雪が溶ける前に
白銀の地面に置かれたランドセルは、夕日の光を映して輝いていた。
「鞠子、みて!かなりの自信作!」
私が振り返ると、俊介は誇らしげに、自分の作ったゆきだるまを見せびらかす。
大きなマグネットの目は異様で、ヘタを見せる格好でやけに斜めにささっているにんじん。
奇妙だけど、愛嬌が感じられる。
「何その顔!」
私は思わず吹き出してしまった。
俊介はきょとん、とこちらを見つめ、それがおかしくてまた笑いがこぼれる。
こんなふに笑いあうのは、昔から変わらない。
「寒いね。家、寄ってく?」
「うん!」 ランドセルを背負い、真っ白な世界を二人で駆けだした。
___
「いらっしゃい、鞠子ちゃん」 俊介の母親が、明るく迎えてくれた。
「こんにちは、お邪魔します」
なるべく靴を綺麗に並べるように意識しながら、家に上がる。
最初に目に映ったのは、山積みにされてある段ボールだった。
驚くほど綺麗に片付けられた部屋は、妙に広い。
俊介の家はクリスマスシーズンになれば、いつも家中を赤と緑のリボンでお洒落に彩る。
こんなの、おかしい。
「なんで、こんなに段ボールが沢山あるの?」
「……明日、引っ越しするんだ」
「ひ、引っ越し!?」
驚きのあまり、私は身を乗り出して叫んでしまった。
頭が真っ白になる中、俊介が珍しく俯いているのがわかる。
改めて見るその殺風景さに、胸がざわめいた。 しんとした空気の中、俊介が口を開く。
「鞠子、これから用事ある?」
「ないけど…」
「ちょっと、来てほしい」
___
雪がちらほら舞うその夕暮れ、私と俊介は手を繋いで歩いた。
小さな手の温かさが私の心の中にじんわりと溶けていく。
視界の隅では、街角のクリスマスツリーが雪と光に紛れて揺れていた。
街の曲がり角を曲がると、光のトンネルのようなイルミネーションが目の前に広がった。
金色の光が雪に反射して、二人の手のひらに、小さな星が舞い降りたみたいだ。
「鞠子、きれいだね!」 俊介は無邪気に喜びながら、雪を掬うように、光をすくっている。
私は照れくさくて顔をそむけたけれど、内心嬉しかった。
「メリークリスマス!もうクリスマスイブかぁ…。最後に鞠子と見れてうれしかったよ」
夜に浮かぶ、眩しく連なる光の中で、俊介は私に満面の笑みを見せる。 私はただ、頷いた。
胸がきゅう、と痛む。
_お願い、雪が溶けませんように
明日、何かが変わってしまうんじゃないか、という不安が、私の心を侵食し始める。
ずっと続いてほしい、その願いが呆然と浮き上がってくる。
そうだ、今日はサンタさんが願いを叶えてくれる日だ。
それが、小さな光になって、私の心の中に舞い降りた。
しかし、それはすぐに零れ落ち、私に儚さを教えるものだった。
「俊介!」
翌朝、私は俊介の家を目掛けて、一本道を全速力で走っていた。白い吐息が、空気に溶けていく。
「メリークリスマス!」 声を張って言ったけれど、返事はない。
いつもなら笑って振り返る俊介は、どこにもいない。
たどり着いた家の玄関は、静まり返っていたのだ。
胸がきゅう、と締め付けられ、私はどうすればいいかわからなかった。
胸の奥がざわついたまま、雪はすっかり溶けていった。
___
電車の揺れに身を任せながら、ふと思った。
あれから何年たったことだろう、と。 終電の、しんみりとした車内。
暖房の、ほんわりと広がる暖かさに意識がゆるむ。
職場でずっと気を張っていたせいか、暖かさが余計に心地よい。
私は冷えたガラスに頬を寄せる。レールの音に合わせて揺れる、家々の灯りがやけに遠く感じた。
電車がカーブに差しかかり、体がゆらりと揺れる。その瞬時、窓の外から流れてくるイルミネーションの光が目に映った。
走り去る電車を追いかけるように、赤や緑の、色とりどりの光がふんわりと滲んでいく。
_「鞠子、きれいだね!」 脳裏に声が響いた。夢のような、美しい思い出。
あのとき、ちゃんと笑えばよかったかな。
あの頃の私は、世界を真直ぐに見ていた。
「ご乗車ありがとうございました。まもなく、終点~」
アナウンスに、空気が動くのを感じながら、ぼんやりと、荷物を整理する。
「お忘れ物ないよう、ご注意ください」
一仕事終えた電車は静かに止まっていた。 数少ない乗客が、次々に降りていく。
誰もいなくなった車内を出ると、凍えるような夜気が私の頬に触れた。
見上げれば、真っ黒な空から、白い六花が舞い降りてくる。
吐いた白い息は張り詰めた夜空に溶けていき、少し切なく感じる。
ひらりと落ちてきた光に、私はそっと手を差し伸べた。
俊介の無邪気な笑みが目に浮かび、少し微笑んだ。
ふっくり、手のひらに舞い降りた六花。街灯に照らされて、真っ白に煌めく。
小さな星のようなそれは、ひとしずく落ちて、儚く消えてしまう。
その切なさは胸に刺さったけれど、悪くないなと思った。今日も、街に光が降り続けていた。




