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第三話 その1

 次の日の午後四時。

 優万と香菜と堀の三人は、高校の正門の前に集まっていた。

「じゃ、行こっか」

 今日もノリノリの香菜がにこりと笑って言う。三人は、学園のギリギリ境界線を行くように歩き始めた。

 優万は、歩き始めてすぐに昨日母に言われた事を思い出した。

「あっ、そう言えば、この辺、最近変質者出るんだって」

「えっ、そうなの?」

 初耳という顔をする香菜に対して、堀の方は聞いた事があったようだ。身に迫ってはいないから、全くの他人事のような口調で同意する。

「俺も聞いた。詳しい事は知らないけど」

「お母さんに気をつけるように言われたんだけど、どんな変質者かわかんないって言うんだもん。それじゃあ気をつけられないって」

 優万は、母の事を思い出して、ついつい口を尖らせて言う。しかし、香菜が食いついたのは、そこではなかった。

「どんな変質者かわかんないんだ」

「うん、そう。まだ会った人もそんなにいないらしいし、多分、気を付けなきゃいけないほどでもないんだろう」

 堀の説明に、香菜は「ふぅん」と納得した。

 今の世、科学文明が発達して、闇はほとんどなくった。しかし、その分人の心の闇は深くなった。ニュースや新聞を見れば、世界中のいたるところで心の闇に勝てなかった人々が毎日のように報道される。そして、それは優万たちも自覚している。

 つまりは、変質者など、珍しくもないどこにでもある話なのだ。

 実際に自分が遭遇するか、被害に遭うまでは、結局は他人事にならざるを得ない。

 だから、この話題はすぐに変わって、三人の頭から消えた。

「そういやさ、俺、今日気になって色々調べてみたんだ」

「何を?」

「鳥羽の事」

 そう言って、堀は思い出すかのように少し遠い目をした。

「あんまりにも何にも知らないから、もうちょっと詳しいプロフィールがわかんないかと思ってさ。芹口さんへのお土産にもなるし」

「うん。ありがとう。…それで?」

 優万が促すと、堀は妙な顔をした。

「それが…変なんだよなぁ」

 優万と香菜は顔を見合わせる。

「どういう事?」

「誰も、知らないんだ」

「?」

 堀の言っている事がわからないので、二人は不思議そうに首をかしげる。堀は、噛んで含めるようにゆっくりと説明する。

「鳥羽の事だよ。陸部にも幼等部からいて、鳥羽と同じクラスになった事あるヤツとかいるんだけどさ、全く知らないんだ」

 堀は、自分も不思議でたまらないというように首を捻る。

「家がセレブらしい事と、無愛想な事、鳥羽の事で知ってる事っつったら、それくらいなんだとさ」

 キョロキョロと亮介の姿を探しながら、堀は続ける。

「家も知ってるヤツいないって話だし、友達もいない。…あと、顧問に聞いたら、意外な事教えてくれた」

「なになに?」

「鳥羽、高等部に入るまで部活やった事なかったんだって」

 堀のこの言葉には、さすがに二人とも驚いた。

「まさかぁ!」

 大袈裟に香菜が否定してみせると、堀は神妙な顔をしてうなずいた。

「いや。そのまさか。陸上は高等部に上がってから始めたらしい。おまけに、期限付きで」

「期限?」

「そう。陸部に入るように無理に勧めたのは顧問らしいんだけど、そしたら、鳥羽なんて言ったと思う?」

「何て?」

「『いつでも辞めたい時に辞めていいと許可してくれるなら、やってもいい』って」

 優万は、ようやく腑に落ちた。

 亮介が陸上部を辞める事を顧問が全く止めようとはしなかった理由がわかったのだ。最初にそんな約束をしていたというなら、いくら辞めさせたくなくても認めるしかない。

 しかし、依然として疑問は残る。

「でも、変だよ。どうして鳥羽は期限なんてつけたの? 最初っから途中で辞める事がわかってるみたいじゃん」

 香菜の言葉に、優万も大きくうなずく。

「うん。顧問も、聞いたらしいんだ。そしたら、鳥羽は何も答えなかったけど、次の日に理事長から陸上部に入れたいんなら鳥羽のいう事を聞くようにって命令されちゃったんだって」

「えっ、理事長!?」

 意外な大物の登場に、思わず優万は大きな声を出す。

 教師と違って、普段全く接点がない役職の人間だ。そんな人物と、亮介が結びつかない。

「ちょっと、おかしくない? そもそも、鳥羽はたかが一生徒よ? これまでだって、理事会が生徒のために出ばった事なんてなかったのに、なんで鳥羽の時ばっかり口を出してくるの?」

「そうなんだよなぁ。顧問も、聞いたんだって。そしたら、『聞くな』って」

 堀は首を振り振り、どうしようもないと答えた。

 香菜は、更に興味をそそられたように目を輝かせる。

「なんでそんなに隠すんだろ? 怪しいって言ってるもんなのに。優っちゃん、これは絶対に何かあるよ」

 優万も大きくうなずく。

 亮介が隠す事と理事長が隠す事、何か接点はないのか。

 そう考えて、優万はふと思い出した。

「そういえば、理事長の名前って、鳥羽って言わなかったっけ?」

 二人は顔を見合わせる。

「あ、そうだっけ?」

「なんだぁ、身内? だから介入してきたのね」

 口々に納得するが、それと亮介の謎は別。亮介は姿も形もないし、謎は深まるばかりだ。

 そろそろ大学の正門に着く。

 門の反対には、閑静な住宅街だ。一等地である。どの家も庭まできちんと整えられて美しく、道にはゴミ一つ落ちていない。

 優万は、自分の家の近所と比べて、思わずため息を吐いた。

「あーあ、こんなとこに住めたら良いのに」

「金持ちってずるいよねー」

 香菜と愚痴る。

 今の生活に不満はない。しかし、この閑静な住宅街のどこかに亮介が住んでいるのかと思うと、何だかとても羨ましく思えた。

「…鳥羽君、どこにもいないね」

 正門の前にしばらく佇み、周囲を見回して他愛ない話を募らせて、ポツリと優万は呟いた。

 香菜と堀はハッとした顔を優万に向けた。優万自身が思っているよりずっとがっかりした声をしていたらしい。

「ま、こんなとこうろうろしたりはしないさ」

「そうよ。もう少し向こうに行ってみよう」

 口々に優万を慰めるように言い、香菜と堀は移動を提案する。

 確かに、一箇所に留まっているよりも、住宅街を巡ってみた方が遭遇率は高いかもしれない。

「そうだね」

 優万が乗り気になったので、二人もホッと胸を撫で下ろす。

 ふと、香菜が何かを思いついたかのように目をキラッとさせた。

「どうせなら、鳥羽ん家探さない? ただダラダラ鳥羽を探すのももったいないじゃん」

「それ、良いかも!」

 亮介に言いたい事のある堀は大賛成だ。もちろん、優万にも異存はなかった。

 謎が多い亮介。家がわかる事で、その謎が少しだけでも解明できたら良いのに、と優万は考える。そうすれば、少しだけ距離が近くなる気がするから。

 三人とも、そう簡単に亮介の家がわかるわけないとはわかっていた。しかし、大学の正門前で明らかに高校生と見られる三人組が何をするわけでもなく駄弁っていらば、やはり目につく。

「まず探すんだったら、鳥が丘でしょ」

「じゃ、そっちから探そうか」

 どこをどのようにして探すか、三人で意見を出して、次のようになった。

 亮介の家があると噂される鳥が丘中心に探す。

 人がいれば、鳥羽という家について聞いてみる。

 鳥羽の家がわかった場合、そこに妙齢の美女がいないか探りを入れる。

 最後の項目に関しては、優万は最初は難色を示したが、香菜に押しきられた。

 まぁ、元々はその美女が発端だ。優万も、美女の事が気になっていたから、難色を示したというのも恥ずかしいという思いから出たにすぎない。香菜に押しきられた時点でその思いはなくなった。

 鳥が丘は、一等地だけあって綺麗に整備され、大きな邸宅が並ぶ閑静な住宅街だった。

 表に立派な表札が掛けられている家も多く、三人はその表札を一軒一軒確かめて歩いていた。

 人がいれば、鳥羽家について尋ねてわかれば終わりなのだが、いかんせん人がいないものは仕方がたい。どうして人がいないのだろうと思いながら、優万は目の前の家の表札をチラと見やった。

 もちろん、鳥羽ではない。

 がっかりしながらも、足早に門の前を通りすぎた時。

「わぁっ!」

 いきなり門がすごい勢いで開き、小太りの女が出てきた。

「――――なにしてるの、あなた達?」

 着ているものはあくまで上品なブランドもの。さすがに、鳥が丘の奥様は違う、と優万は頭の片隅で思う。

 家々を嘗めるように歩いていたのが不審で問いただしに出てきたらしい。

「えっ、と…」

 咄嗟には何も説明できないでいる優万を押し退けて、香菜が女へと身を乗り出す。

「あの、この辺りに鳥羽って家ありませんか? 友達が風邪引いたって言うんでお見舞いに行こうと思ったんですけど、迷ってしまって」

「あら、そういうこと」

 女は、あっさり納得した。香菜は、優万と堀を振り替えって、女にわからないようにべぇと舌を出してみせた。三人にとってはみえみえの嘘なのだが、女にはいたってもっともな理由に聞こえたらしい。

 堀は苦笑している。優万は、香菜の機転に舌を巻いていた。

 私もこんなふうに咄嗟の機転がきくようになればいいのに。

 女は、機嫌良く答える。

「鳥羽さんの家? あなた達くらいのお年のお子さんがいる家だったら、多分あのお屋敷じゃないかしら。あのお屋敷よ、白い塀と大きな門のあの古い大きな」

 女が指差した所を見て、三人は思わずポカンとした。

 それは、女が言う通り家ではなく――屋敷だった。

 今優万たちのいる通りの突き当たりにその屋敷はあった。白塗りの汚れ一つない純蓬莱風の壁。木でできた大きな門。いかにも江戸時代の武家屋敷といった風情だ。

 女は、優万たちの驚きようを笑いながら続ける。

「大きなお屋敷でしょう? この辺りでも一番大きなお屋敷なのよ。なんでも、秦始皇の時代からある名家なんですって」

 女の言葉には、三人は更にポカンとするしかなかった。

 次元が違う。

 三人は、確かにそう思っていた。

 本当に亮介の家なのだろうか。

「確か、そのお屋敷の二番目の息子さんかしら。あなた達と同じくらいだったはずよ。お名前は…そう! 亮介君、だったかしら」

 間違いない。あの大きなお屋敷が、亮介の家なのだ。

「鳥羽君って、本当にセレブだったんだね…」

 優万は、呟く。

 何だか、どんどん亮介との距離が開いている気がする。住む世界が全然違う事に気後れをする。

「優っちゃん、大丈夫?」

 呆然としたまま現実に戻って来られない優万を心配して、香菜が声をかける。

 大丈夫、とは言えなかった。

 人の間に物理的な壁はない。けれど、今、優万は亮介との間に分厚く高い壁があると認識していた。

 その壁に近付こうとすると、その壁はどんどん厚く高くなる。どうやってその壁を崩せば良いのかわからない。

「さすがに、あんな大きな家――てか、屋敷じゃなぁ…。ちょっとショックかも」

 無理もない、と堀は優万に同情気味だ。優万とは多少感情は違うものの、大きな壁を亮介に感じたのは事実だ。

 しかし、二人とは違って、亮介に特別な感情を微塵も持っていない香菜は別だ。興味津々で二人の腕を引っ張る。

「ねぇ! 早く行こうよ」

「えっ!?」

 そんな事は思いもよらなかった優万と堀は大きな声を上げる。

 教えて下さってありがとうごさいました〜、と香菜は女にペコリと頭を下げて、なお二人の腕を引く。

「ちょっ、ちょっと、香菜ちゃん!」

 優万が慌てると、香菜はちらっと優万を振り返る。

「なに? 行くの止める? 優っちゃん」

「――――…っ、そうじゃないけど」

 意地の悪い香菜の問いかけに、優万は一瞬詰まってから首を振る。

「ないけど、何よぉ」

 唇を尖らせて、香菜は言葉を濁らせた優万を促す。

「ちょっと…気後れしちゃって」

「そんな必要ないわよ。どんなに家が大きくたって、鳥羽は鳥羽でしょ? 家なんて関係ない」

「いやまぁ…そうなんだけど」

 性格オトコマエだなぁと思いながらも、優万はうなずくしかない。

 しかし、香菜のおかげで踏ん切りはついた。

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