第六話 マチコちゃん、放火魔の上に誘拐犯となる
「お願いします、あたしも連れて行ってください!」
わたしは現在、王女様のエラちゃんに土下座されていました。
なんでも、彼女をお城から連れ出してほしいとのことです。身内からのいびりがすごいと言ってるのですが……王族なのですから、ドロドロした血縁関係があるのかもしれません。なんてめんどくさいのでしょうか。
「嫌ですよ。あなたを連れて行ったらたいへんなことになるじゃないですか。ただでさえわたしは放火魔なのに、その上誘拐犯になれと?」
王城への放火と王女の誘拐ですか……これより上の犯罪って殺人くらいしかないのでは? 処刑されてもおかしくない気がするので、もちろんエラちゃんのお願いは拒絶しました。
「困ります。というか、あなたはこんな幸せな環境を捨てるのですか? 食べたい物を満足に食べられて、温かいお布団で寝られるのに、もったいないと思います」
「……え? 温かいお布団? この藁のベッドが温かいと?」
おや? エラちゃんの様子が一変しました。ひきつった笑顔がなんだか怖いです……地雷を踏んだような気がしました。
彼女の言葉は止まりません。
「食べたい物が満足に食べれる? ええ、そうね。食事は普通よ……でもね、何故か食事中にね、おねーちゃんたちが一緒なの。いつもいっつも、罵倒されるの。そのせいでご飯が灰みたいな味がするんだけど、あたしの気持ちが分かる?」
わたしの想像以上に、エラちゃんは悲しい境遇のようです。重いですね……わたしには背負えない闇の深さです。今口を挟んだら、わたしまで闇に引きずり込まれそうなので、大人しく黙っていることにしました。
「……マチコには分かる? あたしはね、おねーちゃんたちに奴隷みたいな扱いを受けてるのよ? お義母さんもあたしをゴミみたいに扱うのよ? 肝心のお父さんは王様だから忙しそうだし……ここはまるで地獄よ」
そしてようやく、エラちゃんが一息つきます。言いたいことを言い切ったおかげか、少しだけ闇が晴れたので、わたしからも言葉を返すことにしました。
「だから重いのでそういう話やめてくださいよ」
王族の闇が垣間見えるので勘弁願いたいのですが……しかしエラちゃんは止まりません。
「もうイジメには耐えられないわ! ここにいたら、いつかたいへんなことになっちゃいそうなの」
「そ、そこまでなのですか? たいへんなことになるとは……つまり、いびられすぎて死んじゃいそうなのですか?」
「いいえ。あたしが、おねーちゃんたちを刺すかもしれないわ」
え、何それ怖い。エラちゃんはそこまで過激に見えないのですが……まぁ、それだけ我慢しているということなのでしょう。
しかしながら、やっぱりわたしは彼女を連れて行く気に慣れません。単純にメリットを感じないのです。
正直なところ、彼女を養うのがたいへんなんですよね。
「だいたい、わたしは自分のごはんも満足に用意できないのですよ? 幼女一人飼う余裕は、なくもないかもしれませんが……残念ながら、あなたを飼う気にはなれませんね」
「なんでペット感覚なの!? 大丈夫、あたしは役に立つわよっ。あんたはきっと、あたしの存在に毎日感謝するようになるわよっ」
「ほーん。それでは、あなたに何ができるんですか? わたしに、どんなメリットがあるのかをしっかりと教えてくださいよ」
もし何もできないようであれば、それを理由にハッキリと拒絶しようとわたしは考えていました。
「わたしは料理ができるわ。さっき食べたチョコレート、あたしが作ったのよ?」
「え」
しかし、今の発言を聞いて、わたしは考えを変えざるを得ませんでした。
「エラちゃんは、お料理ができるのですか? さっきのチョコレート、本当にエラちゃんが作ったのですか? 嘘じゃないですよね?」
「ええ。嘘なんてつかないわよ……おねーちゃんとお義母さんに見つからないようにコソコソ隠れて作ったんだからねっ。あんたに全部食べられちゃったけど」
「わたしは悪くないです。あんなに美味しいチョコレートが悪いんです」
「なんで責任転嫁してるのよっ……まぁいいわよ。あと、あたしはお掃除もお洗濯もできるわっ。何せ、おねーちゃんとお義母さんにいびられていたからね! ふふーん、すごいでしょっ? ほら、あたしを連れて行く気になったでしょ?」
「……ぐぬぬっ」
エラちゃんの得意げな顔がむかつきます。
とはいえ、あそこまで美味しいチョコレートが作れるというのは、大きな魅力でした。
わたしは甘い食べ物が大好きなのですっ。
だから、悔しいですけど……エラちゃんのお願いを、聞き入れることにするのでした。
「し、仕方ないですねっ。あのチョコレートが毎日食べられるのなら、誘拐犯の汚名も背負いましょうか。」
こうして、マチコちゃんは放火魔の上に誘拐犯になりました。
もう後戻りはできないかもしれません――