51話:黒猫―気まぐれ
俺は、《死の結晶》のメンバーとの交戦の翌日、周に呼び出されていた。
「ねえ、信也。いや、」
彼女は、俺の名前を呼んでいる。姉さんも厄介なことをしてくれたものだ。
「説明しなさい」
睨む目と鮮やかな黒髪が黒猫を連想させる少女。俺は、やれやれと言う様に肩をすくめて、確認を取る。
「加奈穂も読んで良いか。説明は、まとめてやった方が楽だ」
「いいわよ」
まるで舌打ちするかのような苛立ちを表に出しながら、許可をくれた。これで、加奈穂の前だから少しは猫を被ってくれるだろう。安心しながら、加奈穂を呼び出す。
数分もしないうちに加奈穂が駆け付けた。そして、俺は、告げる。
「仕方ない。説明するよ。俺が、誰であって、今何をしているのか」
二人は、静かに息をのむ。
「俺は、小学六年の春休み、ある男に会った。そして、家は焼け、住む場所も失った。俺は、ある組織に入ることで、俺と同じ様な犠牲者を出さないように活動することを決めた。いや、あるいは、それが復讐だったのかもしれないな。あのときの俺に対する」
二人は、俺をじっくりと見て、話を続けるように促す。俺は、答えるように、続きを話す。
「そして、俺は、組織でも有数の腕利きとなった。そして、常に組織にいるのではなく、普通に過ごすことも許された。だから、この学園に、警備の名目で入ったんだ。以上が、事のあらましだよ」
数刻の沈黙の後、周が口を開いた。
「その、ある組織って、犯罪組織ではないわよね」
「ああ、むしろ逆だな」
《PP》の名は、一応、機密事項なので、告げていない。
「じゃあ、姫野さんは、その組織の人なの?知り合いっぽかったけど、わたしも如月さんも知らないなら、その組織で知り合ったとしか思えないんだけど」
加奈穂が、そんな疑問を口にした。周も確かにその通りだと言う様に頷いていた。
「まあな、俺の同期で、好敵手みたいなものだよ」
「そ、そうなの?」
加奈穂は、好敵手とかがある組織ってどんな組織なのだろうか、という想像をしているようだ。一方、周は、静かに口を開く。
「じゃあ、藍も、あの子も、その組織の人間、なの」
少し聞き辛そうに、そう言った。おそらく、一時期学園に来ていなかったことがあったので、そういった組織関係の何かがあったのではないか、という結論に至ったようだ。
「今は、そうだな」
今は、藍と姉さんは、一時的保護対象として、《PP》に監視されている状態で、《PP》の人間として活動している。
「今は?じゃあ、昔は」
俺は、周の唇に人差し指を当てる。静かにしろと言う意味だ。
「そう、まあ、深くは聞かないわ」
まるで猫のように、飄々と態度を変え、自由気侭にこの場を去っていく。相変わらずだ。あの猫は。
加奈穂を、寮に帰すと、俺は、一息つきに、屋上へと来ていた。ここは、風が心地がよく、結構訪れている。ふと、下を見下ろすと、周の姿が目に入った。周がいるのは、何故か樹の上。それに大きな樹で、寮の屋上より少し低いくらいの大きさだ。周がいるのは、樹の中腹。俺は、興味本位から、屋上から、樹に乗り移り、つたって降りていく。
しばらくすると、周の元へたどり着いた。
「アンタ、どこから来たのよ」
「屋上から、降りてきた」
周の腕には、可愛らしい白猫が抱えられていた。こいつは、おそらく、猫を助けるために登って、降りられなくなったのだろう。昔も、こんなことがあったな。確か、周の誕生日より、少し前。あの時は、三毛猫を助けるために、空き家の屋根に上ったのだったか。あの時も、俺が、後から助けに行ったのだ。
「まったく、全然変わってねぇな」
「悪かったわね」
そして、俺は、周の腰に手を回し、抱えるようにして、一緒に樹を降りる。まったく、手のかかる猫だ。




