58話:黒猫―黒猫の誤解
翌朝、不意に目が覚める。背後には、人の気配。《PP》での習慣のせいで、背後を取られたら、即時対応をするようになっている。そして、振り返る。そこには、晴香先輩の姿があった。それも下着姿の。髪が濡れているので風呂上りなのだろう。思わず見入ってしまう。晴香先輩の顔は、羞恥心からか、見る見るうちに、朱色に染まる。そして、俺は、驚愕する。顔の朱色がそのまま移ったかのように、晴香先輩の髪の色が朱色になっていく。いや、朱色と言うよりは、緋色に近い。瞳の色もいつの間にか、深紅に染まっている。どうなっているんだ。その言葉よりも先に、晴香先輩の絶叫が室内に轟いた。
晴香先輩の絶叫は、廊下にまでは、届かなかったようで、誰も、気がついた様子はない。まあ、部屋の壁もドアも分厚いので、余程の大声でないと聞こえない。
「うぅ~」
先ほどから、晴香先輩は、布団に包まって唸っている。俺は、先ほどから謝っているのだが、聞いてもらえない。そんなことをしているうちに、今日も、始業時間を過ぎてしまった。そう考えてから気がつく。今日は、休みであることに。そうとなれば、別に気にする必要がなくなる。しかし、何をするにしても、晴香先輩の機嫌を直すのが先である。
「みゃあ」
いつの間にか、いつもの白猫が、部屋にいた。いつ入ってきたのだろうか。晴香先輩は、布団を取り、猫に向かう。どうやら機嫌が直ったようだ。
「琥珀ぅ~」
どうやら、猫は「琥珀」と言う名前のようだ。猫相手にじゃれあっている晴香先輩を見ながら、勝手に淹れたコーヒーを飲む。ちなみに、先輩の髪も瞳も戻っていた。布団を被っていたせいで分からなかったが、おそらく、かなり前に戻っていたのだと思われる。それにしても、よくよく考えると、昨日一日は、晴香先輩と共に過ごしたことになる。まあ、俺は寝ていて記憶にはないのだが。
「そうだ、信也くん。琥珀をちょっと抱いてくれる?」
そういって、猫を差し出してくる晴香先輩。俺は、仕方なく抱える。すると、晴香先輩が俺と腕を組むように腕を通して、自身のスマートフォンで写真を撮った。俺の顔がギリギリ入り、猫と晴香先輩がメインになるように撮られていた。まあ、おそらく、自分で猫を抱えると、写真が撮れないからということで、俺に抱かせたのだろう。
「これ、信也くんの方にも送っとこう」
そういって、メールに添付して、送ったようだ。俺のスマートフォンに着信が入る。そして、スマートフォンを俺からひったくると、勝手に、待ち受け画面に設定してしまう。俺は、設定の仕方を知らないので、変えることが出来ない。まあ、誰が見るわけでもないし、いいだろう。
俺は、一日ぶりに、部屋に戻った。ずいぶんと長い時間を晴香先輩と過ごした。もう、昼を過ぎていて、流石にお腹が空いた。よく考えると、昨日は、何も食べていない気がする。そう思うと、余計にお腹が減る。
昼を食べようにも、冷蔵庫に何も入っていないことに気づいた。俺は、外に食べに行くことにした。そして、カフェまで来た。カフェは、満席で、座る場所がない。ふと、目をやると、周が一人で座っていた。どうやら、待ち合わせとかではないようだ。俺は、周と相席することにした。
「周、相席いいか?」
「あら、いいわよ」
俺は、席につくとアイスコーヒーを頼んだ。
「ところで、昨日は何で休んだの?」
周の質問が来た。何と説明すればいいだろうか。単純な理由は、寝ていたからだ。仕方ない、普通に言おう。
「寝てた」
周は、目を丸くする。そして、怪しむような目で俺を見る。
「あのね、昨日は、六時間授業よ。寝てたにしても、途中からくればよかったじゃない」
「いや、ずっと寝てたし」
これは事実だ。昨日は、少し起きていただけで、起きていた時間は、全部足しても三十分ほどだ。
「まあ、言いたくないならいいわよ」
周は、溜息をついて、レモンティーを飲む。そこに、アイスコーヒーがようやく届く。俺は、アイスコーヒーを飲もうとするも、スマートフォンが振動したため、中断する。メールのようだ。相手は、お嬢様。内容は、いつも通りだ。俺は、返信しようとするも、周がひったくる。
「お嬢様……。朱野宮先輩ね。……………?!」
呟いてから、しばらく、顔を驚愕に変える周。
「この、ロリコン」
そう、低い声で呟いてから、睨んで、出て行ってしまう。スマートフォンに表示されているのは、待ち受け画面。写っているのは、俺と晴香先輩と琥珀。ロリコンと言われた意味が分かった気がした。そして、俺は、周を追いかけるべく、カフェを出る。その際、周が払わなかったレモンティーの分も払わされた。




