第10話 桜の不安
雅雄の方針で育てられた子供達。
その中の特に桜子。
その能力ゆえに桜の胸中は不安だらけ。
桜の不安
育ててみてわかったこと。
それは自分の子供とはいえ『とんでもない子供達』ということだ。
雅雄は気軽に『嫁にやればいい』という。
しかし、こんな物騒な娘を貰ってくれる家があるのか。
そのことに不安になる。
そこで、桜子を『兄の家に嫁に出そう』と呼び寄せた。
兄は雅雄の子ということを考え了解を出した。
しかし、今は狼家が内紛の最中だ。
それで、ちょくちょく来られないという。
それならいっそ住み込みで預けるからということになった。
桜子に『常識』というものを教える機会でもある。
それでようやく事の運びとなった。
まさか、ここに来る道で襲われるとは思わない。
兄がそんな物騒な状態に生きていたとは知らなかった。
最初に話をしたとき、今一つ歯切れが悪かった。
その理由を見た思いだ。
完全な婚約成立前に桜子の力を見られてしまう。
それも手違いだった。
桜自身、魔法に対する感覚がずれていた。
それが原因だ。
普通の母親なら、最初の志郎が出した火の玉を危険と判断する。
そして騒がないといけなかった。
だが、普段それより危ない玉を打ち合う娘や息子を見ている。
だから、気にしなかった。
家には結界が張ってある。
あの程度の攻撃では問題ない。
子供達自身の魔法耐性は先天的なものもある。
さらに、踊りを覚えて驚異的な耐性になっていた。
もっとも服は無理だけど肉体は完全にカバーしている。
もし球が暴発しても全員お風呂に入れておしまいだ。
そんなところだった。
だから、大きな球で遊んでいたけど気にしない。
だが、離れで子供達をおとなしくさせていた。
すると突然魔力の凝集を感じる。
あわてて桜子の様子を見に来た。
一般の人は知らされていない。
それは魔法大戦の終盤で使われた技術と同じだ。
ただそのときは50センチの玉をそのまま重ねていった。
その結果あの破壊力だ。
十人の意思に乱れがあった。
そのため不安定になり暴発した。
魔力が飽和状態に近いというアクシデントもあった。
桜子は一人で圧縮した玉を作る。
一人なので安定した玉だった。
そして、威力は同じものだ。
桜が焦った理由だ。
桜子は天才的に圧縮技術が優れていた。
連射ができるのも理由の一つだ。
その技術の応用を体が覚えている。
他の子にはそんな才能は無い。
桜子は、一番危ない娘だ。
だから一番信頼する兄を頼った。
それと、桜の手が届くところに止めておきたかったからだ。
そして雅雄はそんな桜子に力の制限を入れておいた。
攻撃力に関する封印と防衛機能だ。
だから、自分の身を危険にするほどの力は発動できない。
見せるために力を高めても決して攻撃できないのだ。
だから、威嚇には使えても実用にはならない。
そして、力に相当するシールドが展開されていた。
万が一暴発したときでもそれを押さえ込めるシールドだ。
そのシールドの魔法力にみんなは驚いていた。
まさか、自慢のために使うとは雅雄も考えてない。
あの時、部屋の中で雅雄は苦笑いをしていた。
雅雄も単なる親ばかだ。
娘が可愛い。
娘を危険にさらしたくなかった。
志郎には、桜一家での出来事は幻のように感じていた。
帰ってからも、あの白い玉の感触が忘れられない。
小さな玉に大きな力を込めていた。
今までの『魔術』というものを根本的に考えさせられる。
そんなものだった。
この前までは力をできるだけ大きな玉にすることを考えていた。
でもそれを軽々と上回る魔術を見せられる。
桜という叔母は1メートルの玉を軽々と作っていた。
それなのに威力は最初の5センチの玉のほうがあるという。
いままで、『魔力計の示す数値だけがすべて』と思っていた。
その常識が覆された瞬間だ。
彼女達が言った『弱い』という言葉の意味を思い知らされた。
『魔術』というのはなんだろう。
そんな疑問を改めて感じていた。
志郎というのか普通の人はみんな勘違いをしていた。
魔力を玉の大きさに求めてしまう。
玉を大きくしようとするイメージを持つことだ。
そのため、魔力は拡散する形を取っていく。
そして、本人の力の限界のところで玉の表面から魔力が逃げる。
魔力測定が簡単に出来る。
そのことが逆に魔力の発達を阻害していた。
桜子達は相手に当てることを主眼にする。
そのため、玉を小さく固めて早さを求めた。
その結果が小さな玉で魔力を込める技術に繋がる。
2センチというのは投げるとき手が小さい。
そのため投げやすいイメージ。
桜が5センチというのも同じだ。
それぐらいの玉を投げるイメージが自然だった。
「坊ちゃん、どうされたのですか」
道場師範代の男が声をかけてきた。
「いや、ちょっと考え事を」
「珍しいですね、そんなに可愛い娘でしたか」
見合いに行ったのは有名だ。
それで冷やかされていた。
志郎は改めて、彼女の顔を思い出す。
そして顔を赤くした。
「相当の美女だったようですね。坊ちゃんが物思いにふけるなんて」
「え?、いやそうではなく」
言われるまで、考えてもいない。
実際は魔力のことばかり考えていた。
否定しようとする。
けれども、師範代の方が声を掛けた。
「どうです、魔力の鍛錬を進めてみますか」
さりげなく修行を催促される。
帰ってから鍛錬を怠っていたのを指摘された。
志郎はその言葉に重い腰を上げる。
考えても、能力が上がるわけではなかった。
修行の測定結果は悪くなっていた。
いままで800を下回ったことはなかった。
それなのに600に下がっている。
師範代は心配そうに声を掛けてくれた。
「調子悪いようですね。ゆっくり休みすぎたのでは?」
さぼり過ぎを暗に仄めかしている。
だが体調はいままでより良かった。
軽く炎の玉を出して様子を見る。
一度覚えた技術だ。
それを再現する。
師範代は手の中で玉が大きくなって行くことに驚いていた。
そんなところにも魔法を扱う発想の違いがあった。
そして、動かないゆえに観察がしっかり行われる。
今まで炎の玉は『赤』とばかり思っていた。
それが少し黄色が入って朱色に変る。
その色を見て変化を知った。
桜子の出した白い玉を思い浮かべる。
全然違う色に苦笑いだ。
それを見た師範代は驚く。
「坊ちゃん、その色はどうしたのですか」
師範代は驚いている。
けれども、桜子の玉に比較すればはるかに赤い玉だ。
そこに力の差を感じた。
しかし、師範代の目には今までと違って見えている。
玉は少し小さい。
それなのに内包いる迫力が変っていたからだ。
「いつもと同じつもりだけど」
「でも坊ちゃん、威力が増しています」
「ん?、どういう意味だ」
「文献で読んだ事があります。同じ大きさでも赤より朱、朱より黄と威力を増
していきます。坊ちゃんの玉が威力を増しているんです」
「すると、力が弱くなったのではないのか?」
「逆です。力が収束しているのでしょう」
「?」
「昔の賢者の記録に魔力球の威力は大きさと破壊力とありました」
「破壊力」
「だから同じ大きさの玉でも破壊力が変るということでした」
あの一家と会う前なら笑い飛ばしていたかもしれない。
今までは、破壊力は玉の大きさで決まる。
そう思っていたからだ。
「坊ちゃんの玉は破壊力を増したと思います」
「そうか、どうやら階段を一つだけ登ったのかな」
あまりうれしそうに見えない志郎の様子。
それを心配そうに見守る師範代だった。
志郎のやったことは普通の魔術師の重ね掛けに相当するものだ。
それを一人でやってのけた。
だからすごいことなのに、それを意識していない。
もっとも、志郎はもっとすごい実例を見ている。
その上昇はあまりに微々たるものだ。
だから、感激出来なかった。
志郎の意識に圧縮の概念が備わったときだった。