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雪が溶ける前に

掲載日:2025/12/17

白銀の地面に置かれたランドセルは、夕日の光を映して輝いていた。

「鞠子、みて!かなりの自信作!」

私が振り返ると、俊介は誇らしげに、自分の作ったゆきだるまを見せびらかす。

大きなマグネットの目は異様で、ヘタを見せる格好でやけに斜めにささっているにんじん。

奇妙だけど、愛嬌が感じられる。

「何その顔!」

私は思わず吹き出してしまった。

俊介はきょとん、とこちらを見つめ、それがおかしくてまた笑いがこぼれる。

こんなふに笑いあうのは、昔から変わらない。

「寒いね。家、寄ってく?」

「うん!」 ランドセルを背負い、真っ白な世界を二人で駆けだした。


___


「いらっしゃい、鞠子ちゃん」 俊介の母親が、明るく迎えてくれた。

「こんにちは、お邪魔します」

なるべく靴を綺麗に並べるように意識しながら、家に上がる。

最初に目に映ったのは、山積みにされてある段ボールだった。

驚くほど綺麗に片付けられた部屋は、妙に広い。

俊介の家はクリスマスシーズンになれば、いつも家中を赤と緑のリボンでお洒落に彩る。

こんなの、おかしい。

「なんで、こんなに段ボールが沢山あるの?」

「……明日、引っ越しするんだ」

「ひ、引っ越し!?」

驚きのあまり、私は身を乗り出して叫んでしまった。

頭が真っ白になる中、俊介が珍しく俯いているのがわかる。

改めて見るその殺風景さに、胸がざわめいた。 しんとした空気の中、俊介が口を開く。

「鞠子、これから用事ある?」

「ないけど…」

「ちょっと、来てほしい」


___


雪がちらほら舞うその夕暮れ、私と俊介は手を繋いで歩いた。

小さな手の温かさが私の心の中にじんわりと溶けていく。

視界の隅では、街角のクリスマスツリーが雪と光に紛れて揺れていた。

街の曲がり角を曲がると、光のトンネルのようなイルミネーションが目の前に広がった。

金色の光が雪に反射して、二人の手のひらに、小さな星が舞い降りたみたいだ。

「鞠子、きれいだね!」 俊介は無邪気に喜びながら、雪を掬うように、光をすくっている。

私は照れくさくて顔をそむけたけれど、内心嬉しかった。

「メリークリスマス!もうクリスマスイブかぁ…。最後に鞠子と見れてうれしかったよ」

夜に浮かぶ、眩しく連なる光の中で、俊介は私に満面の笑みを見せる。 私はただ、頷いた。

胸がきゅう、と痛む。

_お願い、雪が溶けませんように

明日、何かが変わってしまうんじゃないか、という不安が、私の心を侵食し始める。

ずっと続いてほしい、その願いが呆然と浮き上がってくる。

そうだ、今日はサンタさんが願いを叶えてくれる日だ。

それが、小さな光になって、私の心の中に舞い降りた。


しかし、それはすぐに零れ落ち、私に儚さを教えるものだった。


「俊介!」

翌朝、私は俊介の家を目掛けて、一本道を全速力で走っていた。白い吐息が、空気に溶けていく。

「メリークリスマス!」 声を張って言ったけれど、返事はない。

いつもなら笑って振り返る俊介は、どこにもいない。

たどり着いた家の玄関は、静まり返っていたのだ。

胸がきゅう、と締め付けられ、私はどうすればいいかわからなかった。

胸の奥がざわついたまま、雪はすっかり溶けていった。


___


電車の揺れに身を任せながら、ふと思った。

あれから何年たったことだろう、と。 終電の、しんみりとした車内。

暖房の、ほんわりと広がる暖かさに意識がゆるむ。

職場でずっと気を張っていたせいか、暖かさが余計に心地よい。

私は冷えたガラスに頬を寄せる。レールの音に合わせて揺れる、家々の灯りがやけに遠く感じた。

電車がカーブに差しかかり、体がゆらりと揺れる。その瞬時、窓の外から流れてくるイルミネーションの光が目に映った。

走り去る電車を追いかけるように、赤や緑の、色とりどりの光がふんわりと滲んでいく。

_「鞠子、きれいだね!」 脳裏に声が響いた。夢のような、美しい思い出。

あのとき、ちゃんと笑えばよかったかな。

あの頃の私は、世界を真直ぐに見ていた。

「ご乗車ありがとうございました。まもなく、終点~」

アナウンスに、空気が動くのを感じながら、ぼんやりと、荷物を整理する。

「お忘れ物ないよう、ご注意ください」

一仕事終えた電車は静かに止まっていた。 数少ない乗客が、次々に降りていく。

誰もいなくなった車内を出ると、凍えるような夜気が私の頬に触れた。

見上げれば、真っ黒な空から、白い六花が舞い降りてくる。

吐いた白い息は張り詰めた夜空に溶けていき、少し切なく感じる。

ひらりと落ちてきた光に、私はそっと手を差し伸べた。

俊介の無邪気な笑みが目に浮かび、少し微笑んだ。

ふっくり、手のひらに舞い降りた六花。街灯に照らされて、真っ白に煌めく。

小さな星のようなそれは、ひとしずく落ちて、儚く消えてしまう。

その切なさは胸に刺さったけれど、悪くないなと思った。今日も、街に光が降り続けていた。

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