プロローグ
昭和5年上海。
1隻の船が港に到着した。船に階段が取り付けられると乗客達が次々と降りてくる。旅行中の華族の夫妻、スーツ姿の政治家らしき人物、学ラン姿の若い青年留学生、日本から来た者ばかりだ。
「すみません、」
軍服を着た将校が背広にスーツ姿の男に話しかける。
「帝都大学の森下教授でしょうか?」
「いかにも。あなたは?」
「関東軍の川島です。お迎えに参りました。あちらに車を待たせてあります。」
川島と名乗る将校は森下を車へ案内しようとする。その時
「きゃあ!!」
川島は背後から走ってきた何者かに激突され転倒する。
「すみません」
川島が顔を上げると三つ網にモンペといった質素な身なりの少女が膝をついて座り込んでいた。
「大丈夫か?」
川島が少女に手を差し伸べる。しかし少女は頰を赤く染め川島を真っ直ぐ見つめている。
「お嬢さん、僕の顔に何かついているかい?」
「いっいえ。」
少女は差し伸べられた川島の手を取り立ち上がる。
「ありがとうございました。」
少女は一礼をして荷物を抱きかかえながら早々と走り去っていく。
「お嬢さん、」
少女は走り去っていく際1枚の雑誌の切り抜きを落とした。
森下教授が落ちた切り抜きを拾う。それは軍服姿で馬に跨がる川島の写真であった
「おそらく彼女はそういう事でしょう。川島さん、いや芳子さん。」