第3話 桜の思い
桜の思い
雅雄と別れた以降の悟朗の行動はたいしたものはない。
だから、少し視点を変えます。
手紙を書いた桜はやはり兄のことを思い出していた。
桜は最初から雅雄に興味を持っていた。
初めて会ったとき雅雄は桜に一瞥をくれただけだ。
その態度に頭にきた。
それで興味を持った。
桜は、自分でも『結構美人』と思っていた。
初めての男はみんな桜を凝視する。
それなのに雅雄はチラッと見ただけ。
そして、興味なさげに悟朗と話をする。
それが、桜の自尊心を傷つけた。
そのため出来るだけ観察をする。
なにしろ、探索魔法は雅雄の圧力に負けて使えなかった。
そして、選抜試験のとき雅雄が示した態度に気付く。
桜と同様、猪夏美にも視線を走らせたからだ。
まるで知り合いにあったような態度だ。
そして、すぐに視線を外した。
だから、『知り合いに似ていた』というところか。
女性に興味が無さそうに感じさせる。
しかし、桜と夏美に視線を走らせた。
その事から無関心ではない。
しっかり観察していたからわかったことだ。
選抜試験のときは残念ながら兄に負けてしまった。
というより当然だった。
残念だが兄の方が経験が豊かだからだ。
でも選抜に外れたおかげで雅雄をずーと見ていられる。
そして、兄に頼まれて案内をすることになった。
夏美さんとは差をつけるチャンスだと思った。
図書館や最新情報端末を案内する。
端末をまるで手足のように使う。
そんな、ところは凄いと感じた。
魔法だけではなく知識も凄いものを持っている。
情報端末から仕入れた情報で次の場所の案内を頼まれた。
そこは医療施設だった。
麻薬治療専門のところだ。
狼家の名前は結構いろいろなところに顔がきく。
そこで、とんでもない奇蹟を見せられた。
けれども、兄には内緒だ。
『脳を簡単に切り開いて治療した後戻す』
そんなことは、言っても信じないだろう。
もちろん関係者から記憶は封印していた。
洗脳に近い技術だ。
雅雄の凄い技術を見せられた。
これだけで人類の進歩は計り知れないものがある。
しかし、雅雄は『そういうことは人類にまかせる』と一言のみだ。
まるで世捨て人のような印象だった。
最終決戦前に集合だ。
そこには、ライバルの夏美さんがいる。
しかし、雅雄はもうぜんぜん興味がなさそう。
おまけに夏美さんは別人に釘付けだ。
こちらの報道関係者の方ばかりを見ている。
誰をみているのかと夏美さんを睨む。
弾みで視線が合うと恥ずかしそうに視線をそらした。
ひょっとしたら、この中の誰かと・・・。
よく観察すると報道局長の人が夏美ばかり見ている。
報道関係者なのだから当然雅雄を追うはずなのに?
女の勘ではなにかあると察した。
でもこれでライバルは減ったのだから安心だ。
魔王との決戦。
傍目には空間に向かって力を注いでいる。
雅雄が一瞬よろけたように見えた。
でも次の瞬間すごい魔力を感じる。
探索は使えないが魔力が陽炎のように見えた。
そして、周りの雰囲気が変った。
いままで感じていた不快な感じが掻き消える。
魔王を封印したのかと思った。
けれども、少し違うようだ。
雅雄はまだ力を放出していた。
雰囲気が変ったところで桜の探索能力が回復する。
魔王の正体が見えた。
はやはり雅雄が言った通りの穴だった。
でもそれを塞いでいるものは?
正体不明なものだ。
でもだんだん縮んでいる。
もうすぐ、消える。
その時聞こえた意識。
「ありがとう」
「????」
え、あれって意志を持っているものなの?
正体不明のものは雅雄に協力して何かをしていたように感じた。
そして最後のメッセージ。
なにか頼まれた印象だ。
けれども、桜には意味がわからなかった。
周りは魔王の消滅に歓声を上げている。
救世主が力を抜いて放心しているから一目でわかった。
でも雅雄様は呆然としたままだ。
あの初めて出会ったときの魔力は消えていた。
無限の力と思えた魔力は今の桜にもわかる程度の力だ。
といっても普通の人間よりはるかに高い。
なによりも、半身が消えたような印象だった。
兄達が所定の場所から移動してきた。
大歓声で迎えられる兄と五人の英雄達。
そして、雅雄様が今後の指示を出していた。
その様子は、儀式のような雰囲気だった。
雅雄の指示が終わった。
そこから、不思議なことが起きる。
雅雄が一般の人から消えたからだ。
傍目には兄達にまぎれたように見えた。
でも、兄達から見えているように感じる。
桜は探索の能力を上げた。
魔力の残滓のような物を感じる。
桜の意識にかろうじて見えた。
それは、人気の少ない方に歩いていく。
兄達は消えた救世主に代わりもみくちゃにされている。
兄が手を上げている。
そして、雅雄の方に指を指した。
桜は頷いて雅雄を追いかける。
兄も雅雄の態度に何か感じたのだろう。
他の人と違い長く一緒にいたからわかる感覚だ。
だから、『私に追いかけろ』と指示をした。
長い間パートナーとしてやってきた指の合図だ。
桜は雅雄を追いかけた。
人の気配が消えたせいか雅雄は隠れるのを止めていた。
というより桜に対する警戒もしていない。
まるであとはどうなってもいいような存在感だ。
桜は走って近づく。
いつもならとっくの昔に振り返っている。
なのにまるで無関心だ。
桜はそのままの勢いで雅雄に抱きついた。
まるでこの世から消える様に感じたからだ。
そして、それは事実だった。
雅雄が自らの体に分解魔法を仕掛ける寸前だった。
桜の飛びつきに発動を中止したからだ。
そのまま仕掛ければ桜も消えるから当然だった。
そして桜は魔法の種類を見抜いた。
それからは終始雅雄を掴んでいる。
そうすれば、雅雄は消えるわけにはいかない。
苦笑する雅雄。
逃げるのは簡単だが意味が無い。
桜の問いかけに雅雄が少しづつ答えていく。
あの出会ったときの魔法力は『2人の合成の結果』ということ。
召喚と同時に楓の意識を封じられたこと。
楓の力の一部を使って魔法を使っていたこと。
魔王を封じたものは『長い間雅雄の体の一部だったもの』
それも、寿命だったこと。
だから『今回の事件が起こらなくてもいずれ事件は起きていた』という。
そして、その一部に楓が意識を移して消滅していった。
それらのことを話した。
すると桜が意外なことを言った。
「ありがとう」
の直後、紛れ込んできた意識のことだ。
雅雄は感知出来なかった。
なにかを言っていたように聞こえた。
そもそも「ありがとう」でさえ『気のせい』と思っていたぐらいだ。
桜はその後の言葉を受け取っていた。
そして雅雄の話でようやく意味が通じた。
「後をお願い」
最後のメッセージは雅雄ではない。
探索をしていた桜にあてたものだ。
雅雄がこのあとどうなるか不安な楓。
彼女が桜宛に残したメッセージだった。
それを知った桜は雅雄にそのことを伝える。
驚く雅雄。
楓の最後の願い「このまま消えたい」というイメージを実行した。
そして、これでこの世に対する未練は消えた。
だから本来の形に消えようとした。
自分は消滅していたはずなのだ。
『ブラックバーストを倒すためだけに存在していた』と思った。
でも楓に消滅を拒否された思いだ。
それは『一緒に来るな』という意思表示に感じた。
桜は茫然自失の雅雄を引きずるように家に帰る。
そして、復興に大忙しの兄に伝言した。
「雅雄様と一緒になって隠れるので後をよろしく」
伝言された兄悟朗は桜の伝言にあきれる。
しかし、文句を言いたくても本人はもういない。
仕方なく、『救世主は役目を終えて自分の住処に帰った』と世間には伝えた。
このいい加減な説明は逆に世間にはすんなり受け入れられる。
『魔王が居たから救世主が現れた』という考えが自然だからだ。
こうして、雅雄と桜は駆け落ちのように世間から消えた。
その桜からの手紙だった。
『話があるから遊びに来て』という。
相変わらず自分本位のわがままぶりだ。
今の悟朗の立場は微妙だ。
だから、家を離れるのが難しい。
しかし、なんとかやりくりする。
そして訪問した結果はあきれる物だ。
『娘を嫁に貰って』というものだった。
顔立ちは平凡そのものだ。
おまけに魔力は10?
参考までに桜を見たら20?
あれから『魔力が消えたのか』と思った。
ちなみに悟朗の魔力値は900だ。
それなのに全然気にしていない。
一応、身内だ。
一方的に断りを出す気も無い。
『息子が了解したら』と返事をした。
はっきりいえば息子の将来さえ不安なときだ。
桜の娘を無用に巻き込む危険もある。
出来れば断りたかった。
しかし、妹が久しぶりに頼ってくれた願いだ。
だから返事を息子に預けた。
そして、忙しい身なのでそのまま引き上げる。
家に帰って息子に話をして驚いた。
息子は『桜叔母さんの娘なら一度会ってみたい』というからだ。
壁に飾られた桜の絵は誰が見ても美人だった。
その娘なら美人だという予測。
悟朗からみれば、『幻想は幻想のままのほうが良い』と思う。
『実物を見て失望する』と思いながら桜に返事を書いた。
息子には『あまり期待しないほうがいいぞ』と釘をさしたのは当然だ。
しかし、この時点悟朗はすでに桜の術中に陥っていた。
桜はわざと子供の素顔を見せなかったからだ。
あらかじめ『美人』と聞かされているのと、いきなり見るのでは衝撃が違う。
桜は娘の幸せのためあえて罠をはる。
そして、悟朗親子はその罠に飛び込んでいった。