第38話 狼家眷属
狼家眷属
今までも、桜子は婚約者とは触れ回っていた。
しかし、まだ『若い』ということもあって反対は少なかった。
時間と共に現実に目覚め『婚約は解消されるだろう』という考えだ。
悟朗が二人の結婚を正式に発表したころから反対派が活発になった。
『英雄に近づきたい』という者はたくさんいる。
それなのに、婚約発表だ。
一族外の『里美』という娘を嫁にすると宣言した。
その上、跡継ぎの志郎の嫁が得体の知れない桜子という。
一応、桜の娘ということだ。
けれども、相手の男の正体が不明。
どこの馬の骨とも分からない血。
それを由緒正しい狼家に入れるのに反対した。
そして嫌がらせをするために志郎と桜子を招待する。
表向きは成婚を祝うための前祝だ。
悟朗は『顔見世に来い』というお誘いだけに断れなかった。
志郎と桜子に『行け』という指示。
この二人なら『どんな罠も食い破ってくる』という自信だった。
そして、二人は長老の屋敷に顔を出す。
『長老』と言うのは悟朗のおばあさんだ。
悟朗も顔を出したかった。
けれども、仕事の方が忙しい。
そのため、二人だけで行かせた。
二人は玄関に横付けの車から降りた。
執事が扉を開けて中に案内する。
中に入ったとたん、女の子が志郎に近づく。
志郎の近い親戚筋にあたる杏里だ。
志郎と同い年で子供のころは良く遊んでいた娘。
桜子を完全に敵視していた。
いきなり、眼を飛ばす。
けれども、桜子は動じない。
「泥棒猫は度胸もありそうね」
完全に挑発だ。
しかし、桜子から見れば雰囲気に推されて強がっているだけ。
すでに、相手は桜子の綺麗さに圧倒されていた。
今日の桜子はこの日のためにあつらえたドレスを着ている。
悟朗があつらえたドレス。
それは申し分ないものだった。
そして、前日美容院によってあつらえた髪型。
それは、シックなドレスに良く似合う。
朝、初めて桜子を見た志郎は言葉を失っていた。
そして、ここに来る間もまともに桜子を見れなかったほどだ。
杏里はそれなりに着飾っていた。
けれども、完全に負けている。
そこで、方針を変えた。
さりげなく調べた魔力は20しかない。
そこで、魔術の勝負に持ち込もうと考えた。
彼女がその外見で志郎に気に入られている。
そう思ったからだ。
親達には悟朗は伝えておいた。
『桜子の魔法は狼家の今後のためにも必要なもの』と言うことを。
しかし、半信半疑の親はそのことを子供には伝えなかった。
桜子にすれば、出会ったときから杏里の魔法レベルなど見抜いている。
杏里の全力攻撃でさえ桜子の防御を破れない。
だから、戦いにすらならない。
あの志郎の攻撃を受け重傷になった。
その時から、さらに磨きをかけた桜子だ。
客室に案内されて出てきたのは杏里の父親だった。
さすがに父親は桜子の輝きを見逃さない。
単なる御人形では無いのが一目でわかった。
全身を覆うオーラのような物だ。
能力が高いだけに見抜ける。
悟朗が『狼家に必要だ』といった意味を納得した。
しかし、娘はそんな父親を軽蔑するように部屋を出て行った。
父親も桜子の綺麗さに魅了されたと誤解したからだ。
苦笑いをする父親。
そして、長老との謁見となる。
長老はさすがに貫禄があり桜子も思わず緊張する。
桜子の手を取った長老。
桜子を見た長老は昔を思い出すように目を細める。
長老の祖母の若い頃の絵にそっくりな桜子。
そして、桜子が纏っている雰囲気が祖母と同じものだった。
初めて桜子を見た長老は懐かしさに涙を流す。
驚く回りの人々だ。
興奮する長老を宥めるため桜子は部屋から出された。
長老の祖母は桔梗と雅雄の孫だった。
桜子が部屋から出たところで女性の使用人が杏里の言伝を持ってきた。
「道場で待っているから着替えて来るように」とだ。
それを見た志郎。
「行かなくても良い」と止める。
しかし、桜子もいい加減ストレスがたまっていた。
慣れない服装、鬱陶しい頭。
そしておしとやかを装う態度と言葉。
その挑戦を受けて立つ。
その辺は、まだまだ子供だ。
さすがに着替えはしなかった。
そのままの姿で道場に立つ桜子。
むさくるしい道場に舞い降りた華だ。
練習に余念がない道場生達も息をのむ。
その中、しっかり戦闘服に身を固める杏里。
着替えてこない桜子に怒っていた。
桜子も挑発するのは得意だ。
『服にかすりでもしたら負けを認める』という。
完全に頭にきた杏里。
土下座をして婚約解消することを条件に出す。
桜子は『子分になれ』と条件をだした。
かくして二人は戦う。
杏里の火の玉は50センチと大きなものを出す。
道場でさえ破壊レベルの玉だ。
完全に本気だった。
それを見ていた周りの者と志郎。
あわてて止めようと声を掛ける。
しかし、少し遅く玉は手を離れた。
志郎からみればいかに桜子でもどうしようもないように思える。
桜子が火を消せるのは知っていた。
しかし、そのためには触らなければならない。
触ると言うこと。
それは、当たると同じ事だ。
しかし桜子は平然と構えていた。
そして、火の玉は桜子の前で止まる。
まるで壁に当たったように止まる火の玉。
杏里は『なにが起きたのか』と思う。
火の玉は杏里に向かって逆行していった。
あわてる杏里。
回避が少し遅れる。
そして、まともに当たるという寸前玉は止まった。
春美が得意としていた玉の横取りだ。
桜子は自分の魔法を発動させることもなく勝ちを決める。
しぶしぶ負けを認める杏里だ。
そのとき長老危篤の連絡が入った。
誰より早く動き出す桜子だ。
周りのものはそんな桜子を見送るだけだった。