「君がいると運気が下がる」と婚約破棄されましたが、私は『歩くパワースポット』でした。 〜不運まみれの『厄災公爵』を助けたら、女神として溺愛されています〜
「ココ! 貴様との婚約を破棄する! 今すぐこの屋敷から出て行け!」
王都の一等地にある子爵邸。
私の婚約者であるジェイク・ローランドが、ティーカップを床に叩きつけながら叫びました。
ガシャーン! という派手な音と共に、破片が飛び散ります。
「……ジェイク様。どうされたのですか、急に」
私は冷静に、足元に飛んできた破片を避けました。
ジェイク様は整った顔立ちをしていますが、性格は歪んでいます。
自分の思い通りにならないことがあると、すぐに私に当たり散らすのです。いわゆる「モラハラ男」ですね。
「急ではない! ずっと我慢していたのだ! 貴様のような陰気で、地味で、何の取り柄もない女と一緒にいる苦痛を!」
彼は鏡の前で自分の前髪をかき上げ、うっとりとした表情を作りました。
「私は『幸運の貴公子』と呼ばれる男だ。事業は成功し、賭け事には負け知らず、天気さえも私に味方する。……だが、貴様はどうだ? 貴様がそばにいると、空気が澱む気がするのだ!」
「澱む、ですか……」
「そうだ! 貴様は私の運気を下げる『疫病神』だ! 昨日も、私が馬車に乗ろうとしたら、ステップで少し躓いたぞ! 貴様の不吉なオーラのせいに違いない!」
……躓いたのは、貴方が靴紐を結んでいなかったからでは?
そう言いたいのを飲み込みます。
「それに比べて、ミランダを見ろ! 彼女は華やかで、私の隣にふさわしい輝きを持っている!」
ジェイク様が引き寄せたのは、派手なドレスを着た男爵令嬢ミランダでした。
彼女は私を見て、鼻で笑いました。
「あらぁ、ココ様。ごきげんよう。ジェイク様は私が幸せにして差し上げますから、安心して路頭に迷ってくださいな」
「そういうことだ! 手切れ金などやらんぞ。貴様がこの3年間、私の屋敷でタダ飯を食っていた分で相殺だ! 着の身着のまま出て行け!」
ジェイク様が指を鳴らすと、執事が私の荷物(小さな鞄ひとつ)を放り投げてきました。
私は……ため息をつきました。
悲しいかって? いいえ、全然。
むしろ「やっと解放される」という安堵感でいっぱいです。
ジェイク様は勘違いされています。
彼が「幸運の貴公子」なのではありません。
私が、生まれつきの**『歩くパワースポット(女神の加護持ち)』**なのです。
私がそばにいるから、彼は雨に濡れず、事業に成功し、ギャンブルで勝てていたのです。
彼が躓いた時に骨折しなかったのも、私がとっさに加護で守ったからです。
「……わかりました。謹んでお受けいたします」
私はカーテシーをしました。
もう、守ってあげる義理もありませんね。
「後悔なさいませんように」
「はん! 後悔などするものか! せいぜい野垂れ死ぬがいい!」
高笑いする二人を背に、私は屋敷を出ました。
その瞬間、屋敷の屋根瓦がバラバラと崩れ落ち、ジェイク様の大事な盆栽を直撃した音が聞こえましたが……私は振り返りませんでした。
◇
あてどなく王都を歩いていると、空が急に暗くなり、ポツポツと雨が降り始めました。
いいえ、ただの雨ではありません。
局地的な豪雨です。それも、**「ある一点」**にだけ集中して降っているような……。
「……なんで俺だけ、こんな目に遭うんだ」
公園のベンチに、ずぶ濡れの男性が座っていました。
漆黒の髪に、暗い影を落とした瞳。
その顔立ちは彫刻のように美しいのに、全身から漂う「負のオーラ」が凄まじいことになっています。
彼の頭上だけに、小さな雨雲が発生していました。
さらに、通りがかった馬車が泥水を跳ね上げ、彼の純白のシャツを汚します。
とどめとばかりに、カラスが彼の肩に「落とし物」をして飛び去っていきました。
「……ふっ。今日はツイてるな。隕石が落ちてこなかっただけマシだ」
彼は自嘲気味に笑いました。
見ていられません。
私の「お節介スキル」が発動しました。
「あの……よかったら、これをどうぞ」
私は彼に近づき、自分の傘を差し掛けました。
「……っ!?」
彼が驚いて顔を上げます。
その瞬間。
サーッ……。
彼の頭上にあった雨雲が、霧散しました。
雲の切れ間から太陽の光が差し込み、彼をスポットライトのように照らします。
さらに、どこからともなく飛んできた白い鳩が、彼の肩の「落とし物」を器用に拭い去って(食べて?)いきました。
「……え?」
彼は呆然として空を見上げ、それから私を見ました。
「あ、雨が……止んだ? それに、肩が軽くなった……?」
「通り雨だったみたいですね。風邪を引かれますよ?」
私がハンカチを差し出すと、彼は震える手でそれを受け取りました。
「君は……女神か?」
「いえ、ただの通りすがりの無職です」
彼はガバッと立ち上がり、私の両肩を掴みました。
「頼む! 俺と一緒に来てくれ! 給料は弾む! 衣食住も保証する! だから……俺のそばにいて、この『理不尽な世界』から俺を守ってくれ!」
「は、はいぃぃ!?」
必死すぎる形相。
彼こそが、この国の筆頭公爵にして、歩くだけで災害を引き起こすと恐れられる『厄災公爵』ディラン・アッシュフォード様だったのです。
◇
ディラン様の屋敷に招かれた私は、彼の専属メイド兼「お守り」として雇われることになりました。
ディラン様の不運っぷりは、想像を絶するものでした。
・廊下を歩けば床が抜ける。
・食事をすれば、魚の骨が喉に刺さる(スープなのに)。
・書類にサインしようとすれば、インク壺が爆発する。
「俺は前世で、世界を三回くらい滅ぼした大罪人なのかもしれない」と本気で悩んでいらっしゃいました。
でも、私がそばにいると……。
「……信じられない」
朝のダイニングで、ディラン様が感動に打ち震えています。
「目玉焼きの黄身が……割れていない! しかも、半熟だ!」
「それが普通です、旦那様」
「いや、俺の場合はいつも、殻が入っているか、黒焦げになっているか、あるいは配膳の途中で皿ごと爆発するんだ!」
どんな呪いですか。
私は苦笑しながら、彼のコーヒーにミルクを注ぎました。
「ココ。君が来てから、空が青い。鳥が歌っている。……俺は今、生まれて初めて『生きていてよかった』と思っている」
ディラン様は大袈裟に涙を拭い、私を熱っぽい瞳で見つめてきました。
「君は俺の守り神だ。……いや、それ以上だ」
彼は私の手を取り、甲に口づけを落とします。
「ココ。もうメイドなどしなくていい。俺の妻になってくれ」
「えっ、いきなり!?」
「君がいないと、俺はまた『歩く大惨事』に戻ってしまう。それに……」
彼は少し頬を染め、照れ臭そうに言いました。
「君が笑うと、俺の胸のあたりが温かくなるんだ。これは……不整脈か? それとも恋か?」
「恋だと信じたいですけど、一応お医者様に診てもらいましょうか」
不器用で、でも真っ直ぐな彼。
私は、ジェイク様のような「自称・幸運男」よりも、この不運だけど優しい彼の方が、ずっと素敵だと思いました。
「……はい。私でよろしければ」
私が頷くと、ディラン様は「やったあああ!」と叫び、私を抱き上げてくるくる回りました。
その拍子に、花瓶が倒れそうになりましたが……私の加護のおかげで、空中で奇跡的にバランスを取り戻し、元に戻りました。
「見たかココ! 花瓶が立った! 俺たちなら、物理法則さえも超えられる!」
大はしゃぎする彼を見て、私も笑ってしまいました。
◇
一方、その頃。
私を追い出したジェイク様は、地獄……というより、現実を見ていました。
「くそっ、なぜだ! なぜ商談がまとまらない!」
ジェイク様の事業は連戦連敗。
今までなら「たまたま相手の機嫌が良かった」「たまたまライバルが撤退した」といったラッキーで成功していたものが、全て実力勝負になった途端、彼の無能さが露呈したのです。
賭け事に行けば、今までのような神がかり的な引きは消え、確率通りの結果に収束して大負け。
レストランに行けば、予約が取れていなかったり、スープをこぼされたりする。
それは決して「不運」ではなく、単なる「準備不足」や「注意散漫」の結果なのですが、彼にはそれが理解できません。
「おかしい……俺は幸運の貴公子のはずだ! そうだ、あの女だ! ココが呪いをかけていったに違いない!」
ミランダにも「あなた、最近ちっともいいことないじゃない。魅力ないわ」と捨てられ、ジェイク様は逆恨みを募らせていきました。
「ココだ! ココを連れ戻せ! あいつに呪いを解かせて、俺の幸運を取り戻すんだ!」
ジェイク様はボロボロの服で、私のいるアッシュフォード公爵邸へと押しかけてきました。
◇
「ココ! 出てこい! 俺にかけた呪いを解け!」
公爵邸の門の前で、ジェイク様が喚いています。
私はディラン様と一緒に、バルコニーからその様子を見下ろしていました。
「……誰だ、あれは。ずいぶんと騒がしいな」
「元婚約者です。放っておきましょう」
私が言うと、ディラン様は眉を顰めました。
「元婚約者? 君を捨てた、あの見る目のない男か? ……許せん」
ディラン様の怒気が高まった、その瞬間です。
ゴロゴロ……と、晴天の空から不穏な雷鳴が響き始めました。
「ひぃっ! なんだ!?」
ジェイク様が空を見上げます。
ディラン様が、バルコニーの手すりに手をかけました。
バキッ、と手すりが折れます。
「あっ」
折れた手すりの破片が落下しました。
それは庭の噴水の銅像に当たり、カーン! と跳ね返って、庭師が置き忘れた熊手に直撃。
熊手の柄がビヨーンと跳ね上がり、近くの木に引っかかっていた蜂の巣を叩き落としました。
ブォォォン……!
怒り狂った蜂の大群が、門の前にいるジェイク様に襲いかかります。
「うわあああ! 蜂だ! なんでここに!?」
ジェイク様が逃げ惑います。
その足元には、なぜかバナナの皮(猿の魔獣が落としたもの)があり、彼は見事に滑って転倒。
転んだ拍子に門柱に頭をぶつけ、その衝撃で門の上の飾りが外れ、彼の股間を直撃しました。
「ぐべっ!!」
あまりにも見事なピタゴラスイッチ。
ディラン様は無傷(私が隣にいるので)ですが、彼が発した「厄災の波動」の余波が、全てジェイク様に向かったようです。
「……なんだあいつは。一人で踊っているのか?」
ディラン様が不思議そうに首を傾げます。
「ち、違う! 俺は不幸なんかじゃない! 俺は幸運の……ぶべらっ!」
言いかけたジェイク様の口に、突風で飛んできた新聞紙が張り付きました。
彼は白目を剥いて気絶し、そのまま川へ転がり落ちて流されていきました。
「……ココ。やはり君は女神だ」
ディラン様が私を抱き寄せます。
「君が隣にいてくれるだけで、俺の『厄災』が、ただの『喜劇』に変わる。敵は勝手に自滅し、俺には指一本触れられない」
彼は満足げに微笑みました。
ジェイク様の「自業自得の小さな不運」とは格が違う、「天災級の不運」を操る(制御不能ですが)ディラン様。
この人と一緒なら、退屈することはなさそうです。
「ココ。君はもう、俺のものだ。誰にも渡さない」
甘い言葉と共に、リップ音が響きます。
プラスとマイナスが合わされば、最強。
私たちの未来は、きっと嵐のように激しく、そして虹のように美しいでしょう。
「私も愛しています、旦那様。……あ、また空が晴れましたね」
二人の頭上には、大きな虹がかかっていました。
川下の方からは、まだジェイク様の悲鳴が聞こえてくるような気もしますが、きっと気のせいでしょう。
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