第12話 初日
ついに始まる1日目。
桜に放り出されて初めての外泊。
桜子の回りは静かにしていてくれない。
初日
主への挨拶が終わった桜子。
彼女は部屋に戻る。
使用人たちの桜子を見る目は冷たい。
まだ八歳なのに二人の使用人を付けられる。
そんな、金持ちと思われていた。
おまけに主のお気に入りのようだ。
逆らえばなにをされるかわからない。
そんな空気が桜子にプレッシャーを与える。
奴隷同然の使用人達にとって主関連の桜子は敵だ。
もっとも、普段屋敷に顔を出さない悟朗。
彼は使用人にとって本当の主人に思える存在だ。
だから、その子供の志郎には優しい使用人達だった。
桜子は、部屋に帰る途中で志郎と出会う。
その能力は凄くても見た目は年下の可愛い女の子だ。
志郎は、『一緒にお茶でも』と誘う。
一人放り出された桜子にはうれしい誘いだ。
志郎とは、そんなに会っているわけではない。
しかし、知り合いの顔を見ればやはり安心する。
里美を背後に従えて志郎の部屋に伺った。
その席でさっそく一悶着が起きる。
当然志郎にもお手伝いがいた。
そして部屋のテーブルは大きかった。
そんな事も桜子には初めてのこと。
そんな状態で後ろに立つお手伝いの存在。
背後に立つ女の子は鬱陶しい。
相手のお手伝いの女の子に4人分の飲み物を注文をする。
自分の主でもない桜子に要求された使用人。
彼女は面白くない。
そんな態度が端々に見られる。
そんな態度は桜子にはなじみだ。
桜子には姉妹達がいやいややっているときの態度に重なる。
そして持ってきた娘を含めて4人とも座らせてしまう。
唖然とする三人だ。
公式の場ではないプライベートの場。
主賓のわがままはある程度通った。
居心地の悪そうな二人と落ち着かない志郎。
桜子は、そんな3人を相手に堂々と接していた。
しかし、その態度は屋敷の使用人に好評に思われる結果に繋がる。
桜子が『使用人にも気を配っている』と思われたからだ。
普通なら使用人は道具扱いだ。
立っていようと気にするものではない。
主人のいるところで座るなど論外だ。
でも使用人も人間。
いつ終わるかわからない話の場。
そこで立続けるのは苦痛だ。
それを桜子は命令で座って待つように指示をした。
慣れないから居心地こそ悪かった。
けれども、体は確実に楽だ。
もっとも、桜子がもっと知識があれば違った。
同席ではなく下がらせたからだ。
桜子にとって背後に立たれることを嫌った。
それだけのことだった。
その場は詳しい話もせずお開きになり部屋に戻る。
部屋では戻ってきた桜子に杏がお茶を注ぐ。
しかし、すでに飲んできた桜子だ。
彼女には無用なものだった。
そこで、杏に飲むように指示を出す。
杏子は、かたくなに『恐れ多い』と拒否をする。
しかし、それを『遠慮』と受け取った桜子。
桜子は命令した。
杏はしぶしぶ飲む。
これ以上否定すれば勘ぐられるからだ。
かくして、下剤入りのお茶。
それは、杏が自分で処理するはめになった。
これは杏の仕事ではない。
啓の仕掛けたことだった。
主の命令には逆らえない杏だ。
お茶を飲み終わってしばらくするといきなり青い顔になる杏。
部屋を検分している最中に気づく桜子。
心配して休むように促す。
脱兎のようにトイレに駆け込む杏だ。
心配する桜子は里美に様子を見に行かせる。
ぐったりとして力ない杏の様子。
それを桜子に伝える。
まさか『下剤を飲んだ』とは報告できない。
そのため、『調子が良くない』としか言えない。
心配した桜子は里美を背後に主の所に掛け合う。
啓は症状に対して、原因は十分思い当たることがある。
下剤を飲ませるよう指示したのは啓だ。
それを、杏が飲まさせられたことに気付く。
心配する症状でもない。
けれども、それを言うわけにはいかない。
激しい症状に心配する桜子だ。
啓は医者を手配するしかなかった。
『旅先で水が合わなくて体を壊す』
そういうシナリオはいきなり崩れた。
この後、桜子の信用を得るため医者まで手配していた。
しかし、すべて空振りだ。
結果的に杏のために医者を呼ぶはめになる。
そのため、無駄ではなかった。
いきなりのお茶の件。
それは桜子の警戒心を厳重にした。
落ち着いて考えれば、『あのお茶が怪しい』とわかる。
『警戒をする必要がある』と考えた。
部屋で寝るときは鍵を掛ける。
そして、ベッドの上にふくらみを設けてベッドの下で眠る。
その用心は無駄ではなかった。
掛けた鍵はマスターキーで解除されてしまう。
こっそり進入してくる曲者。
館の主、啓だ。
桜子は長旅に疲れて完全に寝込んでいた。
突然、ベッドがきしんだ。
『何事か』と目を覚ます。
誰かがベッドの上で布団の上から押さえ込んでいる。
もしベッドに寝ていたら押さえ込まれていただろう。
助けを呼びたくても布団で声を殺されていた。
穏便にすませるにはどうするか考える。
要は二度とこのような暴挙をさせないようにする手段だ。
痛い目に合わせても過激になるだけ。
そして出した結論。
「こんばんは、啓様」
大きな声で挨拶をした。
深夜に近い時間とはいえ使用人たちはまだ起きている。
そんな時間に子供の部屋に侵入だ。
いくら主でも許されない。
桜子が騒げば大問題になってしまう。
突然、聞こえる大きな声。
焦る主。
押さえ込んでいるはずの桜子がすぐ脇に立っていた。
「お見舞いありがとうございます」
いかにも子供らしい会話だ。
そして、主がお見舞いに来てくれたことを強調する。
「いや、元気でなによりだ。使用人が倒れたと聞いて心配したんだ」
いかにもとってつけたような会話だ。
その頃には啓も立ち上がってどうにか体面を保っている。
大声に使用人たちが覗きに来る。
部屋の状態を見れば一目瞭然だ。
乱れたベッドの状態、主の動揺。
使用人たちもわかる。
主が桜子をどうにかしようと画策した。
でも使用人の身では見て見ぬふりをするしかない。
もっとも、桜子が抵抗していれば別だ。
だが桜子は堂々と対応している。
それを見たものはこの事態に喝采を送っていた。
そして、この対応の意味は十分通じた。
『次に同じ事をしたら今度はただでは済まさない』という警告だ。
脅すことによって逆に恐怖を植え付ける。
ただ騒ぐより効果的な手段だ。
主は冷や汗をかきながら退散した。
『これで二度と寝込みを襲うことは無い』と確信した桜子だった。