第35話 智志
智志
この事件に関して各家の対応は徹底していた。
各家の判断は静観だ。
一応、今回の事件は赤国から正式の謝罪が出ている。
そのため、たとえ不審でも表立っては動けない。
だから、若い者を動かして『若者の暴走』という態度をとった。
そのため、二世に近い者の実戦経験の場だ。
一応お目付け程度の部下は配している。
しかし、彼らには将来のリーダーに対する見極めをさせる役目だ。
いわゆる、自分達のリーダーになる者達の資質を見る場だった。
疾風は徐々に各家に組み込まれる予定だ。
だがこの時点まだ独立した組織だった。
そのため、リーダーは代行として虎丸祐治が選ばれた。
虎丸家は疾風リーダーからの名指しの要請に喜んで応じた。
今回の事件の全容を教えられて驚く祐治だ。
そこに信じられないものを感じた。
人を瞬時に操る魔法。
それが特殊能力ではない。
誰でも出来るようになる。
そんな内容だ。
それを研究している秘密研究所がある。
そしてその研究資金が誘拐によってもたらされた。
聞けば聞くほど信じられない内容だった。
仮のリーダーになって情報を統合していく。
すると、それが事実とわかってくる。
しかし、いざ研究所に調査を進めると壁につきあたった。
敵の研究所に侵入できないからだ。
強固な防御壁、あからさまに進入すれば例の砲撃が来そうだ。
旋風リーダーから『応援を寄越す』といわれた。
そして、その応援が仮の本部に着いたという連絡が入った。
祐治は本部に向かう。
本部と言っても今回の作戦は隠密だ。
そのため、主な者は3人だけだ。
後は各家の部下が数人見張りに動いているだけだ。
赤国のアパートの1室を使っている。
本部では蠍利也と猪夏子が説明していた。
新参の二人に敵の要塞とも言うべき研究所の内容だ。
仲間の一部で攻撃を掛けた。
けれども、魔法障壁を破れなかったからだ。
たとえ、破っても例の誘導弾を打ち込まれれば危険だった。
そこで、あっさりと引き上げてきた。
蠍利也は呆れている。
疾風のリーダー、虎丸祐治から『援軍を寄越す』と言われて待っていた。
それが、可愛い双子の女の子に驚く。
夏子の魔法力は1000を超えていた。
その夏子でさえ魔法障壁を破れなかった。
二人の魔法力を確認しても20しかない。
『なにかの冗談だ』と思い祐治の到着を待っていた。
要塞とも言うべき研究所。
それは山の上に立てられていた。
所属は一応赤国の軍に属している。
例の砲撃はここから行われた。
はるか上空に打ち上げられた魔法弾。
それを、誘導して目的地に当てる。
精度は1メートル以内だ。
魔法の減衰を防ぐため防御のシールドで覆って打ち出す。
ただ、誘導する者が近くにいなければならない。
あのボスは気づかなかったが、体内にトレーサーが仕掛けられていた。
遙か昔に研究されていた亜空間に作用するものだ。
ボスだった女性はそのため研究者達から常に位置を把握されていた。
ボスのところに誘導弾を打ち込んだ犯人。
その男は今頃、狼家の追跡を逃れるのに必死だった。
狼家は全力で犯人を追跡していたからだ。
そのため、今回の襲撃に加われなかった。
本来、仲間となるべき志郎は隔離状態で保護されている。
他の家の子供はまだ小さくて参加を見合わせた。
もっとも、本人は参加したがっていた。
けれども、参加は認められなかった。
当然だ。
子供の遊びでは無い。
(桜にとっては、遊び以下だったのは当然だ)
ボスの背後を尾行していた者の連絡を受けた研究所。
ボスの捕縛を確認して行動を開始した。
そして、秘密の漏洩を防ぐためボスの抹殺をおこなった。
すでに尋問で白状させられているかも知れない。
そのため警察全部を消し去った。
多少金は掛かる。
けれども、今までの資金からすれば微々たるものだ。
後は研究成果を使って国そのものを乗っ取るだけだった。
ようやく完成させた魔法。
それは、多少離れていても効果がある。
そう、会談のため同じ席に座れば十分効果があるものだ。
魔法の完成と同時期に誘拐団がつぶれたのは幸運だった。
将来の足かせになる犯罪組織。
それは消したかったからだ。
赤国大臣は自分の運の良さに笑いが止まらなかった。
金にあかせて研究が完成した直後に邪魔者が消えたからだ。
弟は早々に犯罪登録を受けてしまった。
それで、切り捨てた。
妹は研究を進めるため資金を集めてくれた。
だが、近年目障りな組織が台頭してきている。
「杏の里」というものだ。
それが、客そのものを消してしまう。
研究は完成しつつあった。
それで、妹には無理せずに引き上げを指示する。
けれども、妹は組織維持を選んだ。
そのうち、杏の里の噂は徐々に広がる。
やがて、赤国と白国以外手が出せなくなった。
だが、冷静に分析するとわざとその二国を残したことがわかる。
城攻めの要領だ。
わざと逃げ道を用意して敵をおびき出す。
妹はその罠に追い込まれて一網打尽になっていた。
敵に巧妙な策士がいるようだ。
目を付けられる前に妹を始末できた。
おまけに新型砲撃の実験の的になってくれた。
もうこれで、不安の要素はなかった。
後少しで研究は完成だ。
亜空間を使い魔力を延長できれば良かった。
そうなれば、離れていても誘惑できる。
魔力残滓といわれるものだ。
実験段階では逆に本体に魅惑を感じてしまう。
そんな、欠点があった。
離れていても相手を求めてしまう性質だ。
だが、完成形は魅了を掛けたままだ方向性を感じさせない。
そんなものだった。
そのため、相手はこちらの望むままに行動する。
そのことを『快感』と感じる。
そして、魔法残滓は随時補充することにより保つ。
いわゆる男を母体とする麻薬のようなものだ。
すでに研究所のものには植えつけておいた。
本来、男を監視する監査官。
彼もすでに男のおもいのままだ。
そして数日後、赤国国王に会う手はず。
今回の砲撃の責任解明のためだ。
その場で、赤国国王を乗っ取れば世界は思いのまま。
世界を手にするまであと一息だった。
虎丸祐治は険悪な夏子と双子のにらみ合いをみてあきれていた。
疾風のリーダーから『切り札』と言われる二人だ。
その実力は計り知れないものがある。
それは承知していた。
夏子の魔法力は祐治や利生より大きい。
誘導弾を操る能力も優れていた。
仲良くやってくれればうれしい。
けれども、どうやら水と油のようだ。
「それでは、要塞に突撃するがどういう編成でいく?」
利也は手を上げる。
「正面突破は協力して行う、中に入ってから二つに分かれる。
そのうち一つは俺が受け持とう」
「それで、誰を連れて行く?」
「気心の知れた夏子を連れて行くよ」
やはり利也は苦労人だ。
気性の激しい夏子を引き受けてくれた。
「それでは、二人は俺が引き受けよう、お二人さんよろしくな」
祐治は挨拶をする。
二人はおとなしく指示に従った。
祐治はその素直さに一抹の不安を感じる。
切り札というわりにおとなしい。
もっと、じゃじゃ馬を予想していたからだ。
二人の内心は怒りが渦巻いていた。
『魔力値が低いとか能力不足だ』と散々いわれていたからだ。
こうなれば、『実力で見せるしかない』と開き直っていた。
そろって出発しようとしたときもう一人が紛れ込んできた。
「お姉ちゃん、俺にも行けと母さんに言われてきたんだ」
なんと二人の弟、智志がそこにいた。
「あんた、よくここが判ったわね」
「姉さんならわかるだろう、探知能力の良さは姉妹で一番さ。
そこのお姉さんが光っていたからすぐにわかったよ」
指差された夏子はきょとんとしている。
そして、その言葉を徐々に理解するとうれしくなっていた。
「あなた、見所があるわ。私と一緒に来る?」
二人の姉妹は顔を見合わせていた。
そして、頭の中で計算する。
『魔法総合力で劣る相手チームに弟をつければ少しはましになる』
幸い、初対面でいきなり気に入られたようだ。
弟の皮肉をまともに受け取った。
本来、我々は隠密行動でなければいけない。
それが、『光り輝いている』というのは皮肉以外何者でもない。
弟の意地悪さを知っている二人。
二人にはすぐに意味は通じた。