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Si Vis Pacem, Para Bellum  作者: 黒桃姫
学園編
4/73

2話:寮内観察

 入寮式。それは、恐ろしく簡単なものだった。式ともいえない。校門のところで、簡単な身分証明を確認したあと、入寮証明書を個人で受け取るだけ。そして、受け取れば、もう、そこは、受け取った人の部屋となる。俺が受け取った(割り当てられた)部屋は四○一号室。地図によると、四階の一番中央の部屋だ。コレは、案外好都合かもしれない。地図を見る限り、中央にはエレベーターと階段があるし、非常階段は右奥と左奥の二箇所。つまりは、緊急時に、避難誘導をしやすく、また、どちらで事件、事故が起こっても対応できる。また、この寮は、九階建て。丁度半分くらいの階で上下の階にも移動しやすい。警戒にもってこいだ。


 まず、寮に足を踏み入れる。一階は、エントランスフロアで、寮母さんの部屋以外は、簡単な売店(まだ、開店していない)などが在るのみ。変わったものは、特になかった。入り口を入って正面には、中央エレベーターがある。とりあえずは、自分の部屋を見に行くか。


 そうして、入寮を終えた俺は、少ない荷物を備え付けの棚にしまい、整備を終えたベレッタ(相棒)を持って、寮内の見回りに出た。地図で見るのと、実際に行くのとでは、結構様子が違うのだ。例えば、観賞用植物や柱、荷物など、実際に行かなければ分からないものがある。これらは、侵入者が隠れる場所になるし、死角にもなる。そう言ったことを考えると、死角を減らすためには、一通り回ることが必要となってくるのだ。


 とりあえず、俺は、周りの部屋の住人を知っていた方が有利になると考え、四○二号室を訪ねてみることにした。

「すみません。隣の者ですけど」

数回ほどノックして、出てきたのは、気怠そうにして、ヘッドホンを首に下げた、少女(!?)だった。ここは、男女兼用の寮だとは聞いていたが、流石に部屋並びか、階数くらい分かれているものだとばかり思っていた。

「なんすか~。なんか用?」

「あっ、いや、別に。隣人に挨拶くらいしておこうかと」

「挨拶ぅ~?ふぁあ。そう」

欠伸交じりに、ドアを閉めてしまった。名前すら聞いてないんだが。まあいいか。とりあえずは、害はなさそうだ。


 次の部屋は、向かい隣の部屋。

「すみません」

数回ほどノックすると、髪がボサボサに伸びた少年だった。

「えっと、誰?」

「あっ、俺は、向かい隣に住むことになった、漣信也だ。挨拶ぐらいしておこうと思ってな」

俺が、ことの趣旨を伝えると、肩を落とし気味に小声で呟く。

「どうせ、挨拶に来るなら、菓子かなんかでももってこいよ。つーか、男とかどうでもいいんだよな。男より女だ」

全て聞こえているのだが、どうしたものか。まったく、こういうとき、対人関係について、まったく教えがない、《PP》にいたことを後悔するというか。

「悪いな、こっち来たばっかりで、何も用意できなくてさ。今度、菓子持ってくるよ」

無難に返したが、相手の反応は、微妙だった。いや、むしろ、さらに呟きが増えた。

「聞いてたのかよ。しかも、そこは、聞かなかったことにして、スルーすべきところだろ」

などと、ブツブツ呟く。

「まあ、いいか。俺は、大島賢斗だ。賢斗でいいぜ。その代わり、俺は、お前を信也と呼ぶ」

「かまわない」

そんなやり取りをして、俺は、その場を後にした。


 その次の部屋は、四一○号室。エレベーターのある通路を挟んで向かい側だ。

「すみません」

数回のノックをしたが反応は、ない。留守か。そう思って、振り返ったら、エレベーターから出てきた少女と目が合った。

「わたしの部屋に何か用、ですか?」

どうやら、この部屋の家主のようだ。

「いや、別に、四○一に住むことになった漣信也だ。挨拶をしておこうと思って」

「あっ、ご丁寧にどうも。わたしは高野藍です」

別に丁寧ではなかったのだが。それはさておき、この高野という少女。目の色が違う。気のせいだろうか。先ほど、俺が、エレベーターから出てきた、この少女を見たときは、黒だったと思ったのだが、今は、《常盤》色だ。まあ、光の反射とか、そのようなものだろう。気にする意味はないか。特に害もなさそうだし。それとも、カラーコンタクトを即座にはめたとか?いや、逆か?即座に取った方が考えられる。自分の目にコンプレックスを持っているから、黒色のカラーコンタクトしているみたいな感じか?そんなことを考えていたから、少し反応が遅れた。

「信也さんは、この階の皆さんに挨拶しているのですか?」

「え?……ああ、と言っても、まだ、君で三人目だけどな」

ヘッドホンを首に下げた少女と賢斗だけだ。あとは、姿も名前も知らない。

「あの、わたしの友達もこの階らしいんですけど会えていないんです」

友人も同じ階というのは、かなりの低確率だ。すごい偶然というものだな。

「も、もし、如月周と言う娘にあったら、四一○に、藍が居ると伝えて頂けませんか」

別に、構わない話だ。見回る上では、誰が、誰と一緒に居る可能性がある。ということは、知っておいたほうが、得になることがある。どのような人物かも、知っておかないとな。


 そう思ったのだが、ある一点が気になった。

「如月、周?」

「は、はい。そうですけど」

聞き覚えのある名前だ。どこで聞いたのかは思い出せない。暫し、考えると、ふと、頭の片隅で、黒い長髪の少女の姿が蘇る。齢は、十二くらいだろうか。懐かしい。そして、かつての俺の名前を呼ぶ、少女の姿を完全に思い出し、特定する。

「周もこの学園に入ったのか」

小声で呟いた。だが、それは、藍の耳にも入ってしまったようで。

「あまねちゃんをご存知で?」

「いや、別に。じゃあ、もし会えたら、伝えておくよ」


 ここで、如月周と俺について、話しておこう。俺が、《PP》に入る前に通っていた小学校は、全六クラスあり、毎年クラス替えが行われる。すなわち、クラスメイトが満遍なくシャッフルされるのだ。しかし、そんな中でも、六年間一度もクラスが変わらなかった人も居た。それが、如月周。学校では、そこまで仲が良いわけではなかった。しかし、覚えられている可能性は少なくない。だから、会っても平気か、少し気がかりだ。知り合いであることを気づかせてはならない。かなり注意が必要だろう。


 その姿は、見てすぐに分かった。あの頃から、あまり変わっていない黒髪と、笑顔。

「はじめまして。四○一の漣です。一応、同じ階になったので、挨拶をしておこうと思いまして」

「あ、どうも。わたしは、如月周です。周という字であまねと読みます」

満面の笑みで、挨拶をされた。間違いない。彼女は、俺を覚えていない。それを今、確信した。

「貴女が、如月さんですか。四一○で、お友達に会いまして、会ったら、四一○に来るように、と言伝を預かっています。それでは」

「どうも、ありがとうございます」


 俺が、彼女が俺のことを覚えていないと確信した理由は、一つだ。昔、小学校の頃に、知ったことなのだが、周は、親しくない奴には、かなり猫を被る。普段の対応なら、男口調の上に、不機嫌なのだ。親しくなればなるほど、だんだん取り扱いが難しくなっていく、危険な人物だ。あの上っ面の自然な笑顔をまた見ることになるとは……。


 こうして、俺の、入寮、一日目の、見回りは、終わった。まあ、見回って、思ったことは、部屋は、男女の順番がまちまちということだ。女が隣同士になっていたり、女だらけの中に、一人男だったりと、バラバラ。これは、おそらく、入寮証明書を受け取った順番になっているのだろう。だからこそ、ここまでバラバラなのだ。まあ、部屋には鍵がついているし、仮にも金持ちばかりの学園だ。問題は起きないだろう。


 俺の入寮二日目は、けたたましい騒音によって始まった。突如耳元で、とびっきりの大音量の曲が聞こえてきたのだ。いったい何の音だろうかと、眼を無理やり覚ますと、目の前に昨日のヘッドホンの少女の顔があった。耳に違和感が生じたが、おそらく、ヘッドホンをつけられたのだろう。

「何だよ……」

「名前、聞いてなかった」

それだけのことで、俺に、爆音を聞かせたのかよ。と言うより、鍵を掛けたはずなのに、何故この部屋にいるのだろうか。次第に意識がはっきりしてきて、大変な事に気がつく。ベレッタ出しっぱなしだった。そう、昨日、整備して、机の上に置いていたはず。とっさに、視線で確認をすると、寸分違わぬ位置に置いてある。少女は触っていないようだ。

「さ、漣信也だ」

「そう、信也ね。よろしく。」

それだけ言うと、再びヘッドホンを自分に掛け、机の上には目もくれず、出て行ってしまった。結局、彼女の名前を俺はまだ知らない。


 明日は、入学式となる。そのためか、朝から少し慌ただしい。入学式の手順などは、今朝、ポストに投函されていた。内容は、ごく普通の入学式。どうせ長い校長や来賓の話があるに違いない。俺としては、本当にどうでもいいことこの上ない。第一、あんな話は、無駄だと思う。ただの一人として、その日の午後まで覚えている奴など居ないだろう。そんな風に思いながら、俺は帯銃をして、部屋を出た。


 数歩ほど歩くと、隣の四一○から、少し不機嫌そうな顔で、周が出てくるのが見えた。周は、俺を見るなり、にこやかな顔に変え、早々と帰っていった。それを追うように、藍も出てきたが、周が行ってしまった事を確認するなり、少しうつむき加減になって、俺に話しかけてきた。

「あの、あまねちゃん見ませんでした?」

「あ、ああ、周なら、向こうに…」

そこまで言って、無意識だったためか、思わず、いつものように周と呼んでしまったことに気がついた。

「あら?そうですか…。向こうに。まったく、あまねちゃんったら」

その後も、「昔話が」とか「紫水晶」とか呟いて、部屋に戻ってしまった。何だったのだろうか。まあ、周と呼んだことに気づかれなかったのは幸いだろう。


 さて、少し、外の様子も見ようかと、寮の外へ出てみた。寮の外には、少し離れたところに校舎が見え、さらに離れたところに、校門が見える。その校門のところに人影が見えた気がした。

「何だ?」

少し気になり、校門へ向かう。時間は、九時。中途半端な時間だ。昼を買いに外に出るわけではないだろう(第一、学園内で十分に食事は取れる)。部活動などもまだ、始まっていない期間だし、生徒にしろ、教師にしろ、居るのはおかしい。


 校門には、銀縁の眼鏡をかけた、おそらく、この学園の教師と思わしき人物が居た。教師は、何をしているのか、校門の門柱に寄りかかり、外の方を見て、腕時計と見ると言う作業を繰り返している。当初は、待ち合わせかとも思ったが、どうやら違うらしい。何かを計っているみたいだ。

「何だ、少年。見世物ではないぞ」

教師は、俺を見るなり、そういって、去っていった。その際に、何か教師が言っていたのを、聞いた気がしたのは、気のせいだろう。

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