イサミちゃん
夏の昼下がり。
街道から森の方へ入ると、爽やかな緑に囲まれた白い壁の建物が見えてくる。
警備部警備第一課辺境警備隊街道巡回班。
建物の表の看板にはその様に記されていた。
ゴクッゴクッッ。
静かな待機室に渇きを潤す音が響く。
ゴクゴク、と。
キンキンに冷えたビールがキューッと全身に染み渡り、心地よい壮快感を与えてくれる。
「くっっはぁぁ!!
なんて事だ!こんなにビールがうまいだなんてぇ俺ァ感激だぜ!夏のビール超ニクイね!仕事中のビールって究極じゃねぇかな!?」
勤務時間内に飲酒しているこの男の名はイサミ。
イサミは豪快な人間である。
制服のボタンは全て外し、政府指定ブーツを脱ぎ捨ててサンダル履き、おまけに勤務時間内だってのに飲酒までしちゃっている。
イサミはパタパタと右手の扇子を扇ぎながら、ビールをグビグビ飲んだ。
あんまりイサミがグビグビ飲むものだから、ビールは直ぐに空になってしまった。
「あんだよ、もう空になったのかよ。だらしねぇビールだな。根性見せろっつーんだよ。よっしゃ次、二本目行きますかね二本目!」
「イサミちゃん、仕事中にビールはよくないですよ。それに最近涼しいじゃないですかぁ。」
イサミに文句を言うこの男は、警備部警備第一課辺境警備隊街道巡回班所属の若造テリーだ。
ちなみにイサミをちゃん付けで呼んだが、この国の人は大抵イサミをちゃん付けで呼ぶ。
ヒドイ奴になると、イサミの本名がイサミ・チャンだと本気で思っているらしく、よってイサミは年下や後輩にちゃん付けで呼ばれる事に一切抵抗を感じないのだ。
「テリー、おめぇはホントに固ぇなぁ。まだ若いんだからさ、もっと楽しくやんなきゃ損だぜ?
肩の力を抜いてさ、な?真面目なのもいいがな、真面目過ぎるっつぅのはいけねぇや。な?」
ちなみにこんなに豪快なイサミちゃん。
実はこの辺境警備隊街道巡回班の所属ではない。
イサミちゃんの本当の所属は、警備部警備隊一課警備本部という所なのである。
警備本部とは、すべての警備ポストの情報を一手に集め政府に報告し、また政府からの指示伝達もこの警備本部を介して国中の警備ポストに連絡が入ることから、間違いなく現場レベルでの最高位に位置する警備ポストなのである。
しかもこのイサミちゃんはよりによって、現場レベル最高位の花形エリート警備ポストの総隊長であり、言い換えれば国中の警備隊員を束ねるボスなのである。
そんなイサミちゃんだが、ではなぜここにいるのかというと、イサミちゃんに家のローンがある事が関係している。
月々のローンの支払いで生活は逼迫困窮であるから、休日はこういった警備ポストで働いて超過勤務をしていたのだ。
超過勤務の手当てを少しでも生活の足しにすべく、だからこうして今日も警備部警備第一課辺境警備隊街道巡回班で超過勤務をしてるのである。
「イサミちゃん、勘弁して下さいよ。もう。
二本で終わりにして下さいね。」
テリーは二本目のビールを飲んでいるイサミちゃんに苦笑うと、窓の外の風景に目をやった。
森林の緑が風にそよぎ、見下ろしたその彼方にザフー興国の街並が広大に広がっている。
絶景に間違いなく、イサミちゃんもこの景色が大変お気に入りで、彼曰く、ここから仕事中にこの景色を見て飲むビールってのは旨さが三倍に跳ね上がるらしい。
と、そこへ、風雲急を告げるが如し、突然の事件が舞い込んだ。
バタンッ!
テリー達のいる待機室の扉が激しく開き、同僚の巡回班の一人が飛び込んできた。
驚いたイサミちゃんは、ゴファッ!と一気にビールを吹き出し、気管に入ったのかゲホゲホと蒸せまくっている。
「テリー!!大変だ!!事件だ、直ぐ来てくれ!街道近くの茶店だ!
ってか・・・・イサミちゃん、何してんですか?ま、とにかく二人とも早く来て!」
「OK!!イサミちゃん、事件ですよ!ほらほら行きますよ!!」
「ゲホゲホ、ぢょっどまっでぐれ゛、ばか、ひっぱるな゛ゲホゲホ!」
テリーは苦悶の表情でむせぶイサミちゃんを強引に引き摺り、待機室を後にしたのであった。