第七話 マチコちゃん、ひとまず王女様を人質にする
「もうお城に未練はありませんか?」
エラちゃんはお城から出て行きたいと言っているので、念のためにもう一度覚悟を問います。
「ここから出て行けば、 今みたいに不自由ない生活はできなくなるかもしれませんが、本当にいいのですね?」
「ええ。確かに、金銭的には不自由のない生活をしているかもしれないわ。でもね。精神的にはとても息苦しいの……こんな生活、うんざりよ。意地悪なおねーちゃんも、お義母さんも、だいっきらい! あたしを産んだくせに放置してるお父さんも嫌いっ。だからこんな地獄から出て行ってやるわ!」
「うむ、分かりました。そこまで覚悟ができているのなら、もう何も言いません。これからはわたしの奴隷として生きる……そういうことでいいですね?」
「ええ! ……ええ!? ちょっと待って、なんであんたの奴隷にならないといけないのっ。そこは嫌よ!」
「ちっ。じゃあペットですか? 幼女を飼って愛でる趣味はないのですが」
「どうしてあたしを人間扱いしないのよ! 普通に同居人とか、仲間とか……と、友達でいいじゃない?」
「友達……うーん、友達? わたし、生まれてからずっと友達できたことないので、いきなりそう言われてもピンときませんね。友達って何ですか?」
「……よく考えたらあたしも友達できたことないから分からないわ」
なんて悲しい会話なのでしょうか。お互いに人間関係クソザコですね。
「とにかく、エラちゃんはわたしのために美味しいお菓子を作ってくれれば、それ以上何も求めません。その代わり、わたしもきちんとここから連れ出してあげますから」
「あたしからお願いしておいてあれだけど、本当に大丈夫? このお城、騎士がいっぱいいるわよ? 今も厳戒態勢であんたを探してるっぽいし、めちゃくちゃ警戒されてると思うけど」
「……まぁ、なんとかしますよ」
わたしは可愛い幼女です。されど幼女でしかないので、できることには限界があります。
わたしにできることは――ファイヤだけ。
なので、わたしはバスケットから火炎の保存された巻物を取り出して、ポイっと壁に投げました。
そして、
「ファイヤァアアアアアア!!」
魔法名を唱えて火炎を発動。巻物はたちまちに燃え上がり、やがて凄まじい轟音をまき散らしながら爆炎となって壁に風穴を開けました。
「さぁ、エラちゃん……これで後戻りできませんよ! 」
「えええええ!? 過激すぎるわよっ……でも、嫌いじゃない。むしろせいせいするわ!」
「そうですかっ。では、そろそろ逃げます! なんか騎士さんがこっちに気付いてますので!」
風穴から下を覗き込むと、巡回していたであろう騎士さんがこちらを指さして何やら叫んでいました。
騎士さんたちはすぐにこの部屋に来ると思うので、その前にわたしたちは逃げなければなりません。
「エラちゃん、早く逃げ……っ!?」
すぐに部屋から飛び出そうとしたのですが、想像以上に騎士さんの到着が早かったようで。
「放火魔だ! おい、大人しくしろっ。さもないと、少し痛い思いをするぞ!」
勢いよく扉が開け放たれて、複数の騎士さんがなだれこんできました。
「エラ様! ご安心を、すぐに助けますので……おい、放火魔! 大人しくしろっ」
剣を構える騎士さん。わたしは可愛いだけの幼女なので、まともに戦っても勝ち目はないでしょう……なので、隣のエラちゃんを軽く抱き寄せて、彼女の喉元に巻物を突きつけました。
「……大人しくするのはあなたたちですよ! 第三王女がどうなってもいいのですか!?」
そう。わたしは、エラちゃんを人質に取ったのです。
「もし一歩でも動けば、この子を燃やします……フハハハハハ! わたしとこの子はズットモ! 死ぬ時は一緒です!!」
そんな、わたしの行動は予想外だったのでしょう。騎士さんは目を白黒とさせて戸惑っていました。
「こ、こいつはヤバいぞ……目が本気だ!」「目がヤバい! あれはマジだぞっ」「お、おおおお落ち着くんだっ。君はまだ子供だぞ!? 取り返しのつかないことになるぞ!」
「うるせーです! わたしはもう後戻りできないんですっ。だから、王女様を燃やされたくなければ、大人しくしてください!」
可愛い幼女の逃亡劇は、まだ終わりません――




