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白鴉。  作者: のり
16/17

逮捕

異変を察知したイサミちゃんが胸の苦しみに耐えながら付近の様子を窺った。


明らかに平静じゃない様子のカラスが刀を構えており、草むらには謎の男達が居並び、カラスを取り囲んでいる様に映る。男達は全身黒づくめ。

全身白づくめのカラスと非常に対称的であった。

頭上の空を鳶がやはりクルクルと旋回した。


謎の男達の服の胸部には可愛らしいチューリップの刺繍が施してあった。

黒服に可愛らしいチューリップ。

アンバランスでミスマッチなチョイスだ。


しかしながらそのチューリップの刺繍を見た瞬間、イサミちゃんは大きな衝撃を受けた。


チューリップの刺繍。

このザフー興国において、チューリップの刺繍を入れた服を着るのはあいつらしかいない。


間違いない。


彼らは政治政策大臣の私兵団だ。


黒装束にチューリップの刺繍・・・。



と、私兵団の中の一人がずいっと前に出てきた。

どうやら彼がリーダーの様だ。

一点にカラスを見つめるリーダー。

睨み返すが、なんだか目に力の籠もっていないカラス。


リーダーがスッと片手を上げた。



「捕縛ッッ!!」




リーダーが突然の号令をかけた。

同時に私兵団の三人程がカラス目がけ飛び掛かった。

両手に鋭い鋼鉄製の爪を装備している。

あれで引っ掻かれたらとても痛いだろう。


カラスは飛び掛かってきた三人を巻き込むようにして刀を振るった。



ずぱ、ずぱーーッッ。



凄まじい勢いで回転するカラス。

血飛沫が吹き上がり、頭が三つ、ぽーんと空に跳ね上がった。


無傷のカラスはピタリと静止し、残りの七人を睨みつける。


ぼてん、ごろごろと私兵団三人の首が地面に転がり、血液を出し尽くした胴体が三つ同時に綺麗に倒れた。



「強い・・・。

これ程とは・・・。」




リーダーはカラスの凄絶な剣技に怯んだ。


三人があっという間に惨殺されたのだから、当然といえば当然か。


圧倒的な強さ。



だがカラスの様子が少しおかしい。

なぜか随分苦しそうにしている。

呼吸の間隔が短く、足元がフラついている。


私兵団の面々は尋常じゃないカラスの様子を些か不気味に思い、動けないでいる。


場に不似合いな微風が吹き抜けた。


カラスは息も絶え絶えで構えていたが、遂に我慢しきれなくなり、私兵団達に背を向けて膝を突いた。

更に刀を放り投げて、地面に両手をつく。



「ッ・・・!?」




突然のカラスの行動に全員が呆気に取られるも束の間、カラスは地面を睨んだまま今度は激しい嗚咽を繰り返した。



「お゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!」




そして次の瞬間。



びしゃびしゃびしゃびしゃびしゃーーッ。



嘔吐された大量の吐瀉物が地面を激しく叩いたのである。

そしてカラスは尚も、ウプッとかゲフッとか言って再度嘔吐する。

カラスの大きく極限にまで開け放たれた口から、何とも言えない色をした胃液がどびゅるッ、またどびゅるッと飛び出し、辺りには酔っ払いが嘔吐した時と少しも変わらない、酒と胃液の混合した芳香が漂った。


そして私兵団の面々はカラスが吐く度に顔をしかめたり、背けたり、カラスのソレが終わるのを待った。


苦しみの最中にいたイサミちゃんは、カラスのそんな姿を見つめて、飲み過ぎると後が辛いよなぁっと変に同情しては胸を押さえた。


そんな状況がしばらく過ぎ、出す物が無くなったカラスはそのままゴロンと地面に横たわり、そしてそのまま眠ってしまった。


私兵団のリーダーは、しこたま吐き尽くして寝てしまったカラスをしばらく見ていたが、咄嗟に私兵団のもう一人を呼んで何やら話始めた。



「・・・寝たのか?」




「さぁ・・・

わかんないっすね。」




「じゃあお前ちょっと様子を見てきてよ。」




「え?僕ですか?」




「いやなの?」




「そら嫌ですよ。」




「いいから行けよ。」




「え〜・・・。」




「早く!」




「はいはい行きゃいいんでしょ、行きゃあ。」




私兵団の男が眠ったままのカラスに近づいた。

顔を覗き込む。

顔面蒼白でいかにも不健康そうだ。

木の枝で体をつっついてみる。

反応がない。

それにしても凄まじい臭気だ。

ここにいたら酔っ払ってしまいそうだ。



「反応ないっすよー!

大丈夫っすー!」




私兵団の男は屈託ない笑顔でリーダーに向かって手を振った。



「よし、捕縛!!」




リーダーがまた号令をかけると、他の私兵団達もカラスのもとに駆け付けた。

手際よく腰の刀を外し、放置された刀を拾い上げ、カラスの両腕を後ろ手に回すとガチャリ手錠を掛けた。

それから持参したロープで体と両足首をグルグル巻きにした。


少しだけ回復したイサミちゃんが体を起こしてその様子を眺める。


案外呆気ないものだ。

人間とはこんなにも脆いものなのか。

どんなに超越的剣鬼でも飲み過ぎでダウンしてしまえば、刀を振ることさえも無く簡単に捕まってしまう。

カラスはギリギリのコンディションで三人を即座に瞬殺した。

体調がベストだったら、全員を楽に斬殺していたに違いない。

でも飲み過ぎの最悪なコンディションでこんな羽目になった。

いくら強い人間でも状況一つでこんなに弱くなるものなのか。


イサミちゃんは心底、人間の持つ弱さ・儚さをひしひし感じ取った。

と、私兵団のリーダーがイサミちゃんに話し掛けてきた。



「イサミ隊長、体は大丈夫ですかな?」




イサミちゃんは、自身が感じた様々な不審点をぶつける前に、フーッと息を吐いてリーダーに答えた。



「まだ・・・苦しいけど・・・でも大分楽になったぜ?」




「そうですか。いやよかったよかった。」




「そりゃ・・・

・・・どうも。」




「あなたは捜査の責任者ですからな。」




「ええ、まあ。」




「さて・・・

体が大丈夫ならもういいでしょう。」




「・・・は?」




「よーし、全員撤収するぞー!」




イサミちゃんがポカンとしていると、私兵団のメンバー達はカラスに殺された仲間の屍を担ぎ上げてそそくさとリーダーの周りに集結する。

緊縛されたカラスは彼の反吐の近くに放置されたままだ。



「おいおい・・・。

そんな・・・カラスは一体どうするわけよ。

こんなとこに置いてってさ・・・。」




「ふっ。

イサミ隊長。

彼はあなたが逮捕したんですよ?

あなたは何者の協力も得ていない。

そしてここでは誰も目撃していない。

そういうことです。」




「そういうことかよ。

警備担当長官からは政治政策大臣の私兵団は出動しないと聞いていたが、どうやら政治政策大臣は大変にご子息を愛しておいでのようだな・・・

いつから尾けていたんだよ。」




「捜査方法を切り替えた日から。」




「なるほどな。」




「イサミ隊長。

忠告です。

この事は誰にも他言しないように。

政治政策大臣は他に我々の出動が漏洩するのを望んでいない。」




「政敵が多いからな。

これがバレちまったら経費削減案は撤廃。

政治政策大臣も退陣になるものなぁ・・・。」




「ま、我々は深くは知りませんが・・・。

とにかく、カラス逮捕はイサミ隊長、あなたの手柄です。

それで万事全て円滑に進むのですから。」




「わかった。」




「では、失礼。

よし、全員撤収。」




掛け声と共に私兵団達は草むらに飛び込むと、ガサガサーッとどこかへ行ってしまった。


イサミちゃんは疲弊した面持ちでカラスの方に目を向けた。


二本の刀が括られた状態で置いてあり、拘束されたカラスがのんきにイビキをかいて眠っている。

辺りには未だ反吐から発する酒の臭いが充満していてたまらない。



「カラス・・・

普段の行いが悪いから

バチが当たったな。」




イサミちゃんはカラスの寝顔に語りかけた。

 

二十分位した後、駆け付けた別の警備隊員達にカラスの護送を依頼し、こうしてとうとうイサミちゃんは、クリーム町街道沿い茶店前におけるチワワ・武芸者連続斬殺事件の容疑者カラスを逮捕することに成功したのであった。



イサミちゃんが空を見上げた。

爽やかな晩夏の空いっぱいに、虚ろな雲の群れが流れていた。

その雲は綺麗とか何とかの前に、人も雲も変わらないんだな、と思わせてくれた。


誰の心も流浪する。


流浪の先には何もない。人が生きる結末には死を迎えた後何もないのだ。



ガッチャン!



移動型檻車の扉が閉められた。


檻の中に放り込まれたカラスはそれでもグッスリ眠っていた。


グッスリ眠って、そしてイビキをかく。


己の身が既に拘束され、取り返しのつかない事態にまで発展しているというのに彼は眠る。



処刑方法は斬首刑。

執行はオジー。

全ての段取りはついている。

 

裁判も形式だけ。

カラスが何を主張し、何を弁明しようと判決が覆ることは一切無い。

 

必ず斬首刑。

何がどうなろうと死刑なのだ。

 

この国のそういう事が罷り通る腐敗した司法には問題があるが、しかし。

カラスの犯した罪は殊更重かった・・・。

 

オジーの愛犬チャッピーを殺すという事はそういう事なのだ。


カラスが生きたまま明後日の太陽を見る事は永久に無いだろう。

カラスの生首は四十九日過ぎ、完全に腐敗しきるまでチャッピーの御膳に供えられる。

全てがひどく非生産的で、何の効能も無い無意味過ぎる行為だった。


敗北感・虚無感・虚脱感とが唸りを上げて襲ってくる前に、イサミちゃんは顔を伏せる事しか出来なかった。


灰色のまま晴れない自身の心模様に対して、皮肉にも空は快晴。

いつの間にやら舞い戻った鳶があの空でくるーり輪を描き、カラスの檻車を悲しく見送っている様であった。



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