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白鴉。  作者: のり
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チワワの飼い主


「チャッピー?チャッピー?可愛いチャッピーはドコかなー?」

だだっ広い屋敷に地を這う様な低い声が響いている。

妙にガタイのいい男がチャッピーとかなんとか囁きながら、タンスとタンスの間やベッドの下、テーブルの下を捜し回っている。

「チャッピー?一体ドコにいるんだい?あんまり困らせないでくれ。チャッピー?」

男がブロンドの髪を振り乱してチャッピーなるものを捜し回っていると、風呂場方面から物音が聞こえた。

「む!チャッピーか?チャッピーは風呂場の方にいるのか。」

ガタイのいい男は金髪のブロンドをなびかせて、長い廊下を風呂場方面へ歩き出した。

夕方の茜空が廊下の窓一杯に広がっている。

廊下の絨毯が明るい朱色に染まり、窓枠が寂しげな影を落としていた。

男が長い廊下を抜け、物音がしたであろう風呂場を覗き込んだ。

すると五十がらみのおばちゃんがガタガタと音をたてながら風呂掃除をしているのが見えた。

男は落胆した様なため息をついた。

彼女はマーサ。

この屋敷の家政婦である。

このマーサという家政婦、鼻の下に髭を生やしている。

なぜか丸めのサングラスを掛けており、ネズミ髭なるあだ名で呼ばれていた。

そんなネズミ髭マーサが顔を上げた。

「あぁ、オジー様、お帰りになられてたんですか、すみません、お風呂掃除をしていたものですから・・・。」

オジーと呼ばれた金髪の男はネズミ髭マーサの顔を見つめた。

「いいよマーサ。謝らなくても。それよりチャッピーの居場所を知らないか?どこにもいないみたいなんだが。」

オジーは周囲をキョロキョロと見渡しながら、困惑した表情を見せた。

「ああチャッピーですか、チャッピーならピピンが散歩に連れていきましたよ?」


「ピピンが・・・?」

ピピンとは、この屋敷で働く庭男の事である。

「はい。昼食の後、運動がてらにチャッピーと散歩に行きますからって。でも、随分と遅うございますね。もう日暮れなのに・・・。」

オジーはネズミ髭マーサと目を合わせ、うーんと唸ってみた。

だが唸ってみたところでチャッピーが帰ってくる訳でもない。

オジーは仕方なくピピンの帰りを待つ事にした。

本当は居ても立ってもいられない程、困惑し、焦りまくっていたのだが、こういう場合は往々にして、じっとしていた方が事態の好転に繋がるものである。

なんてな事で、オジーは木槍を一本携えて、玄関ホールの階段に腰を下ろした。

なぜ木槍を携えているのかというと、ずばり庭男ピピンを突き殺す為に他ならない。

罪無き庭男を突き殺す。

なんて残虐な行為だろうか。

普通の人の思考では全く考えられないことではないか。

だが、オジーはそんな事を屁とも思わない。

彼の全ての愛情はチャッピーに向けられている。

そんな愛情を一杯に注いだ可愛いチャッピーを連れ出し、俺をこんなに心配させる事など言語道断、万死に値する行為なのだ。

オジーは過激で偏った考えを持った変質狂であった。

その狂気じみた行動は常に周りの者を困らせた。

彼の異質な凶悪ぶりは幼い時から先鋭的であった。

同級生を竹槍で突き刺したり、学芸会の出し物では観客達の目の前で鳩を生きたまま食べてみたり、卒業記念に教師達の茶に毒物を混入して計二十八人を皆殺しにしたこともあった。

こんな事が日常茶飯事だからたまらない。


周囲の大人はこの様に兇悪な悪戯を繰り返すオジーを早く逮捕してくれないものかと思っていた。


だがオジーは逮捕もされなければ施設にも入れられない。


なぜなら彼の父親が政府のお偉いさんだからである。


お偉いさんというものはなぜか親馬鹿が多い。


オジーの父親も例に漏れず、大変な親馬鹿であった。


であるからして、オジーはやりたい放題で、その残忍ぶりが益々高じていく一方、さすがは政府のお偉いさんのご子息とでもいうべきか、口調は丁寧で紳士的、格好も端正な物へと変化していった。


これがまた益々の不気味さを煽り、周囲の大人は底知れぬ恐怖におののいていくのだった。


オジーが兇悪に彩られた目付きで木槍の切っ先を睨んでいると、カチャ、と音がして玄関の扉が開いた。

庭男ピピンが怪しげな挙動で玄関ホールに入ってきた。


オジーがギロリと睨む。その目が異常に据わっている。

ピピンはオジーの存在に気付くと、ヒィィッ!と言って硬直した。



「ピピン。何も怯える事は無いよ。この槍はね、悪い奴を串刺しにする為に用意したものだから。悪い奴・・・

例えばチャッピーを外に連れ出して、挙げ句この俺をほとほと困らせた、なんともふざけた庭男のことだよ。

ところでピピン。チャッピーは何処かな?」




オジーは木槍をグッと掴んで立ち上がった。

ピピンはガタガタと震えて歯の根をカチカチ鳴らしながら、大きめのビニール袋を差し出した。



「お、お、オジー様、僕がですね、僕が、あ、あの、チャッピーを散歩に連れていきました、散歩に。と、遠出しまして、街道を通ったんで、で、で、ですが、あの、おか、おかしな浪人が、そのち、ち、チャッピーを・・・。」




オジーが顔色を変えてピピンの持つビニール袋を覗き込んだ。



「あ・・・・・・

・・うそ・・・。」




みるみるオジーの顔面からは血の気が引いていき、一瞬頭の中が真っ白になった。



「すいません・・・

オジー様・・・・。」




ピピンが体を縮めて土下座する。



オジーは木槍を床に落として、ビニール袋の中の何かを凝視した。

おもむろに中に両腕を突っ込み、何かを引き上げた。


出てきたのはチワワの生首であった。


オジーは嗚咽を上げながら、チワワの生首を抱き締めた。



「うぐぐぐぐッッ!

誰だ・・・・?

俺のチャッピーをこんな目に合わせたクズは一体誰だ・・・?」




オジーは恐ろしく低い声を発した。

ピピンはブルブルと身を震わせ、答える。



「犯人は氏素性の知れぬ旅の浪人です・・・。

その、あの、頭の冒しいそういう者でした。」




「・・・・旅ガラスか。チャッピーをこんな風にしやがって・・・・・・必ず捕らえてぶっ殺してやるからな・・・。」




オジーは般若の如き形相で、涙を流しながら歯をギリギリ鳴らした。



「ピピン・・・・

今直ぐオヤジのところへ行け・・・・。

訳を話して犯人を捕まえる様に伝えるんだ・・・そして捕まえ次第死刑にするとも伝えろ。」




ピピンは返事をして、一目散に屋敷を飛び出していった。



オジーは悲しみと怒りに身を震わせ、オッオッオッオッ、オッオッオッ、と、地響きの様な泣き声を上げた。まるで老犬の唸り声である。



傍らのビニール袋からはチャッピーの臓物が零れて、生臭い匂いを放ち始めていた。



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