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白鴉。  作者: のり
9/17

鴉と水晶とアイスクリーム

宿の部屋の中、カラスが暇を持て余していた。

昨晩は結局深夜まで飲み続けた為に起きたのは昼過ぎであった。

起きるのが遅くなり、なんとなく調子が出ず、外を出歩くのも怠くなり、結局こんな時間までゴロゴロしてしまう。

あんまり暇なので、ベッドに横になり、天井の染みを数えていたが、途中で空しくなって止めた。

次に筋トレを始めようと思い、腕立て伏せをしていたものの、二十回程で挫折してしまった。

マジで暇になったカラスは、体を起こして二本の刀の内、一本に手を伸ばした。

スッと鞘から引き抜いてみる。

キラッと光り、ひんやりと冷たそうな刀身が顔を出した。

昨日午後、一匹のチワワと一人の武芸者の血を吸った刀である。

カラスは、じーっと刃先を見つめた。

刀身は、触れるだけで髪をも切れるんじゃないかという程、よく磨がれて光沢を放っている。

その妖しい光沢はカラスの心を強烈に魅了して止まない。

見つめているだけでゾクゾクと全身の毛が逆立ち、殺戮欲求を満たしたくなる。

カラスの目は殊の外ギラギラと輝きを増し、それはまるで殺し屋さながらであった。

「はははっ。なんとも獰猛な剣だ。いつ見ても人の生き血に飢えている様にみえる。残忍な性分だよ、お前は。まさしく妖刀・魔剣の類だな、ふふふ。」

などと言ってはみるが、別にこの刀は妖刀・魔剣の類なんかではないし、カラス自身そんな事は百も承知だ。

ただ、あまりにも暇なんで、ちょっとした格好つけ、或いは自分の空想・妄想に浸って言ってみただけであった。

カラスは冷笑的な笑みを溢し、刀をゆっくり振ってみた。

鋭く研ぎ澄まされた刃が冷徹な残像を残す。

カラスは今一度刀を見上げて、ふふふ、と笑ってみせた。

「素晴らしい。艶やかで艶めかしい輝きだ。あれだけの数の胴骨を料理しながらこの美しさ。鋩子、刃切出し、鍔元、なかご。どこにも一切の欠損が無く、却って人の生き血を啜って、その鋭さを増した様にさえ映る。まさしく妖刀・魔剣。呪われた殺戮の刄だ。」

確かに一般的な他の刀よりは丈夫なのかもしれないが、やっぱり妖刀・魔剣て事は無い。

カラスは自分の世界に浸りきり、完全に陶酔していた。

目をつぶる。

と、想像の世界で、彼は三人の刺客に囲まれていた。

各々の剣を構えた三人の刺客。

カラスは不敵に笑い、正眼に構えを取った。

睨み合う三人と一人。じりじりと間を詰めていく。

「どりゃぁぁぁぁ!」

カラスは掛け声と共に体を回転させながら二人を斬った。

残った一人が斬りつけてきたが、瞬時に小手を返して剣を弾き、胴を水平に払った。

三人の刺客を退けたカラスは格好良く刀を鞘に納めた。

「ふふふ。貴様等が弱いのではない。俺が強すぎるのだ。」

言い終わって周囲を見たが、既に三人の死体は無く、そこはよくある宿の一室であった。

正気になったカラスは、そんな自分の情けない挙動を鑑みて、はははっと力なく笑って空しくなった。

ていうか、もうとにかく暇なのである。

一人チャンバラをやってしまうくらいに、冗談抜きで暇なのである。

カラスは刀をポイッと床に放り、座り込んで煙草に火を点けた。

「暇だなぁ〜ホントに。ナンパでもしよっかなぁ〜、でもなぁ〜。あぁー怠いなー。寝るかな、寝ちまうかなぁ。寝れねーんだよなァ。さっきまで寝てたんだもん。・・・っはぁぁぁ。無気力無気力。大いに無気力だね。んー。食堂に行って一杯引っ掛けてくるか・・・。はははっ。俺ってなんか虚無的自堕落人間だな。ははは。」

カラスはくだらない事をほざきながら、甚兵衛のポケットに財布を入れて重い腰を上げた。

食堂に入ると宿の主人が遅い昼食を取っているのが見えた。

賄い飯だろうか。

普段お客に出さない様なちょっぴり粗末な物を食っている。

「やぁやぁおっちゃん。おはよう。ははは。もうこんな時間だね、随分と遅い昼飯だね。あ、俺?俺はさっき目覚めてさ、暇だから部屋でゴロゴロしてたんだけどね。なんとなく酒でも飲みたいなぁって思ってさ。」


「あ、そうですか、すいません、すいません。今お酒お持ちします、すいません。」

言いながら主人は飯を切り上げて立ち上がった。

カラスは悪気の一切無さそうな口振りで、わざわざすまんね、とか言いながら外の通りを見やる。

様々な種類の人々が通りを行き交っている。

商人、ガキ、爺様婆様、役人、乞食、売春婦、坊様、ギャル、チンピラ、観光客の団体、カップル、などなどとにかく色々なタイプの人達が通りに溢れているのである。

なんだろう?昨日通りを見物して回った時には、こんなに大勢の人はいなかった。

「これ、時にオヤジよ。今日はやけに人が多いみたいだが、なんなの?普段からこんな感じなのかい?」

酒を運んできたオヤジがお猪口と徳利をテーブルに置いて、カラスの質問に答えた。

「あぁ、今日は夏祭りなんですよ。だからみんな見物に来てるんですよ。出店なんかも賑わってますから。」

カラスはなるほどと思いながら酒を一口飲んだ。

腹の底からしんしんと熱くなる。

酒っていいな。

旨いな。カラスは酒の美味さを再確認して、ふんふんと頷いた。

「んー昼間っから酒を飲むってちょっと問題あるよね、でも旨いから許そうか。自分自身を許そうかな。ははは。でさ、オヤジよ。その夏祭りってのはどこらでやってんのよ?」


「この通りの先の寺院でやってますよ。カラス様、お暇でしたら見物がてらに見てくるのはいかがですか?」

カラスは酒を2杯3杯と飲んで息をついた。

「それもそうだなァ。ブラブラしてくるのも悪くないかな、部屋でぼけっとしてんのもアレだしねぇ。ははは。そうしようか。うん。」

カラスはそう言うと、ヒョイと徳利を摘み上げて、ごっくんごっくん。

中の酒を一気に飲み干してしまった。

「・・・っふう。お猪口でチビチビやってたんじゃ、いつまでたっても飲み切らないから、こうグイッといってしまったよオヤジ。ははは。っと、それでは行くとするかね。じゃあねオヤジ。酒美味かったよ。」


「はい、ありがとうございます。」

カラスは主人が頭を下げるのを見届けて、戸を開いて表に出た。

なるほど。

結構な人混みである。

うざったい位だ。

お面をつけたガキ共。

チカチカと光る変な輪っかをつけたギャルの集団に、杖をついて練り歩くヤクザの親分と子分。

カラスは人間観察をしながら寺院に向けて歩いていく。

寺院に近づくにつれ、出店や露店やなんかが増えてきた。

人混みに押し出される様に若い女性が転ぶ。

瞬間、純白のパンツが露になった。

女性は咄嗟に隠したが、カラスはバッチリその様を見てしまった。

ふふん。

鼻息が通常の二倍程に荒くなる。

カラスは済まし顔で目線を変え、夏祭りも悪くないな、なんて思い、心の中でガッツポーズを決めていた。

などと碌でもないことを考えていたらドンッ!何かがぶつかった。

見れば歳の六つか七つ程のガキんちょが、カラスの前で尻餅をついているではないか。

手にはアイスクリーム。

しかも零れてる。

まさか!? 恐る恐る自分の服を見るカラス。

股間の辺りに白いバニラアイスがべっとりくっついていた。

「あ、ごめんなしゃい。お兄ちゃんホントごめんなしゃい。」

必死に謝る小坊主。

カラスは凄まじい形相でこの子供の襟を掴み、これでもかという感じで睨みつけた。

「おうコラぼーず。ふざけんなよコラ。ごめんなさいで済む程世の中は甘くねーんだよ!親はどこだ糞ガキ。あ゛ー?親はどこかって聞いてんだよ、示談だ示談。一筆書いて貰うからな!」

歳端のいかぬ子供に声を張り上げるカラス。

醜い。醜悪だ。もう最低である。とうとう子供は泣きだしてしまった。

「泣くのか?泣けば済むと思ってんのかよ。なめてんじゃねぇよ、甘ったれてんじゃねぇよ。泣いても済まさねーぞ。おらさっさと親呼べよ!」

泣きだした子供を容赦なく責め立てる大人。

鬼だ。まさに鬼だ。腹のドス黒く濁った最低な男である。 往来の人々がいかめしい目付きで見ていたが、自分に火の粉が降り掛かるのを恐れて誰も近づいたり止めたりしない。 と、クスクスと笑う声がカラスの耳に入った。 カラスは血相を変えて辺りを見やり、子供をそこいらに放った。

「くくく、何とも情けない大人ですね、ふふふ。実に性根が腐っておいでだ。はははっ。」

カラスは声がした方に、ジャリジャリと、歩み寄った。

沿道の人混みから離れた一角に椅子と机が置かれ、文字の書かれた布が垂れ下がっている。

布には水晶屋と書かれており、机の上には綺麗な水晶が一つ、そして声の主と思われる男が能面の如き顔つきで椅子に座っていた。

「女性の下着に気を取られ、前方を顧みずに小僧にアイスクリームをひっつけられ、事もあろうにその子供を絞め上げて脅すとは。ふふふ。滑稽ですね、珍妙ですね、ふはふはふは。」

水晶屋の男がカラスを嘲笑する。

と、カラスは側まで来て、いきなり男の顔面をつねった。 ギュウウウ!

「いだだだだだ!」


「なになに?俺が滑稽だと?珍妙だと?性根が腐ってる?この口が言ってるんだよね?この口が!オラオラ!」


「いだだだだだ、やめ、やめ、止めて下さい!いだだだだだ、ぼ、ぼ、暴力反対、暴力反対!助けて!痛いです!」

行き交う人達が、何事か?と、足を止めたが、また直ぐにみんな歩き始めた。

水晶屋の男は今年26歳になったばかりだったが、つねられて涙を流しはじめた。

26歳なのに。

カラスはいい加減手を離し、涙を流す水晶屋の男を、ナニ泣いてんの?ってな目で睨みつけた。

「うぅぅ、痛かった。すごく痛かったですよ。なんで貴方はこんな事するんですか?」


「ふざけんじゃねぇよ。おまえが喧嘩売ってきたんじゃないかよ。大体なんなんだよ。この水晶屋って何だよ!水晶一個しか売ってないじゃんかよー、コレ売れたら店仕舞いすんのかよー、一体その先どーすんだよー、そんなんで商売すんじゃねーよー、世の中甘くみてんじゃねぇよー、このバカ野郎ー。」


「わ、私は確かに水晶屋だし、水晶屋ともここに書いてあるけど、貴方の言ってるのとニュアンスが違いますよ!水晶を売るとかそーゆーんじゃないですよ!」


「じゃあ、どーゆーのだよ。意味分かんねぇじゃんかよ。水晶を売るんじゃねーのなら何を売ってんだよ。まさかソレか?その頭に被った変な道士チックな帽子か?ふざけんなよコラ。水晶屋が水晶売らずに帽子売るんじゃねーよ!」


「違う!全然ちっがう!根本的に違いますよ!まず、売る、から離れて下さい。それから帽子からも離れて下さい!ついでに水晶には近づいて下さいよ。」


「ん、わかったよ!そーするよ。てかマジで何なのか言えっての!」


「水晶屋とは、水晶で運勢を占ったり、捜し物を見つけたりするしてお金貰う店ですよ。」


「紛らわしいんだよ。だったら水晶占いでいいじゃんかよ!おまえ、またつねるぞ!」


「いや、あの、つねらないで下さい。痛いから。マジ痛いから。」


「で、儲かるの?水晶屋さんは。」


「いやー全然ダメっすねー。客一人も来ないっすもん。だからホントに暇で暇で。」


「向いてないんじゃないの?」


「そうですかね?自分では結構いけてると思うんだけどなぁ・・・。あ、ヤベ!地元のヤクザ達が来た!場所代なんて持ってないよー、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!」

水晶屋は机と椅子はそのままに、水晶屋と書かれた布と、水晶を懐にしまうと飛ぶように逃げて行ってしまった。

カラスは、水晶屋も大変だなぁ、なんて呑気な事を思いながら歩き出す。

前方から走ってきたヤクザ達は、アイツ逃げやがった!とか何とか叫びながら水晶屋の後を追ったようだった。

カラスは、水晶屋も捕まったらヤバいだろうなぁとか思ったが、自分には関係ないからまーいっかと思った。

ってゆーかカラスは先程まで自分が怒り狂っていた事など、すっかり忘れていた。

ただ、股間にくっついたままの白いアイスクリームが、人から有らぬ誤解を受ける事になるのに、そう時間はかからなかった。




そりゃ、股間にヌメッとした白い染みが出来ているのだから当然なのかもしれない。





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