34話:S事件―開演の刻
少女は、一人、部屋で息をつく。少女の手には、携帯電話。携帯電話には、複数の写真が保存されている。撮影されているのは、一人の女性。
「朱野宮静刃。そして、漣信也か」
少女は、窓の縁に腰をかけ、コーヒーを飲みながら呟く。標的の女性の名と親友の想い人だった少年の今の名を。そして、電話をする。
「もしもし、《真海》さんですか」
『はいはい、何かしら《群青》』
電話の向こうの相手は、酒でも飲んでいるのか、明るい酔った声で返事をする。
「朱野宮の件ですけど、あの子が絡んできてますよ」
『あの子って、まさか』
少女の深刻な声のせいか、はたまた、《あの子》のせいか、返ってきた女性の声は、酔いも醒め、真剣な声だった。
「ええ、護衛についちゃってるみたいで。どうします?」
『まあ、問題ないわよ。《銀狼》が《鈍》ちゃん殺しちゃったみたいだけど。《銀狼》じゃ、あの子の足元にも及ばないわよ。何せ《影》の部下なんだから』
話の、《内容からすると影》の下に《銀狼》で、同じか下に《鈍》がいるらしい。少女は、その話を聞きながら、コーヒーを飲み終える。
「まあ、あの子は、貴女のアレですから」
『ええ、あの子は私の大事な子だもの』
そう言って電話が切れる。少女は、月の出た空を見上げながら、呟く。
「ねぇ、咲耶。私の大事な子。ともに生まれたのに、捨てられた私と、大事にされた貴女。どちらが良くて、どちらが悪かったのかしら」
そう言って、月へと手を伸ばす。届かない手は、やがて下りる。
「もうじき、演奏は始まる。さあ、見せてください、信也さん。貴方の力を」
その声は、虚空に消えていく。残ったのは、月明かりに反射する紫色の腕輪と夜に妖しく輝く《常盤》色の目だけだった。




