5話:紫
翌朝、学校が、本格的に始まる。と言っても、本日は、学校案内だけで、一日消費するらしい。どんなところかきちんと見ておかないといけない。柱、遮蔽物、監視カメラの位置、光の入り込み具合など。見るところはたくさんある。そんなことを考えながら、俺は、登校する。
教室に行くと、すでに、ヘッドホンの少女と他に幾人かのクラスメイトが居た。ヘッドホンの少女は、音楽を聴いているため、俺は、鞄を机にかけて、寝ることにした。しばらくの安眠の後、俺は、数日前の再現(つまり、は、爆音による、強制目覚ましである)を喰らった。そうして、安眠を妨害された俺は、なくなく、目を覚ます。すると、犯人は、淡々と一言。
「オハヨ」
そういって再び音楽鑑賞に戻る。と言うか、その一言のために、俺の安眠は妨害されたのか。だが、なぜかいらつきや不満よりも、和やかさが上回った。
それからしばらく、イメージトレーニングをして、時間をつぶしていたが、ある足音で、中止する。イメージトレーニング中の鋭敏な感覚だからこそ、誰か分かった。周と藍だ。足音、と言うか、歩き方。歩幅、ペース。それを考慮したうえで、誰かを考える。《PP》の訓練のひとつで、当てる方と、わざと歩幅を変えて当てられないようにする方を体験する。ちなみに、俺は得意で、咲耶も匡子先輩も苦手だったのは性格故だろう。咲耶も匡子先輩も単純なのだ。他の人の真似をすると、簡単に引っかかってくれた。まあ、それも最初の方だけで、最近は、なかなか当たるようになっていた気がする。慣れてきたのだろう。
予想通り、二人が入ってくる。手には、紫に煌くブレスレット。この学園は、装飾品は、ピアスのみ禁止しているため、ネックレス、ブレスレットなどは許可されている。だからつけていても不思議には思わないのだが、なぜか、もうひとつブレスレットを持っている。つけているのではなく持っている。藍、周、手に持っている一つの合計三つ。何故、ブレスレットが三つもあるのだろうか?
「あっ、信也さん。おはよう」
「えっと。漣くん。おはようございます」
俺が見ていたのに気がついたのか、二人は、俺に挨拶をしてきた。周のそれは、間違いなく、他人行儀の笑顔で。俺は、少し、違和感を覚えながら、挨拶を返す。
「おはよう、高野さん。あま……如月さん」
危うく、周と呼びそうになってしまって、ごまかしついでに、如月と呼んだ。もう、癖になっているせいだ。やはり、これからも気をつけないといけないな。
「あの、その、これ、漣くんが選ぶのを手伝ってくださったんですよね」
ブレスレットを指しながら、小さな声で、呟く。
「え、まあ。そうだけど……」
「ありがとうございました。これ、気に入りましたから」
そういって、礼をした瞬間に首筋から垂れ落ちるように現れた薄紫に輝くものを俺は、多分、忘れられない。
「それで、これ、プレゼント、何ですが……」
そういって、俺に、ブレスレットを差し出す。つまり、それは、そのブレスレットを俺にくれると言うことだろう。しかし、紫色のそれは、先ほど見えた、薄紫に輝くものを、鮮烈に思い出させ、受け取るのを躊躇わせる。
「あの、やはり、わたし達とおそろいと言うのは、」
「いや、別にそういうわけじゃないよ」
そういって、受け取って腕につける。その紫は、俺の心を映し出すかのようだった。深い深い紫色。鈍よりと暗い。俺の心の奥にある、過去と今との葛藤。
俺は、その放課後、《PP》に居た。射撃訓練。数日やっていないだけで、感覚が鈍るから、定期的な訓練は必要不可欠だ。
「あら、戻って来ていたのね」
ひとしきり銃を撃ち終えたところで、咲耶が声をかけてきた。ちなみに、射撃の結果は、百発百中。
「相変わらずの腕のようね。って、ん?その腕輪は……」
今朝、周と藍から貰った腕輪が目に入ったようだ。普段装飾品の類をつけない俺にしては珍しいので、すぐに、違和感を覚えたようだ。
「貰い物だよ」
「へぇ~、彼女ですか…。早速、いちゃつくなんていい気なものね」
皮肉ったらしく、彼女は、言った。しかし、俺は、いたって冷たく返した。
「彼女なんて良いものじゃない。あれは、過去だよ」
「……過去?」
何かを言いたげな咲耶を視界に捉えつつ、俺は、《PP》を出た。
俺と周は、小学校の頃に出会った。だが、それだけではなかったのだ。そう、時は、数年ほど遡る。