56話:黒猫―大胆な黒猫
周の格好は、コートだった。それはいい。うん、それはいい。だが、部屋に入り、コートを脱いだ瞬間に、否、脱ごうとした瞬間に気がついた。こいつ、全裸だ。
「まて、脱ぐな」
俺は、コートを脱ごうとする周を止める。そもそも、何故、こいつは、全裸で人の部屋にやってきたのだろうか。その辺は、まったく分からないが、まあ、周の思考は、考えるだけ無駄だ。
「今から、服とって来るから、お前の部屋の鍵を貸せ」
「ほい」
簡単に貸してくれた。さて、こいつは、いったい何が目的だったのか。さっぱり分からないが、周の部屋に向かった。
周の部屋は、シンプルな雰囲気の普通の部屋だ。俺は、溜息交じりに、適当な服と下着を選び、袋に入れて、部屋に帰る。
俺の部屋では、周が本を読んでいた。きちんとコートを着ている。俺は、早速衣類を渡す。周は、俺が選んできた衣類を見ながら、頷き、それを着始める。俺は、思わず見入りそうになったが、慌てて、身体の向きを変えて、周のほうを見ないようにする。さて、なんだか、最近、周がおかしくなっているような気がする。いや、おかしいのは俺もか。
周が、着替えて去っていった。俺は、一息ついて、ベランダで、コーヒーを飲む。すると、「みゃあ」と言う声が聞こえた。そちらを見ると、また白猫だ。それも、また、晴香先輩の。この猫は、俺の部屋に何かを感じて、毎日訪れているのだろうか。いや、そんなわけないか。そして、猫を捕まえようとしたそのとき、猫は、俺をするりと避けて、部屋の中に侵入された。猫は、そのまま、俺のベッドの下に潜り込む。俺は、猫を追ってベッドの下を覗く。しかし、猫はいなくなっていた。
そして、猫は、いつの間にか、玄関のほうにいる。普通に移動したって無理な速度。この猫は、本当に猫だろうか。溜息交じりに、猫を抱え、六一○号室へ向かった。




