3話:ヘッドホン
学園長、理事長、その他来賓のものすごく長い話は、俺の睡眠時間となった。警戒しなくてはならない、派遣されてきた《PP》の人間が、居眠りしていていいのか。そんな風に思われるかもしれないが、あんな奴らがどうなろうと、俺には、関係ない。そんな冷たい台詞が吐けたらいいものだが、残念ながら違う。第一、この学校は、かなりの金持ちが居る。だが、それ故に、入学式などは、ボディガードが多いため、襲う莫迦はいない。だから、貴重な睡眠をたっぷりとったのだ。入り口をはじめ、至る所にボディガードが潜んでいる。学園が雇った思われる用心棒も居るし、部外者(親を含め)には、ボディチェックを三度受けてもらっているし、荷物チェック、車体チェックなど、厳重に危険物、危険人物の確認を行っているのだ。まず、変なことは起こらないはず。
そうして、無事に入学式を終えた俺は、自らの配属クラスを知り、教室へ向かった。一年三組らしい。
この学園は、クラスが、一から六まで分かれている。一クラス、約三十人。つまりは、一年生だけで、百八十人近くの人間がここに居る。その中の、男女比率は、三対七だ。七が女であるのには、理由がある。ここはもともと女学園であったからだ。しかし、少子化により、年々、人数が減った上に、男女平等に、などという風潮から、とうとう、数年前に、男女共学になった。しかし、もともと女学園だっただけに、男子は、あまりいない。
教室に入ると、見知った顔が少なからずあった。同じ階の住人達だ。入り口のところに座席表があって、一瞬見たが、後ろからの声に振り向いたため、あまり確認できなかった。
「ん?おっ!信也じゃん」
「賢斗か」
俺は、余計に睡眠を取ったために、眠気が多大に残っている。そのためか、少しばかりぼんやりしている。いつもなら、気配だけで、賢斗だと気づいていたに違いない。
「信也の席はそこだぜ」
賢斗は、にやりと笑いながら、席を教えてくれた。俺は、賢斗の言う、俺の席とやらに、座ろうかと考えて、一瞬目に入った座席表を思い出した。そして、俺は、そこに座ると見せかけて、その隣の席に座った。そう、賢斗の教えてくれた席は、嘘だ。まあ、あのにやけた顔を見れば、嘘だとすぐに分かるのだが。
「チッ。気づいていたのかよ…」
「それは、気がつくだろ」
そういいながら、鞄を机にかけて、再び睡眠体制に入ろうとする。しかし、その体制は、言葉によって、停止させられる。
「あ、信也さん。同じクラスだったのですね。よろしくお願いします」
「ん?高野さん。こちらこそよろしく」
無難に、返答しながら、顔を上げると、その藍の横に、笑顔の周が居た。相変わらずの屈託のない笑顔に思わず、背筋がぞっとした。怒ったほうの顔で慣れている俺としては、些か、慣れない。むしろ、知っている人が、他人のように見える、なんとも言い表せない感覚に襲われ、奇妙な感覚に、脳が一時的に麻痺した。
「同じ階の人ですよね。よろしくお願いします」
まるで、音符のつきそうな、弾みのある声は、更にぞっとした。それは、藍も同じだったらしい。
「あまねちゃん。いつもみたいでいいのに……」
「いつもこのような感じじゃないかしら?」
そう、無自覚なのが余計に厄介だ。俺や藍は、しばらくは、ぞっとするような日々が続くに違いない。周が早く、このクラスに慣れてくれることを祈る。
周が席に向かっていくのをみながら、俺は暫し呆けていた。すると、後ろの席に座った藍が、俺に、周のことを説明する。
「いつもは、もっと怒り顔なんですけど……」
「へぇ、そうか」
俺は、一応、知らないふりをした。本当に、あの、猫かぶりは、止めた方がいいと思う。
しばらくして、いつの間にか姿を消していた賢斗が現れた。
「よう、信也。いいよな、お前の席」
「何がいいんだ?」
別に、黒板が見えやすくも見えにくくもない。窓側でも廊下側でもない。いたって普通の席。
「お前なぁ。本当に良い席じゃねぇか。周りは、女子しかいないんだぜ?なんで、お前だけ……」
この席割りは、どうやら、出席番号の順番でも、名前の順番でも、成績の順番でもないらしい。まさにランダム。周りは、藍をはじめ、右横も前も斜め後ろも斜め前もすべて女子だ。しかし、左横だけは未だに来ていない為、不明だ。
「左って誰なんだ?」
「知らないが、女子なんじゃないのか。お前、ここまで来て、女子じゃないわけないだろ」
何を根拠にコイツは、そんな話をしているのだろうか。まあ、誰だろうと、害がなければ良いだろう。
結論から言えば、賢斗の言うことは正解だった。そして、害はあった。本当にうるさい。本人がうるさいわけではない。そして、他の人に迷惑をかけているわけではない。俺にだけ、的確に、迷惑をかけてくるのだ。それが、誰かというと、例の、名前も分からない、ヘッドホンの少女だ。今思ったのだが、ヘッドホンなのか、ヘッドフォンなのか。いままで、ヘッドホンで通してきたが、どちらが正しいのだろうか。そんなことはどうでも良い。俺にかける迷惑というのは、強制的にヘッドホンを装着させてくることだ。何がしたいのかは分からないが、俺が避けようとしても、動きを抑えて、つけてくる。払うことも可能だが、これからの人間関係及び、女子に手を上げるという事実を作ってはならないため、できない。よって、ものすごく害になるのだ。そもそも、この少女の名前は不明、何故俺にヘッドホン(もう、ヘッドホンで統一しよう)をつけてくるのかも不明。謎多き少女の存在に、行動で、謎は深まるばかりである。
彼女の目的が何であれ、ヘッドホンは我慢することにした。だが、気になるのは、その様子を、失笑する藍である。ちなみに、昔、咲耶に教えてもらったのだが、失笑は、こらえきれず笑ってしまうと言う意味らしい。つまり、藍は、笑わないようにこらえているのだが、こらえきれず笑っているのである。と言うか、見ていないで、止めてほしいものだ。そんな顔で、彼女を見たためか、彼女は、にこやかな顔で、こういった。
「止めないよ、面白いから」
何が面白いのやら。俺はまったく面白くない。しかし、諦めも感じなので、俺は、逆に流れている曲を聴くことにした。
流れている曲。最近の流行なのかもしれないが、まったく理解できない。そもそも、俺は、基本的に《PP》で育ったため、音楽を全く知らない。いや、匡子先輩のように、音楽を聞く人も居たため、《PP》全員が、音楽などの娯楽に疎いわけではないのだが。
「なぁ、この曲何なんだ?」
俺が、少女に聞くなり、少女は、鞄から、あるCDを俺に渡す。そこに書かれていたのは、《アニメソング集バージョン7》。なぜか、ヘッドホンをしたアニメキャラらしき絵の描かれたものだ。
「神曲いっぱい。良曲も多い。聞く価値はあるよ」
それだけ言うと、少女は、自前のもうひとつのヘッドホンをだして、装着する。なぜか、たびたび、クラスメイトの視線を集めるが、それは、おそらく、そろって、ヘッドホンをつけている二人の関係性とやらを探っているのだろう。何もないのに、ご苦労なこった。
そして、数十分ほど、ヘッドホンと共に、教室待機をしていたが、俺は、曲を聴きながらも、おそらく教師だと思われる足音が聞こえ、素早く、ヘッドホンをはずした。隣の少女のもはずして、少女のバックに突っ込む。少女は、少し不思議そうに首をかしげながら、再びバックの中から、ヘッドホンを取り出そうとした。だが、それと同時に、教師が扉を開け入ってくる。少女は、ヘッドホンを諦め、前を向いた。
この学校の校則上、別段禁止はされていないが、なるべくヘッドホンをしていないほうが印象が良いのは当然だろう。ちなみに、校則で禁止されていない理由は、音楽が脳に与える良い影響や将来音楽家になる人が居るからということらしい。
少女は、小声で、俺に、言う。
「アリガト、助かった」
お礼は、誰に言われても、嬉しいものだ。