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第四話 その1

「それは、やっぱり探るしかないね!」

 香菜(かな)が意を得たりと叫んだ。

「だよね」

「あんなにあからさまに秘密にされたら、探ってくれって言ってるモンじゃん!」

 次の日。

 いつも通り、部活の昼休みに暑い教室でお弁当を食べながら話題になったのは、当然の事ながら、昨日の亮介(りょうすけ)緋凰(ひおう)の事だった。

 香菜は、優万(ゆま)の方へと身を乗り出して、言う。

鳥羽(とば)って、そこらへん抜けてるよね」

「どういう事?」

 首をかしげる優万に、香菜はフォークを卵焼きぶっ刺した。

「だってそうじゃん。秘密にしたいなら、何にも言わなければ済む話でしょ。わざわざ『言えない』とか『訊くな』って言っちゃうなんて、秘密だってこっちに教えてるようなものじゃん!」

「確かに…」

 優万もうなずく。

 家にすんなり招き入れてくれたり、『秘密である』事を教えてくれたり、香菜でなくとも亮介は抜けていると感じるだろう。

 だから香菜は、亮介を蔑んでいるわけでもなく、純粋に亮介や緋凰の言動に疑問を持っているだけだった。それがわかっているから、優万も同じく首をかしげるのだ。

「でも、計算はしてないと思うよ」

「え?」

 優万は昨日の亮介の様子を思い出す。

「鳥羽君は、正直に話してくれたんだと思うよ。私たちに『教えられない』って事を含めて」

「それって…」

「鳥羽君って、意外に正直だよね。もっと秘密主義な人かと思ってた」

 優万がにこにこしながら言う言葉に、香菜は脱力しながら答える。

「正直って言うより、生真面目すぎるんじゃ…」

「生真面目?」

 香菜は、なぜか呆れているようだった。

「訊かれた事は全部答えなきゃって思ってるって事でしょ。誤魔化す事も、嘘吐く事もしようと思えばできたのに、しなかったしね。…ま、鳥羽っていかにも嘘吐くの下手そうだけどね」

「…それって、鳥羽君の事貶してるの?」

「別に? 正直に言っただけだよ」

 優万が半眼で呟くのに、香菜はあっけらかんと答えた。優万も、そうだろうなと思う。

 正直なのは美点だが、それが過ぎれば逆に嫌味に聞こえるし、嘘に思える。亮介の場合は、完全に後者だった。

 つまるところ、優万は、亮介が器用貧乏に思えて仕方がないのだ。

 上手く立ち回ろうとすればいくらでもできるほど頭が良いのに、敢えて事が面倒になる方へと進んでいってしまう。因果な性格だ。

 しかし、優万にとっては、それすら好ましい。

「ちょっと優っちゃーん? 勝手に鳥羽に心飛ばさないでくれる?」

 にやにやしながら、香菜が顔を覗き込んでくる。優万は、ハッと我に返った。

「香菜ちゃん! な、何言ってんの。そんな事――」

「顔が赤いよ、優っちゃん。図星でしょ」

 香菜は、依然としてにやにやしたまま優万を見つめる。

 もちろん図星の優万は、反論できずに話題を変えるしかなかった。

「――でさ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」

「鳥羽の秘密を探るのを?」

 香菜の言葉に、優万は首を振った。

「ううん。鳥羽絳四郎さんを探すのを」

「はあ!?」

 大きな声を上げる香菜。

 当然だろうな、と優万は思う。亮介と緋凰の秘密を絳四郎と結びつける発想は、意外に思い付かない。

「なんで!?」

「考えてみて」

 弁当箱を片付けながら香菜をチラリと上目遣いに見る。香菜は、やはり訳がわからないという顔をしていた。

 優万は、しっかりと香菜の顔を見た。

「二人が一番秘密にしてたとこってどこだと思う?」

「……………………あ」

 香菜も、ようやく思い至ったというように、長い熟考の末にハッとした顔をした。

 鳥羽家の事や緋凰の素性を訊いた時も歯切れは悪かったし嘘っぽかったが、何よりも「言えない」「訊くな」と言われたのは鳥羽絳四郎だった。

「それで二人の秘密がわかるのかはわかんない。でも、鳥羽絳四郎(とばこうしろう)って人が鍵を握ってる気がする」

「う〜ん。…そうかもね」

 香菜も、認めざるを得なかった。

「でも、どうやって?」

「問題はそこなんだよね…」

 優万は、腕組みをして考え込んだ。

 昨日は、亮介に偉そうな事を言ってしまったが、いざ自分も探そうと思うと、困ってしまう。相手は、名前しかわからないのだ。まだ亮介たちの方が持っている情報が多い分、探しようがある。

「もうちょっと聞き出しておくんだった…」

 優万は、大きなため息を吐いた。

 ふと、香菜が思い出したように呟く。

「緋凰さんの彼氏って事は、緋凰さんと同じくらいの年かな?」

「あっ…そうかも!」

「で、確か鳥羽が『この町にいる事は間違いない』って言ってたような気がする」

 香菜の続ける言葉に、優万はこくこくとうなずく。「後、いるとしたら、鳥羽家の持ってる屋敷だとも」

「でも、それってどれかわかんないよね」

「まぁね」

 香菜は苦笑いをしてみせた。

 思ったよりも手掛かりはあるかもしれない。

 しかし、それだけでは探せないのも事実。

 何か一つでも大きな手掛かりがあれば良いのだが。

「やっぱり無理なのかなぁ…」

 机に突っ伏して、優万は呟いた。

 チラリと助けを求めるように香菜を見たが、彼女の顔も晴れなかった。香菜もどうしたら探せるのか思い付かないのだろう。

「そうだねぇ…」

 そもそもが、名前も顔も素性も知らない人間を探すと言うのが無理な話だったのだ。

 警察や探偵など、その道(どの道だか)のプロならともかく、ただの女子高生の優万が人を探せるわけがない。闇雲に探して、万が一の奇跡でもない限り、見つけられないだろう。

 そう考えると、優万は急に怒りが湧いてきて、ガバッと起き上がった。

「ゆ、優っちゃん?」

 怖い顔をしているのかもしれない。香菜がびっくりした顔で優万を見つめている。

 大体、秘密にする亮介が悪いのだ。だから、気になって気になってしかなくなる。探すなと言うなら、最初から要らない情報を与えるなというものだ。

「香菜ちゃん、私、何か腹立ってきた…」

「え」

「何でこんなに情報のない人を探さなきゃならないの!? 鳥羽君も鳥羽君だよ。せっかく私が一緒に探そうかって言ったのに、要らないって言うし。そのくせ、自分もどうやって探そうか困ってるんじゃない! 私にも、もう少し情報くれたって良かったのに…」

 最初は大きかった優万の文句は、だんだん小さくなってやがて口の中でブツブツ言うだけになっていった。

 鳥羽に怒っているというよりも、情報を全くくれなかったという事に不満と悲しさを覚えたと言うのが正しいかもしれない。

 それがわかったからだろう。香菜も、最初こそ驚いたものの、すぐに目を細めた。

「……優っちゃん、もしかして、拗ねてる?」

「えっ!?」

 優万は、はっと香菜の顔を見た。

「ええっ!?」

「拗ねてんじゃん! それ」

「拗ねてないっ」

 香菜は呆れたようだった。

「図星刺されたからって逆ギレしないの」

 優万はムスッと口を尖らせた。まだ亮介に対する怒りが消えたわけではない。しかし、はっきりと香菜に指摘された事で怒りは違う方向へシフトした。

「…もう良い」

「ん?」

 優万は、何かが吹っ切れたように言った。

「とりあえず、鳥羽絳四郎さんを探す!」

「どうやって?」

 間髪入れずに訊かれて、優万は「うっ」と言葉を詰まらせたが、すぐに答える。

「そ、そんなの…なんだっていいでしょ」

優万は、痛いところを突かれてしどろもどろになる。

「よくないよー。気になるもん」

香菜は、にやにや笑っている。優万をからかっているのだ。

「……とりあえず、頑張るの」

「だから、どうやって? 私は、方法を訊いてるの」

「それは…とにかく、頑張るの!」

要領を得ない優万の返答を予想していた香菜は、大きくため息を吐いた。

「何にも考えずに手当たり次第に探すつもりなのね?」

「う…」

詰まる優万。香菜は意地悪く続ける。

「それって、優っちゃんが鳥羽にダメ出しした方法じゃなかったっけ?」

「うぅ…」

更に唸る優万。香菜をキッと睨み付ける。

「じゃあ、香菜ちゃん、何か良い方法思いつくの?」

「ううん」

香菜はあっけなく首を振る。

「だったら意地悪な事言わないでよ。効率悪くても、こうするしかないんだから」

「そうだね」

香菜は何か考えながら答える。何か感じたらしいが、具体的に形にならないようだ。

「あぁもう、何でこんな事になったのぉ…?」

「嘆かない嘆かない。自分で鳥羽の秘密を探るんだって決めたんでしょ」

 項垂れる優万に、香菜がおかしそうに言い返す。優万は、反論できずに机の上に突っ伏すしかなかった。

 香菜はクスクス笑っている。

「――…あっ、もう休み終わりだよ。音楽室戻んなきゃ」

 香菜の声に、優万も慌てて教室の時計を仰ぎ見た。

 一時五分前だ。

 優万も慌てて弁当の入った鞄をつかんで立ち上がった。

「早く行かなきゃ先輩に怒られるね」

「そだね。流石にピリピリしてるしね―」

 学園祭まではまだ余裕がある。しかし、そろそろ合唱として完成度を高めないといけない時期になっていた。

 先輩方からすると、今年は出来が悪いらしい。早く早くと焦るのは理解できた。そんな先輩方の機嫌を損ねたくない。

 特に、高校生活最後のコンサートとなれば、尚更だ。

「香菜ちゃん、アルトはどう?」

「どうもこうも。必死さが足りないね、一年の。やればできるはずなんだけど、まだ余裕があるって思って手を抜いてるのがバレバレ。そろそろ先輩の喝が入るんじゃないの」

 香菜は、肩を竦めて言う。

「ソプラノもそう。でも、ソプラノの方がアルトより悪いかも」

「えっ、何で?」

 優万の言葉に、香菜は意外そうに聞き返す。練習を聞いている分には問題ないように聞こえるからだ。

 優万は、香菜がやったのと同じように肩を竦めた。

「だって、ソプラノの方は、練習もあんまり進んでないもん」

「あっ、そっか…。難しいんだっけ」

 香菜の言葉にうなずいて、優万は軽くハミングしてみせる。

「ここね。なかなか難しいんだ、メロディが単調すぎて。逆に音が取りにくいの」

「それなら、まだアルトの方が音取りやすいかも」

 同意する香菜に、「でしょ」と優万は大きくうなずく。

「主旋律なのに、何でこんなに変化のないメロディなの!?」

 憤慨して、優万は言うが、先輩にぎろりと睨まれて慌てて声を落とした。

「とにかく、音取るのが難しくってさ…」

「…何にせよ、お互い頑張るしかないね」

 香菜も、先輩の耳を憚って低い声で返答する。優万はうなずいた。

「そうだね」

「――午後の練習始めるよ!」

 優万が言うのと同時に、部長の声が音楽室に響き渡り、二人はそれぞれのパートへと別れた。




ーーーーー




 じゃあね、と香菜と別れた後、優万は鳥ヶ丘の辺りをフラフラ歩いていた。

 有言実行。香菜に言った事を早速実践しているのだ。

 ただし、ふらふら歩いているので、当然ながら鳥羽絳四郎の手がかりなど見つからない。

 よく知った家の近所なら勝手がわかると思い、優万は手始めに家の近所から探し始める事にした。

 高校からの通学路ではなく、少し脇道にそれて進んでいく。

「ここら辺は変な家ってなかったはず…」

 優万は、小さく呟きながら歩く。

 時刻は黄昏。淡い橙色の空は、端の方がだんだん闇に染まって不思議なコントラストだ。早くも星が光っていたりする。

 あまり時間がないために、優万は焦っていた。

 午後の練習は白熱し、部活時間を大幅にオーバーしてしまったのだ。

 おまけに、明日にはパートの中で歌唱テストがある。練習しなければ、自信がない。

 主よ、憐れみたまえ――。

 ラテン語の厳かな旋律は、この今の時刻に不思議に似合った。

 優万は、小さく鼻歌を歌いながら周囲を見回す。

 和洋ごちゃ混ぜの大小様々な家が雑然と立ち並ぶ街。鳥ヶ丘のように綺麗な街であるとは到底言えない。

 あの街とこの街の違いはなんだろうと優万は思う。

 家の大きさだろうか。道の広さだろうか。表面的なものもあるだろう。

 しかし、一番の大きな違いは、街自体が纏う雰囲気だ。


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