52話:黒猫―猫の性質
周と、樹から降り、俺は、自室に戻った。さて、姉さんの尻拭いは済んだ。まったく、姉さんも、あの気ままさは猫だと思えるが、うちに眠っている力は、まるで怪物。そう、強いて言うなら化け猫だ。それに比べて、周は、一見猫に見えるが、実は、猫を被っているだけ。しかし、その中身さえも猫。そう、黒猫の皮を被った白猫と言ったところか。さて、あの猫は、ひとまず置いておくとして、俺は、仕事に集中しよう。
翌日、学園で、常に周に見られている気がする。
「姉さん、それ、チョークです。食べないでください」
姉さんを注意しているときも、周の視線を感じてつらい。いや、怖い。そして、チョークを食べようとする姉さんも怖い。
「咲耶、お前、授業中に寝てんじゃねぇよ」
咲耶を注意しているときも、周の視線を感じる。殺意の籠もったような、そんな視線だ。
「藍、お前、今日は訓練か」
藍と会話しているときすら、周の視線を感じる。かなり怖いのだが、言ったところで止めないので、放置するとしよう。
今日一日は、かなり疲労した。ずっと視線を感じて、落ち着かなかった。俺は、ベッドに倒れこむように寝転んだ。そして、睡魔という難敵に闘わずして敗北。制服を着たままだというのに。
深夜、三時くらいだろう。ふと、目を覚ました。いつの間にか、俺は、制服から、寝巻きのシャツとズボンの姿に変わっていた。何がどうなっているのだろうか。制服は、きちんとハンガーにかけられ、ベッド横に投げ捨てたバッグは、いつの間にか、机の上に置いてある。ホルスターは、鞄の上にそっと置かれている。誰が、このようなことをしたのだろう。そして、隣に目をやると、そこにいたのは、周だった。俺が起きたせいで、布団がめくれ、彼女は、猫のように丸まっている。何故、周が、こんなことをしたのかは分からないが、まあいいか。そういって、俺は、周に布団をかけて、毛布を持って、ソファへ向かう。そして、ソファで熟睡した。
朝、起きると、まだベッドで、周が熟睡していた。俺は、溜息ついて、台所に行き、コーヒーを二人分用意する。コーヒーを入れてからしばらくして、周を起こしにいく。周は、性格通りというか、見たままというか、猫舌なのだ。だから、しばらく、冷ましていた。
「おい、周」
そこまで言って、気がつく。布団から、何か布がはみ出している。周が少し寝返りをうつと、布団が引きずられ、布が姿を現す。確かに、昨日(いや、正確には今日の数時間前だが)、周が着ていた寝巻きだ。それと、下着類。そして、思い出す。周は、暑がりなのだ。寒いのは嫌いなくせに、暑いのも苦手なのだ。昨日、布団を掛けてやらなければ良かったという後悔が生まれる。おそらく、布団を掛けられた事で暑くなり、服を脱いだのだろう。嗚呼、この光景を他人が見たら、どう思うだろうか。とりあえず、停学、いや、退学だろう。そして、周が寝返りをうつ。布団がはだけ、全てが顕わになる。これは、まずい。全て見えてしまっている。見ようとしないよう心がけるが、気になってしまう。男としての本能というべきか。咲耶や加奈穂なんかは、一緒だった時間が長く、いろいろ知っているため、気にはならない。しかし、周は、長くいたのに、分からないことだらけの、そのミステリアスな部分が、余計、気になる。ダメだと分かっていても、目が行ってしまう。
そして、目が合った。今起きたのだろう。丁度、目が合ってしまった。
「……や?」
今の俺の名前を呼んだのか。はたまた前の名前を呼んだのか。それともまったく別のことだったのか。しかし、寝ぼけているようで、寝ぼけ眼で、まったく、前を隠さず、手の甲で目をこすっている。こんなところまで猫っぽい。
そして、周は、今の自分の状況に気がつき、数刻の沈黙。その数刻が、何時間にも感じられた。そして、周は、赤面すると、布団を大きく被り、全身を覆う。
「部屋から、出て行け」
低く暗くおぞましい殺気の籠もった声で、言われた。俺は、自分の部屋なのにという言葉を胸の奥にしまいこんで、出て行った。




