第22話 杏の引退
黒の疾風で活躍した杏。
その活躍には杏の体を張ったものもあった。
そして、リーダーからの名指し命令が下った。
はたしてその内容は?
杏の引退
白国蠍家の電話を切った情報屋はすぐ横にいる美女に声を掛けられる。
「ごくろうさま」
電話の脇で杏がねぎらいの言葉を言う。
「残念だよ、せっかくの上得意だったんだけどな」
「しょうがないわよ。リーダーが外国に情報を流すなというのだから」
「ところでどうだい、新しい主人は」
「やさしいわよ、金を出してくれることになったわ」
「おいおい、すごい大盤振る舞いだな」
「どうかな、杏の里の裏組織そのものを雇うという感じなのよ」
「どうやって、その秘密を知ったんだ」
「さあ、調べたけどわからなかったわ。悟朗様がどこから組織の秘密知ったの
か?」
まさか、情報屋自身が調べられているとは思っていない。
この情報屋は狼家末席の男だ。
そう、あの香織の思い人だった。
「狼家の情報網も侮れないということか」
「そうね、もう一度全員に気持ちの引き締めを通達してくれるかしら」
「おいおい、数万人のものに通達するこっちの身にもなってくれよ。
大丈夫だよ、仲間は絶対に裏切らないから。
それよりこの連絡が漏れる危険のほうが大きい」
「それもあるわね。それではまたなにかあったら・・・」
そう言って杏は去ろうとしていた。
「ちょっと待て、お前さんに専用命令が来てた」
訝しげな顔をする杏。
『専用命令』というのはリーダーからの『個人的な依頼』という意味だ。
情報屋の支部長もやったことがある。
悪い話ではないのは確かだ。
しかし、杏自身『リーダーと一度も会っていない』と思っていた。
なぜ、専用命令が来るのか不思議だった。
手渡された手紙を貰う。
その場で封を切って確認する。
みるみる顔を崩して涙を流した。
不思議そうな顔で見る情報屋。
組織のどんな依頼も顔色一つ変えずに仕事をしてきた杏。
その杏が泣いているのだ。
『どんな仕事か』と不思議に思う。
もっとも『最後の仕事だ』というのは予想はつく。
杏の態度が手がかりだ。
情報屋もベテランだ。
部下がそのような顔をしたところを見たことがある。
杏はその命令書を隠して見せようとしない。
専用命令なので、黒国支部長でも本人からの報告待ちだ。
杏は逃げるようにして屋敷に帰っていった。
読者の皆さんにはこっそり、命令書の内容を教えよう。
「狼家の忠志と結婚することを最後の仕事とする、後は幸せになること」
杏は帰る道で考える。
杏と忠志のことは裏組織のリーダーに把握されていた。
そして、これは公認の組織からの絶縁状だった。
公認なので組織の保護はかかるから安心だ。
前からそういう者たちがいることは知っていた。
疾風のため活躍して、結婚後活動が障害になるものたちだ。
まさか、自分が対象になるとは思っていなかった。
うれしい命令に不安が広がる。
なぜ、疾風のリーダーが杏を知っているのか。
自分の穢れた経歴が忠志とうまくやっていけるかだ。
結局、正直に言えないまま結婚式の当日。
周りの祝福もうれしい。
しかし、心の中は不安が一杯だ。
『今晩、正体がばれる』と思うと悲しかった。
忠志が許してくれるのか不安だ。
女の体は隠すことが出来ないからだ。
そして、不安な一時。
気づいた忠志がどう反応するか不安だった。
しかし思わぬ痛みに驚く。
『まさか?』
心の中で『奇蹟だ』と叫んでいた。
涙を流して喜ぶ杏。
その涙を誤解した忠志は杏を優しく扱う。
その後の杏は貞淑な妻を演じて組織の最後の命令を遂行する。
黒の旋風と言うのは元々情報を主体とする組織だ。
杏はその初期のころから無意識に手伝った。
そして、組織はある誘拐団を見つけた。
一度誘拐組織そのものを潰そうと動いたこともある。
傭兵を雇っての襲撃だ。
だが、組織は黒の旋風が考えるより大きかった。
効果を奏したと思った。
それも束の間で復活する。
そして、恐ろしいことに無差別の虐殺を行う。
組織壊滅の時に十人を追い詰めて殺してしまった。
そして、報復に十人の子供が殺された。
死体には「旋風」と書かれて紙が張られていた。
それを見た旋風の組織は和解案を出す。
誘拐された子供を売る市場にて子供を買い取る案だ。
子供を人質にされたのでは旋風もどうしようもなかった。
相手の組織も敵対さえしなければ旋風もお客だ。
そして、和解は成立した。
それ以来、杏は子供を助けるため活動する。
子供を助けられたものの多くは旋風を助けるため情報と寄付金をだした。
そして、組織に対して協力を約束した。
初めの頃は助けた子供を送り届けることだ。
交渉に当たった情報屋は無愛想なので、子供が怖がったからだ。
その後、杏が行っていたのは体を張って子供を取り返すこと。
それは、誘拐された子供を買い取って親元に帰す仕事だった。
しかし、それはきりの無いものだ。
誘拐団にとって資源は無尽蔵。
油断している親はいくらでもいた。
そして、買い手は山ほどいたからだ。
ただ、黒国だけは黒の旋風の見回りが厳しかった。
いくら和解しているとはいえ誘拐は犯罪だ。
その現場を押さえられたらいいわけは出来ない。
それが、『黒の旋風の仕業だ』とは言い切れない。
だから、責められない。
単に市場で子供を買ってくれるというだけだ。
黒の旋風の精一杯の抵抗だった。
誘拐団に手を出せない黒の旋風は、買い手をなくすことを考えた。
「杏の里」という殺し屋が活躍するようになって事情がかわっていく。
「杏の里」というのは黒の旋風の秘密の出先機関だ。
名目上は無関係な殺し屋だった。
そしてそれは思った以上にうまく行った。
どんどん手を引く買い手達。
黒国における買い手は黒の旋風しかいなくなってしまう。
最後の客が皮肉にも啓だった。
最後の客というより手が出せなくて最後になったというべきか。
「杏の里」の活躍で誘拐団はリスクだけの黒国から撤退を検討していた。
最低価格の子供では人件費しか出せないからだ。
そして、切り札を送り込んだ。
黒国重鎮の狼家を中心に活発化を狙った。
黒国の本体内部から崩壊を図る。
そして、『もう一度勢いを取り戻そう』という構想だ。
英雄の膝元だ。
しかし、阿呆がいるので都合がよかった。
しかし、誘拐団の切り札。
それは、桜子によって無力化されてしまう。
この事態に誘拐団は黒国からの全面撤退を決意した。
桜子は意図していなかった。
けれども「杏の里」の仕事そのものを消してしまった。
それが、杏が引退させられた理由だ。
旋風のリーダーは、杏達の功績をたたえた。
そして、雅雄に杏と里美の治療とケアをすべて任せる。
雅雄が動いた理由だ。
雅雄は杏と婚約者の家族を含めて全員が幸せになれるように画策した。
その結果が杏の引退だった。
ちなみに旋風というのは全国組織だ。
「黒の旋風」は黒国の支部のことだった。
杏の引退後は「黒の旋風」は元通り情報屋だけに戻った。
狼家に来た直後の思い。
使用人に教育を!
その思いを実行しようとする桜子。
はたして、使用人は桜子の思うように動くのか?