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3話 海へ

 タコ王は名前を諦めた方がいいと言う。僕は、果たしてイカがどれほど恐ろしいものか理解出来なかったが、真っ赤なタコ王が青ざめているので、それはやっぱり諦めた方が懸命なんだと理解する。


 「大王イカの野郎にはいつか目にもの見せてやるつもりだがよ、情けないが、今は無理だ。あいつら、俺達より足が二本も多いからな」


 ミミズ曰わく、タコとイカの戦力は足の数で決まるらしい。何の事やら。


 「さて、早速障害が生まれてしまったが、君はどうする?名前は諦めるかい」


 「名前を諦めると、僕は元通りになれない?」


 「いや、そんな事はないよ。実のところ、名前なんて大したものじゃない。別に今、君が勝手に自分を命名したって、それが新しい名前になるだけだ。もちろん、古い名前はどこかでヤキモチを焼くだろうがね」


 僕は海の底に沈んでいるであろう、自分の名前の事を考えた。


 「一つだけ言えるのは、君の名前は、恐らく今泣き叫んでいるだろうという事だけだね。名前というのは、持ち主から離れるとすぐに弱ってしまう生き物なんだよ。彼らは精神的に脆いんだ。何といっても、名前だけじゃ個性なんてすぐ消えてしまうんだから」


 なんだか、名前がとても気の毒に思えてきた。別に、名前に罪はないのだ。それなのに、僕の知らない内に、僕から切り離されて、深くて暗い海の底を漂っている。


 「探せるかな、名前…」


 「もちろんさ。やろうという意志がある限り、とりあえずのところ可能性という火が消える事はない」


 僕はこういう、困難に直面した時に必要なものを絞ろうとしたが、それがどんなものであるかが思い出せなかったので諦めた。


 「勇気さ」


 ミミズが言う。


 「君が絞ろうとしているのは勇気だよ。どこかに散らばった、君の欠片の一つ」


 勇気。そう。確か、それは勇気というものだったはずだ。


 「だけど、失ってるから絞れないよ」


 ミミズは耳元で笑う。


 「大丈夫。意志があれば見つかる。名前も勇気もね。幸いな事に、意志だけは君の中に残ってるんだ。当面はそれだけで凌げるはずさ。大抵の困難はね」


 しかし、タコ王は言う。


 「話し進んでるとこ悪いけどよ。海じゃ協力出来ないぜ」


 タコ王はベッドに腰掛ける。イカに対してふてくされているようだった。


 「悪いが、他を当たってくんねえか」


 僕はミミズに言う。


 「ねぇ。どうすればいい?」


 ミミズはそれには答えず、頭なのか目なのか判らない部分をタコ王に向けた。


 「構わないよ。だけど、海までの案内くらいは頼めるだろう?彼も山を降りたばかりで、クタクタなんだよ」


 僕は特にクタクタではなかったけど、わざわざそれについて釈明しようとも思わなかった。


 「あぁ。それくらいなら力になれる。おい、ハチ。お前、今日のオクトバスに決定」


 足の一本を八郎に向けるタコ王。勘弁してくださいよと八郎。面倒臭そうな顔をしている。ところで、僕がタコの表情について語る全ては印象と推測に過ぎないので、実際のところはどうなんだか解らない。


 「うるせえ!タコは嘘つかねえんだよ基本的に。だけど現状イカの糞野郎の相手は出来ねえだろが。だから、せめて、最高の乗り心地をこいつらに堪能させてやれや」


 「え〜、だってこの前『お前の乗り心地が一番悪い』って俺に言ったの王様っすよ〜」


 足をうねうねさせる八郎。僕で言うところの、もじもじしている感じ。


 「だぁ〜!文句ばっか言ってるとたこ焼きにするぞおめえ!」


 勘弁してくださいよ〜。



 僕とミミズはオクトバスという乗り物に乗っている。あるいは、僕とミミズは八郎の頭に乗っている。


 「座り心地はどうすかお客様〜」


 やる気のなさそうな声が聞こえた。実際やる気がないんだろう。素晴らしくスローペース。歩いた方が多分早い。けれど、海までの道のりは起伏の激しい峠をいくつか越えなきゃならなかった。広大な海から名前を探すという事がどれだけ手間のかかる作業かは想像出来ないけれど、それはとても体力のいる事だと思う。だから僕は歩かない。


 「乗り心地は最高だよハチ君」


 僕の肩に乗っているミミズが言った。こういうのを、確か皮肉と言うんだったか。


 「俺はハチじゃなくて八郎ですってば。失礼だな〜」


 左の方で、草むらを兎が駆けていくのが見えた。


 「あの兎も喋るんだよね?」


 ミミズに対してとも、八郎に対してとも受け取れる風に僕は質問する。答えてくれたのは八郎。


 「やだなぁ〜、何言ってるんすか。兎が喋るわけないっすよ」


 「この世に喋らない生物なんていないんだよね?」


 僕はミミズに同意を求める。


 「この世に、例外のないものもまた存在しないのさ」


 なる程。このようにして僕は一つ賢くなる。


 兎は例外。



 四つ目の峠を越えると、ようやく海が見えてきた。山から見下ろした限りではそんなに遠くには見えなかったんだけど、外はすっかり暗くなっている。


 「はい到着〜」


 僕は砂浜に降りる。海だ。完全に海だ。広くて大きいのは大抵海だ。


 「そう。広くて大きいのは大抵海なんだ。あくまで大抵だけどね」


 ミミズには僕の心が読めるらしい。僕にはミミズの心が読めないので、少し不公平だと思った。


 「君は幸せを知らないからそんな事が思えるんだよ。さぁ、名前探しだ」


 「んじゃ、どうもした〜」


 八郎が後ろを向いて歩き出そうとした。後ろを向いても形が変わらないから夜になると前だか後ろだかよく判らなかったけど。


 「ハチ君。何処へ?」


 いかにも不思議でたまらないといったミミズの声。


 「街に帰るんすよ」


 「何を言ってるんだい。名前探しはどうなった?」


 僕はミミズの方が何言ってるんだいと思った。恐らく、八郎も同意見。


 「だって、あっしの仕事はお宅ら海に送り届けるだけっすよ?」


 完全にその通り。


 「違うよ。世の中には本音と建て前がある。タコ王はイカの手前、そんな事は言わなかったが、僕らをわざわざ君に運ばせたのには、手伝えという本音が隠されているんだ」


 小さくミミズが僕に耳打ちする。あくまで、僕の解釈ではねーー。


 「そんな馬鹿な。海っすよ?イカっすよ?」


 「そうだよ。海にはイカがいる。イカは危険だ。侵入者に容赦しない生き物だ。だからこそ、君の助けが必要なんだ。泳ぐのは得意だろう?」


 「いや、得意すけど、イカっすよ?」


 「イカっすよ」


 ミミズが言い返す。


 「イカっすけど、君はタコっすよ。海を知ってる。少なくとも僕達よりは遥かに。だから、君の力が必要なんだ」


 八郎はぶつぶつ何か小言のようなものを呟き始める。だからオクトバスは嫌だったんだ、大体王様が悪いっすよ、あぁ帰って寝たい。


 「もし手伝ってくれたなら、君に僕から素敵なプレゼントがあるんだが」


 その言葉に引かれるように、八郎が振り向く。なんすか?


 「新しい名前」


 「マジすか!?」


 「マジす」


 「乗った!」


 八郎という名前が泣いているような気がした。



 僕とミミズと八郎は波打ち際に立つ。海は温かかった。海は広くて大きいけど、温かいというのはどうだろうと思った。


 「さて、これから名前探しを始めるよ。何か質問は?」


 僕は手を上げる。どうやって探せばいい?


 「潜って探すんだ。他は?」


 八郎は足を上げる。アテはあるんすか?


 「無い。他は?」


 僕と八郎は声を揃える。


 勘弁してくださいよ〜。



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