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白鴉。  作者: のり
8/17

来訪者

チュンチュン。

雀が鳴いた。

既に今日の陽は高く、街が日中の活気に溢れている。

昨日より少し暑いかもしれないが、今日は今日でまたいい。

夏らしい、眩暈のする様な熱気の向こう側で、製鉄工場の高温の蒸気がムワァッと上がった。

シャリシャリ。

イサミちゃんが新聞を読みながらかき氷を食っている。

警備部警備第一課警備本部ビル総隊長室。

この警備本部ビルというのは、政府が警備本部に貸し与えたビルである。

ザフー興国首都グリーンデイの中心地にあり、常に街全体を監視下においている。

イサミちゃんはかき氷を食い終わると新聞をデスクの上に投げて、頭を抱えた。

頭を抱え唸り声を上げるイサミちゃん。

「っかぁ〜・・・効いたぁ〜・・・かき氷効いたぁ・・・脳天キーンだ、脳天キーン。むむむむぅ〜」

イサミちゃんはかき氷の強烈なダメージに藻掻き苦しんだ。

畳んだ扇子で頭をペチペチ叩いてみる。

意味はない。

ただ気を紛らわしたかっただけだ。

少しすると痛みが和らいだので再度新聞を手に取り開いてみた。

隅々までよく目を懲らして見渡す。

だが、しばらくして諦めた様な深いため息をついて新聞を畳んだ。

イサミちゃんはどうしてこんなに一所懸命に新聞を読んでいたのだろう?答えは簡単である。昨日午後に起きた

「クリーム町街道チワワ、男性斬殺事件」

の記事を探していたからだ。

しかしながらイサミちゃんの深いため息から察しがつく通り、事件に関する一切の記事・情報は掲載されていなかった。

イサミちゃんはなんだかすっきりしない。

目撃者の話からすれば、犯人は街道を走って逃走したという。

だが先の関所からは未だ何の連絡も来ていない。

こうなると最悪の事態を想定してしまう。

街中に逃げ込んだ。

これしかない。

関所に辿り着く前に、街道を下りて街中に潜伏する。

イサミちゃんは扇子を閉じたり開いたり繰り返して思慮に耽った。

犯人は間違いないく、超一級の実力者だ。

金色杖のレッドの一撃を瞬間的に交わしきり、カウンターの僅か一振りで彼を殺している。

最悪な事に太刀筋に一切迷いが無く、それも恐らくは一瞬で斬っている。

相手を殺害する事に抵抗が無く、しかも並の武芸者では適わない杖術の達人を斬殺出来得る卓越した実力者という事になるが・・・。

なぜチワワを斬ったのだろうか。

本当にあの胡散臭い話の通りに、悪霊犬を斬ったということなのか、それとも狂人の妄想なのか?全く解らない。

理解不能、意味不明の謎の殺人者が、この国のどこかに紛れ込んでいる。

イサミちゃんはそう思うと気が重くなった。

窓から見える街並に目を移す。

山の方では製鉄工場が年中稼働し、遊廓街と宿場、商店街と民家がゴチャゴチャに乱立し、雑多な印象を受ける。

活気はあるが風流がない、パワーはあるがセンスがない、そんな街であった。

イサミちゃんは首都グリーンデイの猥雑な眺めから目を逸らすと、かき氷のカップをごみ箱に捨てた。

コンコン。

誰かが総隊長室のドアをノックした。

「はい、どうぞ。」

イサミちゃんはノックの主に入室を許可した。

すると入ってきたのは、一人の中年男性であった。

偉い人特有のオーラを醸し出している。

「あ、これはこれは警備担当長官ではありませんか。どーぞどーぞ。一体どうしたんですか?」

イサミちゃんは、この警備担当長官なる人物を部屋に招き入れ、麦茶を差し出した。

「お、麦茶かね。すまんね。やっぱり夏といえば麦茶に限るよね。んんっ!少し温いな。ふう。しかしアレだ、夏は麦茶だね、なんて話している場合じゃないんだよ。大変だよイサミちゃん。いや、イサミ隊長。」


「えっと何が大変なんでしょうか?」


「ほら、昨日の街道で起きた斬殺事件だよ。巡回班から報告上がったんでしょ?」


「ああ、アレですか、はい。報告ありましたね。てゆーか俺、現場行きましたからね。ところで長官。今日の新聞に昨日の事件に関する一切の記事が載ってないんですが・・・。」


「だからさ、今それを含めて話をするからよく聞いてくれ。」


「あ、わかりました。どうぞ話して下さい。」


「うん。で、まぁ事件があったじゃない?でさ、今朝ね、なんかしんないけど緊急の幹部会議が開かれたんだよ。大臣連中だけの緊急幹部会議ね。そんで例の事件の犯人を逮捕次第、直ぐに裁判を行なって処刑するって結論が出たらしい。全く不可解だよね。」


「不可解だらけですね。なんで昨日の事件が要人の会議の議題に上がるんすか?それに処刑って・・・たかだか犬と武芸者一人斬っただけなら通常は禁固刑の筈。それを死刑だなんて。しかも裁判の段取りまでついてる。どーなってんすか?」


「イサミちゃん。心して聞いてくれ。殺されたチワワなんだけどね、政治政策大臣のご子息オジー様の愛犬チャッピーだったんだよ!」


「うわ。マジすか。あのイカレた発狂人オジーの愛犬だったんですか。うわ。」


「だから新聞屋は何も書かなかったんだよ。オジー様の気分を逆撫でして後から面倒になる事を考慮してね。政治政策大臣はオジー様を愛しておられるからなぁ。いつもオジー様の言いなりなんだよねー。」


「じゃあ、あのオジーに狙われたんじゃ犯人も直ぐに捕まりますな長官。よかったよかった。」


「ところがよくないんだな、実は。大変なのはここからなんだ。政治政策大臣は犯人の逮捕をね、警備部警備第一課に任されたんだよ。つまり君らにさ。」


「はい?ちょっと待って下さいよ長官!こういう事件があったら犯人の追跡・捕縛は警備第三課が専門にやってるじゃないですか。そうじゃなくたって政治政策大臣は私兵団をお持ちだし、息子の私怨なら私兵団を出せばいいんですよ。」


「イサミちゃん、ま、落ち着いてよ。ね?いいかい、警備第三課は昨日付けで廃止・解散されたんだよ。」


「はぁ?マジすか?」


「うん。超マジ。折からの経費削減案が認可されて、第三課は経費削減の名目において無くなったんだな。まー立案なさったのは政治政策大臣なんだけど。」


「なんて迷惑な!」


「ちなみに大臣も私兵団を出したかったらしいんだが、いかんせん、犬だけじゃなく人間も殺害されてるからそうもいかんだろ?仕方なく警備第一課に犯人の確保を要請する事になったんだ。」


「だけどよくあのバカ息子がそれで納得しましたよね。」


「あー、それもね、既に段取りがついててさ。処刑方法は斬首刑、執行はオジー様自らおやりになるそうだ。」


「げ!マジ?好き好んで人の首刎ねるなんてホントに頭の狂った男ですね、オジー坊っちゃまは。」


「まーね。てな事でさ、イサミちゃん。犯人逮捕を宜しく頼むよ。早く逮捕しないとオジー様が乗り込んできちゃうよ?」


「う。やだなぁ。」


「ま、そう言わずにさ。部隊組織と活動権限も全て君に任せるからしっかりやってくれ。じゃあ私は行くよ。長官は忙しいのだ。麦茶ご馳走様。」

警備担当長官は麦茶を全て飲み干して総隊長室を後にした。

イサミちゃんは頭を垂れて深いため息をついた。

気分は最悪である。

面倒を押し付けられた感で一杯だ。

扇子で頭をペチペチ叩いてみる。

意味はない。

気を紛らわす為だ。

でも結局気を紛らわす事はできず、イサミちゃんは決心して立ち上がるしかなかった。


しかし相手は金色杖のレッドを一斬りにしちまう様な相当の腕を持つ剣客である。

逮捕するなんて言っても実際その段になれば、こちらの被害はかなりのものになる。

捜査部隊を組織するなら、腕の立つ者を何人も揃えなきゃならない。


あーめんどくせぇ。


イサミちゃんはめんどくせぇとか言いながら、何人かに連絡を取ることにした。



「あ、そうだ。駄目元でいいから近隣諸国に問い合わせてみようか。旅の浪人なら他国でも何か事件を起こしてる可能性がある。とりあえず犯人の特徴を記して書簡を出そう。」




イサミちゃんは名案を思い付き、早速筆を取る。

ついでに腕の立つ者何人かへの指示書も書き上げて、それら全てを送付した。



かくして、この日の内に

「クリーム町街道沿い茶店における、チワワ・武芸者斬殺事件捜査本部」

が設置され、捜査部隊が組織されたのであった。




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