第八話 マチコちゃん、火炎の翼で夜を舞う
わたしは騎士さんを制止するために、エラちゃんを人質にすることにしました。
「さぁ、離れてください! さもないと、第三王女様の顔に一生消えない傷跡が残りますよぉ?」
彼女の首元に火炎の保存された巻物を突きつけると、騎士さんは面白いように狼狽えました。
「ど、どうすればいいんだっ」「おい、動くな!」「エラ様に怪我が無いように、最大限の注意を払えっ」
なんだかんだ、エラちゃんは王族です。騎士さんたちは忠実に彼女を守ろうとしているようです。
それはとても好都合でした。これなら余裕で逃げられそうです。
「ねぇ、本当に殺したりしないわよね? あたしのこと、見捨てたりしないわよねっ」
一方、人質になっているエラちゃんは不安そうな顔をしています。わたしだけに聞こえるように、小声で話しかけてきました。
結託しているので心配する必要はないのですが……わたしのことをあまり信用していないみたいですね。
「大丈夫ですよ。とりあえず大人しくしててください」
わたしも小声で言葉を返すと、エラちゃんは安心したように息をついて頷きました。もちろん彼女を殺すつもりもないし、見捨てるつもりもありません。このまま、彼女を連れ去って逃げたいと考えています。
しかしながら、予想外にも騎士さんたちがなかなか引きませんでした。
「お嬢ちゃん? 今ならまだ罪は軽いよ?」「落ち着いてくれ。エラ様はいい子なんだ」「君にも何か事情があるのだろう? おじさんたちに話してごらん?」
部屋の入口付近で、彼らはわたしの説得を試みています。
距離はさほど離れていません。騎士さんが前に踏み出して来たら手が届く距離です。このまま逃げては捕まる可能性があるので、もっと距離をとる必要がありました。
どうしたものか……もう少し、脅迫が必要かもしれませんね。
そう考えたわたしは、もうちょっとエラちゃんに怖がってもらうことにしました。
「【火炎】」
不意に巻物から火炎魔法を発動させます。巻物は閉じたままなので炎は広範囲に広がりませんが、筒の先端部分のみに火炎が灯りました。
『――っ!?』
わたしの行動で、場に緊張が広がります。
騎士さんも、それからエラちゃんまでびっくりしたような顔をしていました。
そんな皆さんに、わたしはハッキリと告げます。
「もう一度告げましょう。離れてください……さもないと、この子の顔が焼けますよ」
今度はなるべく感情を殺して、さながら殺人鬼のようなイメージで脅迫のセリフを口にします。
ついでに炎をエラちゃんに近づけて、こちらが本気であることを強くアピールしました。
「ギャー! 燃えてる! マチコ、あたしの髪の毛が燃えてるぅううううう!? 殺さないって言ったのに! やっぱり見捨てるつもりなの!? 死にたくない、嫌だぁああああああああああ!!!!!」
あ、やべっ。近づけすぎてエラちゃんが発狂してました。
しかし、この発狂が逆に騎士さんたちを怯えさせていました。わたしが本気でエラちゃんを傷つけると思ってくれたようです。
「くっ、こんな小さな子が暴力に訴えるなんて……」「なんて悲しい世界なんだ」」「お嬢ちゃん、ごめん……おじさんたちに君は救えないみたいだ」
というか、騎士さんたちいい人すぎでは? こんな状況でもわたしに同情してくれるなんて……優しいですね。まぁ、同情でお腹は満たされないので、わたしは特に何も思いわないのですが。
それはさておき、騎士さんたちはようやく部屋から離れてくれました。これなら、逃げても捕まる心配はなさそうです。
と、いうことで、わたしはエラちゃんに突きつけていた巻物を広げて前方に向かって広げました。
「エラちゃん、飛びますよっ。ファイヤァアアアアアアアア!」
そして、部屋に向かって火炎魔法を放射します。
そうすることで、火炎が推進力となり、わたしとエラちゃんの体は壁の穴から飛び出ることになりました。
再び、わたしは夜の空を舞います。
「ぎにゃぁあああああああああ!? 死ぬぅうううううううううう!?」
私の体にはエラちゃんが泣き叫びながら抱き着いていました。
やれやれ、騒がしい隣人ができてしまったようですね……これからどうなることやら。
とにかく、こうしてわたしは逃亡することに成功するのでした――




