く霧の中に、初老の男を見た気がした。あの男。見たことがある。
「チィッ」
俺は、苑也ではなく、その男に向かって撃つ。おそらく、アレが、苑也を取り巻く霧の正体。人間には、成し得ない業。
「グハッ」
男に当てた瞬間、苑也にもダメージが通る。
「この霧の正体に気がつくか。流石は、武神というべきか。戦いの勘は一級品じゃ」
苑也の口から、苑也とは別の声が発せられる。そしてこの声、聞き覚えがある。昔のことだ。小学一年生くらいの時。この男に、言われた。
「これだけは、心がけろ。忘れるな、Si Vis Pacem, Para Bellumだ」
俺の回想に合わせるかのように告げた。
「我は一代目《焉》。終わりを始めるための存在。二代目の仁藤、いや《神道》は、神を導く存在。そして、三代目こそ、終わらせる存在じゃ」
「なんだか良く分かんないけど、あの霧をぶち抜けばいいんでしょ」
相手が、まだ言葉を発しているにも関わらず、咲耶が告げる。そして、咲耶は、ワルサーを二丁とも構える。発砲。
「《千本桜》」
その掛け声とともに、全弾を撃ちつくす。藍もあわせて、全弾撃っていた。計、三十六発の弾が、霧を全て撃ち抜いた。
「セイッ」
姉さんがすかさず追撃。勢い良く拳が、苑也の体に打ち込まれる。しかし、苑也には効いていない。そして、苑也の周りの霧が、身体を貫く。実体があるかのように、貫かれたところから血が噴出す。
「止まりなさい」
お嬢様と緋色の髪の晴香先輩が、姉さんと藍を回復させる。だが、有効範囲が遠すぎて、一番遠くに居た咲耶は、回復を受けられていない。しかし、咲耶は、無事だった。気がつけば、咲耶は、《桜色》の髪になっていて、自分に来たダメージを全て回復している。
「驚いた。朱光鶴希狂榧之神の子孫か。それも血を色濃く引いた」
初老の男は驚いている。隙が生まれた。そして、感じる。この声は、間違いない。俺は、駆けていた。男に向かって。牽制にベレッタで撃つ。しかし、隙をついた攻撃にも関わらず、霧が勝手に防ぐ。だが、それでいい。奴が、こちらを向く、そのときを狙っていた。すでに俺の手にベレッタはない。弾切れのベレッタを奴に向かって投げつけたのだ。それも、霧が防ぎきる。それでも問題がない。なぜなら、俺には、もう一つ武器があるからだ。
「ふ、素手で我に挑むとは無謀な」
男は完全に油断している。俺に武器はないと。だが、ある。俺は、その名を叫ぶ。
「《琥珀白狐》ぉお!」
俺の手に現れたのは、淡く発光する、琥珀色の刀身を持つ刀。《琥珀白狐》。
「《椛咲乱》」
《藍那流》。それは、古来より、鬼を退治する剣として扱われてきた。しかし、平安のときより、鬼は使役するものとなり、出番がなくなる。その剣を《忍》が買い、暗殺の剣なった。それを琥珀が教えてくれた。つまり、この《藍那流》の根底には、人を切らず、憑き物を殺すための剣。だから、切れる。
「消えろ、幽霊!」
俺は、霧ごと、初老の男を切り裂いた。無論、苑也は、無傷だ。




