60話:琥珀―神と《焉》
俺は、ベランダで星を眺めていた。すると、また、猫の声がする。
「琥珀か。何しに来たんだ?」
返ってこないと分かっていても、つい、問う。
「ちょっと、な」
しかし、返事が来た。俺は、目を丸くして、琥珀のほうを見る。ただの白猫。いや、違う。何だ、この気配は。まるで、人ならざるもの。人や動物を相手にしているのではない感覚。化け物。そう、化け物を相手にした感じ。
「言っておくが小童。儂は化生の類ではないぞ」
けしょう……?化け物と言う意味の言葉だろうか。化け物ではないと言いたいのか。
「儂は神仏の類じゃ。と言っても、寺院や社に祭られておるのと違って、化生に近い存在じゃがの」
神仏、つまりは神や仏の類。そんな荒唐無稽の話を信じられるか。いや、信じられん。絶対にスピーカーがついているに決まっている。まあ、適当に流すか。そういって、琥珀の話に耳を傾ける。
「憑くも神と言うものを知っておるか」
かなり有名なお化けの一種だったと思う。確か、人間が執着や愛着を抱いているものが、その思念を溜め込み、生まれる。そのくらいの知識しかない。
「儂もその一種での……」
「憑くも神ってのは、猫なのか」
「これは、仮の姿の仮の姿じゃ。憑くも神は元来、物じゃからの」
仮の姿の仮の姿?まあ、所詮は悪戯の類だ。発言をいちいち気にしていたらキリがない。
「じゃあ、元の物は何なんだ?」
「普通の人間が知っておる類の物ではない刀じゃよ」
刀というのは、通常の刀じゃないのだろうか。普通の人間が知っているものじゃないというのが引っかかる。そう考えてから、何を真剣に悩んでいるんだと思った。与太話を一々信じてどうする。
「《琥珀白狐》。などと銘がついておった」
《琥珀白狐》、だと。《緋王朱雀》、《蒼王孔雀》、《琥珀白狐》の三刀。俺が所持するのが《緋王朱雀》。そして、この猫が、《琥珀白狐》だと言う。いや、流石にそれはないだろう。しかし、あの《緋王朱雀》は、《PP》が預かっているもので、元は、《天月神社》と言う神社で祭られていたものらしい。かなり古い物で、神聖な力が宿っていると言う話も聞いた。流石にそれは誇張で、信じてはいなかった。しかし、こいつが、本当に《琥珀白狐》だと言うのなら、それも真実味を帯びる。しかし、急に胡散臭い話が、真面目な話に変わったな。仕方なく、俺は、部屋から、《緋王朱雀》を持ち出す。
「《琥珀白狐》って事は、こいつを知ってんだろ」
「む……?!そいつは、《緋王朱雀》か。では、貴様、《緋王》か」
「《緋王》……?」
何だそれは。《緋》王という言葉。緋の王。
「小童、自覚はないのか。ふむ、じゃが、しかし、お前さんが、晴香と居った時によう寝ておったのは、それが理由のようじゃの」
どういうことだ。晴香先輩と一緒にいたときに眠くなったのには、何らかの理由があるのか。
「晴香は、生まれつきの特異体質じゃ。感情が高ぶると《緋髪緋眼》になってしまう。それ故に、《緋姫》と呼ばれておる」
《緋姫》?先ほどの《緋王》に対応するような名称。
「《緋姫》は、朱光つ……いや、言っても分からんか。まあ、三神のうちの一人の子孫なんじゃ」
三神というのが何かは分からないが、とりあえず、凄いという認識でいいのだろうか。
「三神は、簡単に言えば、凄い神様じゃ。儂等は、その一人一人に送られた、いわば、神のための刀なのだ」
自慢か。しかし、その神様とやらが本当にいるとして、その子孫が晴香先輩。あの人は神様の子孫なのか。なんだか、ありえない話だな。しかし、《琥珀白狐》と言う存在がある。半信半疑。まさにそんな状況だ。
「まあ、最も、晴香のような人間は珍しくもないがのう。佐野以外となると、希咲や篠宮、東雲、姫野などかの。まあ、朱光鶴の直系じゃったら朱野宮が最も有名じゃがの」
いくつか知っている名前があり、驚く。
「まあ、この地に現存する神の子孫は、朱光鶴の子孫じゃからの。この学園には、《血》を色濃く引いたものも幾人かいたのう。晴香を含めて五人ほど。しかし、四人は、儂も顔を見たのじゃが、如何せん、もう一人が分からんのじゃ」
五人。おそらく、俺は、全員を知っている。あの苗字から、連想し、出たのが五人。姫野咲耶、朱野宮静刃、佐野晴香。あと二人も、知っている。
「おっと、話がそれたのう。それで、小童の眠気の原因じゃが、朱光鶴の子孫は、特殊な力を継ぐのじゃ。主に、回復を司る力を。《緋王》と《緋姫》は共鳴しあう。じゃから晴香の無意識の力がお主に強くかかって、眠気を呼んだのじゃろう」
俺は、この話を聞いて、一つ思い出した。お嬢様の護衛を勤めていたときだ。爆弾の直撃を喰らっていたのに、全治一日もかからない。アレは、もしかすると、お嬢様が、その力を使ってくれたおかげではないのだろうか。その話を琥珀にもしてみる。
「ふむ、それは、おそらく、その力じゃろ」
しかし、晴香先輩は自覚がないようだが、お嬢様は自分の意志で発動できると言うことか。同じ子孫でも自覚があるのとないのがいるのかもしれない。
「まあ、朱野宮は、朱光鶴の血を代々引き継いでおるからの。自由に使えるじゃろう」
そうなのか。今度お嬢様に確認してみよう。失礼なのは、承知しているが、気になる。
「どうじゃ」
「現実味がない上に、唐突過ぎて訳が分からない」
「まあ、それがまともな感想じゃろうな。《緋王》よ。まあ、いずれ関わることになるかも知れんから、今のうちに言っておく」
琥珀は、真剣な目をする。まあ、あまり変わっていない様に見えるが雰囲気がそうなっているという比喩表現である。
「《焉》には気をつけよ。奴が、この世の《終焉》じゃ」
終焉。どういう意味かは分からないが、気をつけろというのなら、気をつけよう。しかし、最初は、まったく信じていなかったはずなのに、いつの間にか信じていたな。
琥珀は、それだけ言うと器用にベランダを伝い、晴香先輩の部屋に戻っていく。俺は、部屋に戻り、先ほどの、ありえない話を整理する。まずは、お嬢様に確認を取って見るか。素早くメールを打つ。
『すみません、こんな時間に。一つ聞きたいことがありまして』
数分で返事が来る。
『いいよ~。信也君。何かな?』
『《朱野宮》と《朱光鶴》と言うものを知っていますか?』
俺は、いきなり踏み込んで聞く。
『どこでそれを知ったのかは知らないけど、それ以上を私の口から言うことは、出来ないかな。ゴメンネ』
やはり無理か。予想通りだ。そう思ったが、メールに続きがあるのに気づく。
『家の倉庫にいっぱい資料があるから、それが見れたら分かるかもしれないけどね……。不法侵入は犯罪だから、やっちゃダメだよ』
これは、今度遊びに来いと言うことだろうか。
『じゃあ、今度、遊びに行かせてくださいね』
俺は、メールを返信して、一息つく。後は、咲耶か。そういえば、あいつは、《桜色》の髪をしていた。それは、もしかすると、神の血が関わっているのではなかろうか。《焉》と言う、琥珀の忠告といい、これは、近いうちに、何かが起こるかも知れない。




