32話:S事件―学園生活
朝、俺は、静刃お嬢様(呼び方はこうするように匡子先輩に言われた)とともに、車に乗って移動していた。
「お嬢様、学園では、」
あまり教室から出ないようにと注意しようとしたところで、俺の唇に人差し指が添えられる。喋るなということだろうか。
「学園では、お嬢様と呼ばないでくださいね。静刃で結構ですよ」
「はぁ、それでは、静刃先輩と呼ばせていただきます。それでは、先輩、あまり教室から出ないようにしてくださいね」
改めて、注意事項を述べる。お嬢様は、少し嬉しそうに、「は~い」と返事をしたのだった。
屋敷と学園は、少し距離があり、朝、それなりに早く出たはずなのだが、気づけば、もう、授業が始まってしまっている。お嬢様と俺は、少し、急いで、教室へと向かった。無論、俺は、俺の教室ではなくお嬢様の教室だ。
お嬢様の教室の前に着いたので、俺は、お嬢様に声をかける。
「それでは、また、休み時間に会いましょう。いってらっしゃい、先輩」
「うん、いってきます信也さん」
とても美しい笑顔で、お嬢様は、教室へ入っていった。お嬢様が教室に入った直後、教室からは、大きな声が響いた。
その休み時間。様々なクラスから、男子達がやって来た。一二三学年のほかにも教員なども集まっているところからして、流石は、《響乃四大美女》と言うところか。そんな中、お嬢様はというと、キョロキョロと辺りを見回して、俺の姿を見つけたようだ。
「あ、信也さん。丁度、休み時間なので、一緒にお茶しませんか」
などと、《天使の微笑み》を向けてくる。当然、集まった男子達は一斉に俺を見るわけで、どうにもいたたまれなくなった俺は、教室に入り、お嬢様のお茶を頂戴することにした。
「しかし、先輩。凄い人気ですね」
「ええ、まあ。もう慣れちゃいましたけど」
優雅にお茶を淹れ、俺に渡してくれる。俺は、それを丁寧に受け取り、少し飲む。
「それよりも、どうです。私の淹れたお茶は」
「あ、はい。おいしいですね」
語彙が少なく、平凡なことしか言えないことに後悔したが、それでもお嬢様はバカにすることなく、笑顔だった。
次の休み時間には、さらに訪れる人が増えていた。廊下を埋め尽くす人だかりの中には、賢斗の姿も見える。他にも知っている顔がちらほら。そして、俺に一番近いところにいたのは、藍だ。
「あら、信也さん。登校なさっていたのですか。教室に来ていないから休みかと思っていましたよ」
「うん?ああ、まあな。高野さんこそ、こんなところで何を?」
「みんな見に来ているそうなので。少し興味本位で」
そう言って、うっすら笑う。
「興味本位、ね」
「ええ、興味本位です。そういう信也さんこそどうして」
「ちょっとな」
そう誤魔化しながら、この時間は、友だちと楽しそうに話すお嬢様を見るだけだった。




